第107話 アラドの街2
ディークは羽を広げ飛び上がる。
屋根に空いた穴から空へ飛び上がるとミクとミシェルも続く。
空から街を見下ろすと先程いた建物の前に丁度いい広場があるのが目に入った。
ディークはそこへ急降下すると地面すれすれでふわりと着地する。少し遅れてミク達も後に続く。
ディークは辺りを見渡すと少しだが人が集まってきている。
先の騒ぎを見に来たのだろう。
「ふむ……この辺でいいかな」
ディークはここで指輪の力を発動させる。
本来はイヤリングであるがディークとミク、ミシェルだけは指輪なのだ。
「スコール、準備は出来ているか?」
――はい。いつでも大丈夫です。
ディークは大きく手を振り上げると広場一面に大きな魔方陣が輝き出した。
魔方陣の力が高まりピークになると同時に一瞬で大勢と物資が姿を現わす。
スコールとアイを先頭に後ろにはモグローンとメイドの軍勢が多数いる。
「うむ、転移は成功したな」
すぐにスコールがディークに歩み寄り膝をつく。
「予定通り全員揃っています」
すぐにスコールの後ろにモグローンは整列し、長であるホクロンが敬礼した。
「魔王様の作戦通り例のアレも準備はバッチリてやんす」
モグローンの、後ろには布がかけられた大きな何かが見える。
それを見るなりミクが不安げな声をあげた。
「ディーク様、何やら非常に怪しげな何かが見えるのですが……」
ミクの視線は疑いの眼差しだ。
そんなミクに自信満々にディークは言い放つ。
「あれこそが我々の切り札となるだろう」
「凄く嫌な予感しかしないのですが……」
「大丈夫でやんす! おいら達の集大成とも言えるものでやんす!」
ホクロンも自信満々だ。
そんなホクロンにディークは、
「まだここは敵地と思え。絶対に1人での行動は駄目だぞ」
「分かってるでやんす。夜は必ず魔王城に帰還するでやんすね!」
「うむ、それでここはどうだ? 場所的には十分なのか?」
ホクロンは辺りを見渡し腕を組み変な唸り声をあげる。
「その目の前の建物は有効活用するでやんすか? 少し古そうでやんすが――その辺も全てやり変えるなら広さは十分でやんすよ」
ディークは先程いた建物を見渡す。
確かにこの建物大きいが少し古すぎる。有効活用する程の物ではないだろう。
「ふむ……これはいらないな」
ディークは建物の真下まで近づくと一つの魔法を唱えた。
「生き物の気配はないな。“ダークホール”」
魔法はすぐに発動され建物がそびえ立つ地面が真っ暗になった。
それはまるで塗り潰した色の様な穴だ。
次の瞬間、大きな地響きが起こり目の前の建物が沈んでいく。
完全に建物のすがたが無くなるとそこには真っ黒の大穴だけが残った。
見ているだけで吸い込まれそうな穴だ。
やがてその穴は波が引くように姿を消し建物があった場所は平坦な広場へとかわる。
ディークは腰に手を当てて辺りを見渡す。
「うむ、綺麗になったな」
「ほへー。消したでやんすか?」
ホクロンが何もなくなった地面を指しながら驚きの声を上げた。
「消したのではない。埋めただけだ」
「ほへー。流石魔王様でやんすね」
「とりあえずこれで、場所の確保は出来たな。準備開始と行こう」
ディークの声と共に一斉に軍は動き出す。
メイド達は持ってきた机を並べ、モグローン達は建物を建てる準備をやり始める。
「では私も……」
そう言ったミクは地面に向けて手を振るうと、そこから10体の小さなぬいぐるみが召喚された。
ミクはその一つであるクマのぬいぐるみを手に取り頭を撫でながら、
「クマちゃん、あたりの警備お願いね」
クマは頷くとひとりでに歩き出し他のぬいぐるみ同様に周りを警備し始めた。
流石に小さなままである。
ミクはぬいぐるみ達を見送ると空高く浮かびあがった。
「これよりここは魔王ディーク・ア・ノグア様の支配下となった。ディーク様に着いて行くであれば今後の名声は保証する。興味があるなら広場に集まれ」
ミクの声は魔法により街全土を包み込む。
ミクは数回同じセリフを繰り返すとディークの前に降りてきた。
「これで、街の者達もやってくると思います。ディーク様の配下になれるのですもの」
ミクは自信満々に話している。
一体その自信はどこから出て来るのだろうか?
「多分誰もこないぞ」
いきなり来た男がそんな事を言って来るわけはない。
こういう場所に住んでいる者達こそ臆病で慎重である。
油断は死につながる事をよく知っているからだ。
大体、魔王と名乗った人物に近寄って来るわけはない。
「そ、そのような輩を生かしておくのですか?」
ミクは信じられないといった表情で口を開いた。
「そう言うな。ちゃんと考えはある。ホクロ――ン!」
ディークはホクロンを呼ぶとホクロンは何やらミシェルと真剣な打ち合わせをしている。
名前を呼ばれすぐにホクロンはディークの元へとやってくると、ミシェルもそれについて来た。
「どうしたでやんすか?」
「今何を話していたんだ?」
それが呼んだ理由ではなかったが、あまりにも真剣な2人であった為に気になった。
ホクロンが答えようとする前にミシェルが先に口を開く。
「この街のアタシ達の部屋の打ち合わせをしてたの」
「そうでやんす。何せ注文が多いやんすよ」
ホクロンは困った顔をしながら手を広げた。
「いいじゃないのよ。アタシにとってはそこが一番大切なんだから!」
「分かってるでやんすよ。完璧なやつを作るでやんす」
「ふふふ……楽しみにしてるわ」
ミシェルは嬉しそうに笑う。
「なるほど……ってそうじゃなかった。ホクロン例のアレをそろそろやるぞ」
ホクロンは敬礼のポーズをとると、
「分かりやした! すぐに取り掛かりやす」
そのままホクロンは例のアレの所に走って行く。
するとミクが不思議そうな声で、
「例のアレって何ですか?」
「ふふふ……これこそ我が軍の秘密兵器だ。刮目せよ!」
ディークは大きな布を被った何かに手を広げると布はパラリと剥ぎ取られる。
すると、そこにあったのは魔王城にもある大きなビール製造機であった。しかしこちらの方が大きさはかなり大きい。
すでにあらかじめ全ての設備は魔王城で設置され後は動かすだけである。
モグローン一同は皆拍手喝さいだ。
ディークはそれに手を挙げ意気揚々とビール製造機の前に立つ。
するとミクが呆れた声を通り越した驚きの声を上げる。
「ま、まさかコレが秘策なのですか?」
ディークはそれを圧巻の声と思い。
「うむ! そのとおりだ!」
自信満々に答えた。
その反応を見るなりミクは恐る恐る口を開く。
「ま、まさかとは思いますが、バーを建てるのですか?」
「ん? 当たり前じゃないか。何を言っているんだ」
「街作りの先駆けとしてはもっと他の設備を導入したほうが……」
その言葉に驚きディークはホクロンと視線を合わせると、
「バーがないと仕事の後の一杯ができないじゃないか。それだと仕事もできないってことだぞ? なぁホクロン」
「そうでやんすね! まずはバーがないと何も始まらないでやんすよ」
「全くミクはおかしな事を……」
「全くでやんすね!」
ディークとホクロンは2人で笑い合う。そしてそれを信じられない様な眼差しで見つめるミク。
「では! そろそろ頃合いか」
ディーク達の出現によって多くの視線が集まっているのを知っていた。
そしてメイド達が作り始めた料理の匂いが街の住人集め始める。
ディーク達の周りにはいつのまにか人集りが出来始めたのだ。
そう、貧民街だからこそ人一倍強い食欲なのだ。
ディークは人が集まってきたのを確認するとその者達の前に立つ。
「今日からこの街を治めるディーク・ア・ノグアという者だ。今からこの街は貧民街ではない。これはユーコリアス女王の意思でもある。我々が新しい国のあり方を示す先駆けとなるのだ」
ディークは皆の反応をじっくり観察しながら更に続ける。
「我が軍の入隊者も募集している。力に自信のある者は我が元に来るがいい」
ディークの元にミシェルがジョッキを持ってやって来きてディークに渡す。
メイド達が作り始めた料理のいい匂いも漂い始め、街の住人達が腹の音を鳴らしている。
ディークはジョッキを大きく掲げ叫ぶ。
「我が魔王軍は酒と料理をこよなく愛する国だ。今日の料理と酒は俺からの贈り物だ!」
ディークはジョッキのビールを飲み干すと、街の住人達は大きな歓声を挙げだ。
一気に広場は人で埋め尽くされ大宴会が始まる――
ディークは手の差し出すとミシェルはその手を嬉しそうに握りしめる。
「では、景気付けの一杯をもらいに行くとしよう!」
「アタシも今日はビールにする!」
ディークとミシェルはうきうきでテーブルに着く。
呆気にとられているミクに気づいたディークは、
「おい何やってるんだミク。一緒に飲まないのか?」
ディークの声にミクは慌てて走り出す。
「あぁ――! そんな……すぐ行きますー」
ミクは慌ててディークの隣を確保すると、ディークは嬉しそうに口を開く。
「ミク、知っていたか? 酒と料理だけで人は分かり合えるのだぞ」
ミクはディークの言葉を聞くと優しく微笑む。
「そう見たいですね。流石です」




