第106話 アラドの街
アラドの街――
カルバナ帝国の特別指定地域でありユーコリアスから貰った街である。
場所はカルバナ王国からやや北に位置する場所で距離としては1日もあれば着く距離だ。
カルバナ帝国は武器などの産業が盛んな国である為、石炭などの発掘も盛んだった。
そんな石炭産業の重要拠点としていたのがアラドの街である。
しかし、魔法の進化と共に石炭などの需要も減少していき栄えていた街も一気に衰退していった。
やがて一時は街から人影は消えるも残った建物にハーフ達が住み着きカルバナ帝国の最大のスラム街へと変わっていったのだ。
今ではもう、アラドの街と呼ぶ者は無く特別指定地域とだけ記されている。
そんなアラドと呼ばれた街に向かってディーク達は歩いていた。
ディーク達と言っても今日は3人だけである。
ディークを先頭にミシェルとミクだ。
ミシェルとミクはまるでピクニックにでも来ているかの様に楽しそうな表情を浮かべている。
だが、二人の表情とは反対に辺りは伸びきった草と木々が生え茂っていた。
カルバナ領土の多くは乾燥した地域が多いが、北に行けば行くほど緑も増えてくる。
「それにしても、鬱蒼としているな」
流石に特別指定地域とされているだけあって全く整備されていない。
人が通る場所だけ草木が無く道しるべの様に続いている。
町が近づくにつれて道の際には朽ち果てた建屋の残骸らしき物が見受けられた。
昔はこの道も美しい木々が生え茂り歩く者を気持ちよくさせる場所だったのだろう。
ディークは一枚の紙を取り出す。
その紙とはユーコリアスから貰った令状である。
中には難しい文面でいろいろ書かれてはあるが、簡単に言えば「この村は貴方の物になりました」的な内容だ。
「こんな紙切れ一枚、何の意味があるのだろうな」
ディーク思わず失笑する。
今の今まで放置されたスラム街なのに誰かに渡すときは一人前の町扱いと言うのが何か滑稽だった。
それにスラム街となった住人にこの令状を見せても何の効力もないだろう。
住人からすれば帝国が捨てた町の残骸に移り住んで来ただけのだから。
今更、こんな紙切れ一枚見せられて大きな顔されても受け入れられる訳はない。
「とりあえず形式だけでもしておかないとダメなのでしょう。書面で残しておいた方が後々面倒になりません」
これは確かにミク言う通りだ。いくら捨てられた町とはいえ帝国の領土である事には変わりはない。
今後のトラブルを避ける為にも大切に持っておくか……
やがて道なき道は人の痕跡を見せ始める。
明らかに誰かの手によって整備されているのだ。
これはすでにアラドの住人の領土に入ったと言う事だ。
目指す街に近づいて来たと言う事だろう。
ディークはくるりと振り返るとミシェルとミクを視線を飛ばす。
「もうすぐ街に到着するが……分かっているだろうな?」
ディークの視線は疑いの視線である。
そんな事とはいざ知れず、当人達は目をキラキラさせながら。
「はい! それはもう分かっております!」
ミクは両手胸の前で握りしめながら腰をクネクネさせている。
「アタシ頑張っちゃうからね!」
ミシェルは小さな八重歯を光らせながら広げた指先から闘気を放つ。
絶対分かってないだろうな……
ディークは変な頭痛が走り頭に手を当てる。
「いいか? もう一度言っておくが、俺に何かされてもすぐに動くなよ。あくまで平和的解決が望ましい。俺達は新しい拠点を作りに来たんだからな」
くだらない事で二人がブチ切れて暴れられたらたまったものではない。せっかくの住人が怖がり逃げてしまう。
そうなれば計画は大きく変わってしまう事は必死だ。
「分かっております! しかしディーク様のお作りになられる新たな街は私などでは想像が出来ません」
ディークの言葉を他所に当人達は嬉しそうに今後に出来るであろう街の話題で盛り上がっている。
この二人は一体、どんな街を想像しているのだろうか……
何か物凄い物を想像しているようだが……
ディークの、目指す街と二人の想像では何か根本的に違っている気がするが今は言わないでおこう。
ディーク達は更に進むと辺りからは木々が消え街の入り口らしき場所が目に入った。
ボロボロに朽ち果てたアーチと瓦礫で出来た壁が見える。
アーチには何か文字が書かれていた痕跡があるが今は読めない。
恐らく街の名前などが書かれていたのだろう。
「誰かいるな――」
ディークはボソリと呟く。
街の前まで来たのだ。人くらいいるだろう。
しかし姿は見えない。明らかに隠れて様子を見ている。
ディークは構わずに足を進める。
そしてアーチの真下までやってくると、
「ここに何の用だ?」
アーチの奥からオーガのハーフらしき男が剣を構え姿を見せた。
明らかに歓迎されていない様子だ。
ディークはユーコリアスから受け取った令状を広げる。
「今を持ってこの街はこの俺、ディーク・ア・ノグアのものとなった。ここの街の長はどこだ?」
男はディークの言葉を聞くと笑い出す。
「何を言っている? ここは帝国が捨てた場所だ」
「誰のものでもないなら俺達が入っても問題はないな」
ディークは一歩踏み出すと男は剣をディーク向け威嚇する。
「それは出来ねぇな」
剣を向けられた瞬間、ミクとミシェルが動き出そうとするがディークはそれを手で抑止した。
「君は、誰かの命令で剣を向けているのだろう? 今こちら側につけばある程度待遇はよくしてやるぞ?」
男は剣をブラブラ揺らしながら失笑する。
「なんだお前? その態度が気にいらねぇな!」
そう言うと同時に男は剣を振り上げ攻撃の構えをとった。
「はぁー。 やっぱりか……」
ディークは深いため息と同時に人差し指を突き出すとその先から魔方陣が輝いた。
「えっ?」
男の声と同時に魔方陣からは指先程の魔法弾丸が発射され右足に命中する。
足は着弾と同時に血しぶきをあげ貫通した。
「ぎゃあああああああ!」
男は足を両手で抑えながら地面をのたうち回る。
転がった場所は男の血でラインを描くように赤く染まった。
ディークは転げ回る男を見下ろすと更に次の魔法を唱える。
「“ディバイン”」
魔法は即座に発動し光の帯が男に巻きつき男は身動きが出来ない。
ディークは手を軽く上げると、男はそのまま浮き上がり直立不動の体制で拘束された。
「た、助けて下さい……」
男の声は震え完全に戦意を喪失している。
「もう一度聞こう。ここの長は誰で何処にいる?」
男はすぐに口を開く。
「ここのボスはこの先の正面にある大きな建物の最上階にいる。ブラコって奴です!」
「ほほう。中々素直じゃないか」
俺は首をブンブンと縦に振る。
「ではそこに向かうとしよう。俺は平和的解決を望んでいる」
不敵な笑みを浮かべながらディークは翼を広げると飛び上がった。
ミシェルとミクもそれに続き飛び上がる。
空高く上がると街の全貌が見渡せる。
殆どが崩れた建物の残骸で形を維持しているものが少数だ。
街というよりガラクタ置き場に近い。
街の所々で住民と思われる者が見える。
先の男が言うように前方に大きな建物があった。
建物はかなり風化しているがガラクタで所々補修されている。
一言で言うならガラクタ城と言ったところだ。
ディークは手をかざすと拘束された男を目の前まで呼び寄せる。
男を建物の正面に向けると、
「お前が言ってた建物はあそこか?」
「は、はいそうです! ちゃんと教えたんだ助けて……なんなら部下になります!」
ディークはここでミク達の方に振り返る。
「こんな統率の取れていない組織はダメだな。こうも簡単に主人を裏切る。これがいい例だ」
ディークの言葉にミクが答える。
「ディーク様の言う通りですね。この様なゴミは我々の目指す場所に必要ありません」
隣でミシェルも声には出さないが大きく頷いている。
「さて――」
ディークは建物のほうに振り返ると、ピンと伸ばした人差し指を立て建物の屋根に狙いをつける。
隣で男が何やら命乞いを必死に叫んでいるが、ディークは構わず立てた人差し指を投げる様に倒した。
「ぎゃあああああああ!」
次の瞬間、拘束されたままの男は弾丸の様に飛んでいく。
男の声が小さなやまびこの様に広がり消えていった。
弾丸となった男はそのまま屋根に風穴を開け建物は大きな土煙を巻き上げた。
「よし、では長に会いにいくとしよう。平和的解決の為に」
ディークは不敵な笑みを浮かべそのまま急降下して男が開けた穴から建物の中へとおりたった。
降り立った先には広い部屋が広がっておりディークが飛ばした男の死体が転がっていた。
カルバナ城に比べれば倉庫よりも埃臭く薄暗い部屋である。
そしてその中に侵入者を睨む複数の視線があった。
小汚い王座の様な場所に座っているのがブラコだろう。
その周りに幹部らしき男が4人、ディーク達の後ろに取り巻き兵が10数人と言ったところだ。
「なんだ貴様!」
即座に怒りの声が上げ周りは戦闘態勢をとる。
ディークは長らしき男に視線を飛ばすと、ユーコリアスから貰った令状を広げた。
「君が長だな。今日からこの街はこの俺、ディーク・ア・ノグアのものとなった。これがその令状だ」
「いきなり何を言っている!?」
まぁ、こうなるよな……
無理やり中に入ってきた時点で当然の結果である。
しかし一々交渉していては時間がいくらあっても足りはしない。
「我が魔王軍はカルバナ帝国の同盟国である。そしてユーコリアス女王はこの街の問題の解決と新たな真の自由への発展を望んでいる」
ものは言い様である。
あくまでユーコリアスの望みでこの街の復興と貧困を救ったと言った建前も今後に必要なのだ。
「そんなもの知るか! 俺達は今の暮らしが良いんだよ! ここでなら支配者でいられる!」
「だが、ここの暮らしはあまり良くはないみたいだが?」
ブラコは自慢げに親指を立て自分に向けながら、
「俺はいい暮らしをしている」
ディークは一瞬表情が曇るがそれは瞬時に消える。
「俺は平和的解決を望んでいる。今こちら側につけば許してやるぞ?」
「うるさい! やっちま――」
ブラコがそう叫ぶと同時に部屋の空気が一気に変わった。
凍りつく様な空気とおぞましい何かによって全てが止まったのだ。
これはディークが、動きを止めているのではない。
ディークが放った殺気によって誰一人動けなかったのだ。
沈黙だけが部屋を支配する。そんな中でその原因が冷やかに口を開く。
「交渉決裂だな」
ディークが手をかざした瞬間、ブラコは何かが潰れる嫌な音とともにその場から消えたのだ。だが本当に消えたわけではない。
周りがそれに気づいたのはディーク達より少し後の事だった。
それは無残な姿となって壁に張り付いたブラコだった。
まるで強い力で押し付けられた様に手足は折れ曲り体は潰れ壁を真っ赤に染めている。
指先の小さな痙攣は次第に収まり命の終わりを告げる。
周りの兵達はブラコの死体を呆然と眺めるしか出来ない。
そしてすぐにディークは振り返り腕を横に払う。
辺りの空気が震えると同時に、後ろにいた兵士10数人の首諸共、後ろの壁を大きく引き裂いた。
虚しく崩れ落ちる死体の音が響く。
部屋中に血の匂いと土煙が立ち込め、それが固まった幹部達を正気に戻した。
「こ、降伏します!」
幹部達は一斉に頭を地面に擦り付け震え上がっている。
「なんだ? もうやらないのか?」
ディークの言葉に瞬時に反応する。
「俺達はブラコに使われていただけで……仕方なく……」
まるで悪党の見本みたいなセリフだ。
ディークはミクに目配せをする。
「ミク、先の言葉を覚えているか?」
ミクは一礼をすると、両手を広げた。
広げた両手は次第に輝きばちばちと音をあげる。
「統率の取れていない組織はやがて癌となる。我々の目指す場所に必要ありません」
凄まじい雷が手の間を駆け巡り薄暗い部屋を照らし出した。
幹部達は動くことも出来ずにそのまま呆然とミクを見つめる。
やがてそれが自分達を殺すための魔法だと気づくと一斉に逃げ出そうとした。
だが逃げるよりも先にミクの手から魔法は放たれ4人の幹部達に襲いかかる。
――――!
凄まじい雷は一瞬で4人を飲み込むと巨大な龍の様にうねりだし蒸発させていく。
人の焼けた臭いが周りを包むと4人の姿は無くなっていた。
「ご苦労では、次の行動に移るとしよう。平和的にな」




