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ブラッド・ZERO  作者:
第3章 カルバナ帝国編
105/119

第105話  怒

「だから、必要ないと言っておるだろう!」


 カルバナ城にユーコリアスの怒鳴り声が響いた。


「それは、貴方に関係のない事です!」


 続いてティアの声だ。

 ティアの声はいつものおっとりしたものではなく攻撃的である。

 そう、ディークとの会議の後、ユーコリアスとティアの戦いは始まっていたのだ。


 ここはカルバナ城内にあるルータスの部屋である。

 ユーコリアスが、入ってくるなりこの調子で熱い戦いが繰り広げられていた。

 ケビンは後ろで困り果てた様に喧嘩の行方を見守っている。


「何度も言っているだろう。我の! ルータスの! 世話は十二分に足りておる。だから必要ない!」


 ユーコリアスはルータスの手を引っ張り自分の元に手繰り寄せる。


「あのー皆さん少し落ち着いて……」


 引きつった声のルータスの声は二人には届かない。

 ティアはユーコリアスからルータスを奪い取り。


「魔王軍から! 一時的に! 貸し出しているだけ! のルー君ですから、そこまで手間はかけさせられません!」


 ティアの言葉にユーコリアスは歯を食いしばりながら足をバタバタさせる。


「いー! 女王の我が良いと言っておるのだ! これは命令だ!」


 女王の命令は絶対だ。

 カルバナ帝国に属するものであれば命令無視は罪となる。

 下手をすれば反逆者とみなされ死罪もありうるのだ。


 だからこそ、ユーコリアスは勝ち誇った表情をティアに見せた。

 しかしティアも同じく勝ち誇った笑みを浮かべ。


「私の所属は魔王軍ですので、優先すべきは魔王様の命令です。その魔王様の命で私はここにいるのです!」

「なんだと!」


 ユーコリアスは今にも掴みかかりそうな勢いだ。

 そんな中、ケビンが二人の間に立った。

 ケビンは膝をつき頭を下げる。


「姫様、お気をおしずめください。ここは折れるしかありません。同盟国の王であらせられるディーク様の言葉を無視するなど――」

「そんな事分かっておるわ!」


 ケビンはもう一度頭を下げると元の位置に戻る。

 もし、ティアを無理矢理でも帰らせてしまえば今後の関係に大きくヒビが入る事は明白であると言える。

 命令の内容はどうであれ同盟国の王を軽く見ていると思われて当然だからだ。


 ユーコリアスもそれが分かっているからこそ本人と言い争いをしているのだ。

 本気になれば部下に命令すればいいだけなのだから。


「大体、お前はルータスの何なのだ?」


 ユーコリアスの質問にティアは言葉に詰まった。

 単刀直入な質問にティア自身も戸惑いを隠せない。


「そ、それはその……」


 ティアとルータスは同じ組織の者である。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 よくよく考えれば仮にユーコリアスがルータスに好意を持ち仲良くした所でティアが怒る権利は無い。

 客観的に見てもルータスとティアの関係は仲のいい友達程度のものだからだ。


 それに気づいたティアは後に言葉が続かなくなった。

 両手の人差し指を合わしながら一気に勢いが無くなる。

 その変化をユーコリアスは見逃さなかった。


「ほほう。なるほどな――そういうことか。只の同僚なら我が今後何しようと文句を言われる筋合いは無いってことだな」

「そ、それはそうですが……何かあるとは思えませんが」


 ユーコリアスは不敵な笑みを浮かべ、ティアを見下ろす。

 見下ろすと言っても身長差のこともあって頭を後ろに引いただけである。


「ルータスは我によく懐いておるからな。我もそれに答えねばならん。前もご褒美にキスをしてやったところだ」


 ルータスの顔が一気に青ざめ、視線はどこか泳いでいる。

 そんなルータスを見るなりティアは目に涙を浮かべながら叫ぶ。


「わ、私だってルー君に裸を見られた事あります!」


 ティアの一言で辺りは静まりかえった。

 もはや最初の口論からかなり脱線している。

 そんな中、ユーコリアスはやっと意味を理解したのか、顔を真っ赤にしながらルータスに詰め寄り胸ぐらをつかんだ。


「何だお前は! どう言う事だ! もうそんな事をしているのか!」


 ルータスはユーコリアスの剣幕に圧倒されながら両手を激しく降る。


「違います! 只の事故でバッタリ出くわしちゃったんです!」


 ユーコリアスは疑いの視線を向けながら、


「本当か? まさか、ルータス、貴様その辺の女子に手当たり次第手を出しているのではあるまいな? もしそうなら我が騎士としてあるまじき行為――」

「そんな訳あるはずないです! 大体、僕がモテる様に見えますか?」


 ユーコリアスは腕を組みながらルータスをじっと観察すると一言。


「うむ、それもそうだの」


 ルータスは、何か言いたそうな表情をするも口には出さない。

 出せないと言った方が正しいだろう。


「姫様、申し訳ありませんが、そろそろ大臣達との会議の時間です」


 じっと行方を見守っていたケビンが二人の喧嘩に割って入った。

 ユーコリアスは納得できない表情だ。

 しかし流石に公務を個人的な用事ですっぽかす訳にも行かない様子である。


「話し合いは後だ。仕方がない。ルータス、そのメイドの事は任せる。今から我が帰ってくる間に細かな事を終わらせておけ! 行くぞ、ケビン!」

「はっ!」


 ユーコリアスはマントを羽ばたかせながら振り返ると、ケビンを連れ足早に部屋を出て行った。

 一気に静かになった部屋は、気まずい空気だけが残る。

 ルータスとティアは何をしていいのか分からずに時間だけが過ぎた。





 ユーコリアスが部屋を出てから1時間、ティアは未だに口を開かない。

 二人用のテーブルに向かい合う様に座っているだけに非常に気まずい。

 まさか、カルバナ帝国に来るとは思いもしなかった。


 これは、非常にまずい――


 一体何がまずいのか分からない程にまずい。

 ルータスはディークの命令通り、ユーコリアスに仕えていただけであり、何も後ろめたい事はしていない。

 しかし、ティアから感じる謎のオーラが身の危険を感じていた。

 そんな中、ついにティアは口を開く。


「みゃぁ!」


 !?


 鳴いた?


 一体なぜ?


 ティアは人狼である。人狼と言っても幅が広く、純血の間では動物系の種族であれば人狼と区別されている。

 ティアは猫型だ。

 だからこそ「みゃぁ」と鳴くのはおかしくはない。


 だが、なぜ今鳴いたのか?


 ルータスは頭をフル回転させて考える。

 ここで選択肢を間違えればまずい事は肌で感じていたからだ。


「みゃぁ!」


 また鳴いた!?

 さっきよりも声が大きい。

 表情をから察するに良いことではないだろう。


「ええっと……」


 ルータスはこれ以上、黙っていてもまずいとら思いなにか話そうとするもティアの意図が分からず言葉が出ない。

 そんなルータスを見かねたのか、ティアは静かに話し出した。


「ルー君、分からないの? 私は怒ってるの」


 怒っていたのか……


 猫や犬は敵を威嚇するとき吠えるものだが、ティアの「みゃぁ!」はそれにあたる訳らしい。

 猫型の人狼であるティアが同じ行動を取るのも納得できる。

 何より意味が分かると、余りにも可愛い怒り方なので表情が緩みそうになるもぐっと堪えた。


「ご、ごめん」


 一体何について謝っているのか分からないがとりあえずこう言わないと駄目な気がした。


「私、本当に心配してたんだよ。ルー君が怪我していないかとかずっと考えてたのに……」


 ティアの口調は静かだが妙な恐ろしさがある。

 ルータスが口を開こうとする前に更にティアは続ける。


「これはお仕事だもんね。分かっているの。でも、あんまり他国の人にデレデレしないで」

「デ、デレデレなんかしてないよ」


 次の瞬間、ティアの鋭い視線がルータスに刺さった。


「ふーん。キスしたりするのは違うんだ」


 先ほどの静かな口調とは違いかなり感情が表に出ている。

 勿論、出ている感情は怒一色だ。

 更にティアの一切変化しない表情が不気味さをかもちだしていた。

 ルータスは返答が出来ず黙り込む。


「何回されたの? それともしたの?」


 ティアの声が次第に凄みを増していく。

 ルータスの直感が命の危険を感じ始めた。


「に、二回だけです! 勿論、されました!」


 ルータスは背筋をピンと伸ばし自然と敬語が飛び出した。

 ティアから歯を噛みしめる音が微かに聞こえルータスの恐怖は更に高まる。


「何処に!?」


 ティアの目は大きく見開きいている。

 ルータスは目を合わすことができない。


「ここに……」


 ルータスは自分の頬を指した。

 とうとうティアからは殺気に良く似た気配を感じるが必死で何かの間違いだと思い込む。

 このままではティアが何かに進化しそうな勢いだ。


「仕方がないんだ! 相手は女王様なんだぜ? 僕にはどうする事も出来ないんだよ。これもディーク様の期待に応えるためなんだ」


 ティアは目をパチクリさせる。


「もしかして、女王の立場を利用してルー君に言い寄って来ているの? もしそうなら……」

「いや……そう言う訳じゃないけど……」

「じゃあどう言う訳?」


 何か話しがおかしな方向に向かっている。


「仲良くしてくれているのも同盟国だからなの。僕に魔王軍の肩書きが無ければハーフの僕はが相手にされる訳はないだろう?」


 ティアの顔が一気に明るくなる。


「そうよね! 女王様だもんね!」


 明らかにティアは声のトーンが変わった。


「そうだよ! 僕は魔王軍なんだから」


 しかしルータスの言葉を聞くなりティアは目に涙を浮かべる。

 急な展開にルータスも慌てふためくことしか出来ない。

 ティアの耳は力なく垂れ下がり人差し指で涙を拭った。


「ゴメンね。ルー君は何も悪くないことっては分かってるの。でも、もうこのまま帰ってこないんじゃないかって心配で心配で……」


 ルータスは立ち上がりティア頭に手を伸ばすと優しく撫でながら、


「僕はディーク様の眷属なんだ。何処にも行かないよ。それにティアだって同じだ。何処にも行くなよ」


 ティアの耳がピンと立った。

 これは喜んでいる証拠だ。

 ティアは猫だけに感情が外に漏れやすく分かりやすい。


「分かってる。じゃあ約束して、何処にも行かないって――」


 ルータスはティアの手を握りティアの目をじっと見つめる。


「約束するよ。何処にも行かないって」


 ティアは微笑み一言。


「うん! これからはルー君がたぶらかされないように私が見守って上げるから」


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