第102話 酒場2
二人は時間が経つのを忘れ話し込んでいるとバーの扉が開く音が聞こえる。
スコールは背を向けている為その場所からは分からなかったがアイが立ち上がり大きく手を振った。
「お姉ちゃーん! なんでこんな所に!?」
振り返るとそこにはミシェルの姿があった。
ミシェルはアイの声に気づくとすぐにこちらに歩いてきた。
「あらーその髪型可愛いじゃない。アイも大人っぽくなってきたわね」
「えへへ」
アイは嬉しそうだ。
それにしても……「アイも大人っぽく」か……
それは誰と比較して言ったのだろうか……
その辺はあまり深く突っ込みすぎると危険なので心の中で留めておこう。
「あんた達がバーに行くって聞いてたからついでによってみたの」
そういいながらミシェルは席につく。
「今やっと終わったの。長かったわ」
ミシェルはホッと一息ついた。
「交渉はどうなったのですか?」
スコールは気になってしょうがない。
魔王軍のこれからを決めると言ってもいい話し合いだったからだ。
ミシェルの表情から察するに上手く行った事は分かっていた。
一体どんな事になったのだろうか。
スコールの読み通りミシェルはニヤリと笑いながら、
「これから忙しくなるわよ――」
ミシェルは女王との会議で決まったことを話し出した。
同盟の軍事力強化の事、新しいメイドが来る事、村を一つ貰った事などの話だ。
ミシェルは所々、ディークへの愛と賞賛の言葉が入れながら本当に嬉しそうに話している。
ミシェルの話を聞き終わるとスコールが呟いた。
「なるほど。素晴らしい……」
それ以外の言葉が思いつかなかった。
こうも上手く魔王城の欠点が補えるとは……
ミシェルもスコールの言葉に食いつく。
「当たり前でしょ。ディーク様なんだから」
ミシェルは両手を握りしめ眼を輝かせながら言っている。
そして更に続ける。
「すぐに魔王城に新しいメイドが入って来るから今日は夜までに魔王城に帰って来なさい」
「分かりました」
「それと、村が決まったら貴方達二人もそこに行くのよ」
ミシェルが言うには、貰える村は恐らく貧民街のような場所になるから街の開拓などをして行かなければならないらしい。
確かにすでに出来上がっている村を貰うよりは、効率は良さそうではある。
魔王が作る村とは一体どんな村になるのか楽しみで仕方がない。
魔王城に新しい風が吹き人の活気も出て来そうだ。(人以外は活気づいているが……)
ディーク様が帰ってきたら村の方針にだけ聞いておこう――
「本当に忙しくなりそうです」
しかし新しいメイドが来るらしいが魔王城は大丈夫なのだろうか?
骸骨メイド長のスカーレットに怯える姿が目に浮かぶ。
だが自分も最初はそうだったように、そんな事は時間が解決してくれるだろう。
慣れとは恐ろしいものだ。
「お姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるの」
アイが唐突に口を開く。
「どうしたの? 改まって」
何時ものアイなら一々こんな事を聞かない。
有無を言わせず話しかけている。
「ディーク様を好きになったのは急にそうなっちゃったの?」
アイの思いもよらない質問にミシェルは一瞬戸惑う。
だが、直ぐに少し意地悪そうな目をしながら、
「アイもそんな事を考える年頃になったのね」
「好きとか、そう言う気持ちとかよく分からないからどうなのかなーって」
スコールは、黙ってビールを一気に流し込む。
先のスパイクの事で何か思うことがあったのだろう。
何よりスパイクが原因で何かが起こるのが本当に腹立たしい。
何とかして早急に奴等は消しておかなければならないだろう。
「そうね。アタシはディークさまを愛する為に生まれたから、そう言う変化はなかったわ」
そんな事を知らないミシェルは、ただの女子トークと思っているようだ。
アイは求めていた答えと違ったのか独り言のように呟く。
「そっかー。じゃあディーク様はお姉ちゃんやミクさんを愛した瞬間ってどんなのだったのかな――」
その言葉にミシェルは不思議そうに答えた。
「ん? ディーク様はミクを愛していないわよ?」
「えっ?」
思わず出た言葉が重なった。
それはアイとスコールの声だ。
隣で聞いていたスコールも、あまりの驚きに思わず声を出していたのだ。
スコールはもう一度ミシェルの言葉を心の中で復唱した。
愛していない――
そんな訳はない。
何故ならディークは二人を嫁であると公言している。
それは当然ミシェルも知っている事である。
だが、スコールは分かっていた。
ミシェルは嫉妬こそ凄まじいが、そんな嘘を付くような性格でなければ、自分の良い様に事を思い込む妄想癖もない。
では、一体どう言う事なのか?
ミシェルは自分の放った言葉にアイとスコールが困惑しているのを悟ると慌てて言葉を付け加える。
「愛していないって言うのは語弊があるわね。例えばディーク様がルータスを愛していないと思う?」
「ディーク様は愛してくれてる」
アイはすぐに答えた。
スコールも、その答えに肯定だ。
ルータスは眷属である。それは家族見たいなものであり、愛していない訳がない。
「そうでしょ? ならその愛とディーク様がアタシに向ける愛は同じかしら?」
アイは少し考えながら、
「それは違うかなー」
ミシェルはビシッとアイを人差し指で指しながら、
「そう! その違いよ」
「でも、ミク様を見てるとそう見えないのですが……」
聞くだけのつもりだったがスコールも思わず口を出す。
スコールはミシェルとミクがどういった人物は分かっているが結構謎も多かった。
ディークが創造した2人――
次元の狭間で長い時を過ごしたと聞いている。
何故、人を作ろうと考えたのか?
聞いた話でミクが最初に作られたそうだが……
それにミシェルは眷属であり、ミクは人間なのも謎だ。
ミシェル曰く、創造過程が少し違ったと言っていたがよく分からないままである。
本人に聞けばいいだけなのだが、話が話だけに聞きづらい。
「まぁ、ミクにはそう言った愛はあると思うわ。でもミクはディーク様からの愛を求めてはいないわ」
「それは何でなの?」
アイも興味津々の様子だ。
「アタシ達はねディークの命を受けて生まれたの。そしてアタシはディーク様を愛する為に生まれたのよ」
ミシェルはとても誇らしげである。
スコールはディークの命を受けて生まれた事は知らなかったが、愛する為に生まれたと言う話をミシェルは日頃から良く口にしていた。
そして、ミシェルは更に続ける。
「だからディーク様の愛を求めて良いのはアタシだけ。それはディーク様が決めた事だからミクもそれを分かってる。アタシ達にとってディーク様は神様よりも尊い人だから――」
ミシェルは両手を握りしめてうっとりしながら斜め上45度を見つめている。
恐らくディークの事を考えているのだろう。
スコールはミシェルの言葉を整理してみる。
要するに、愛する為に生まれた自分がその対象である。
神がそう決めたのだから個人的な感情よりもそれを優先するのは当たり前である。
と、言うとこらしい。
ちょっと常人には理解が難しい話である。
だが、自分を創造した人物がいたとすればそれを神と思うのは当たり前だろう。
思い返してみれば納得できる部分は多い。
距離感などまさにそうだ。
同じく嫁と言う立場なのに、ミクの方が何時も一歩手引いた所にいる気がする。
単に性格の問題かと思っていたが、そんな意味があったのか……
「じゃあ何で2人ともお嫁さんなの?」
アイが何気なく聞いた言葉にスコールは「ナイス!」と心の中で叫ぶ。
こういった話にずかずか入っていけるアイは頼もしい。
「役割が違うだけで立場は対等だからね。アタシだけ嫁だとミクが可哀想だわ。そう言うものは一緒にしないとね」
ますます理解しがたい。
例えるなら、2人の子供がいたとして、1人にお菓子を与えるのは片方が可哀想だから両方にお菓子をあげた。幸せは2人で分けよう! みたいなものだろうか?
2人にとって嫁と言う肩書きは意味をなさない。
この辺の感性は当人達でないと分からないだろう。
何にせよ少し2人の事が分かった様な気がしたスコールであった。
次にミシェルは、アイに視線を向けると、
「そう言えば、前にチビっ子になった時の話だけど、ヴァンパイアにやられた可能性が高いわね。あれから何か思い出した?」
アイは難しい顔をしながら考え込む。
「うーん。ちっさい子に会ったような……会ってないような……」
スコールは思わず「ちっさい子はお前だったじゃねーか!」とツッコミを入れそうになるもグッと堪えた。
スコールとアイの間では、この話題に触れない事が暗黙のルールの様になっていた。
しかしあの時一体何が会ったのかが非常に気になって仕方がなかった。
分からない事は調べる。
これが染み付いていたスコールには何か歯痒い。
面白おかしくアイがちびっ子になった訳だが、結構な事件である。
放置しておくのは危険だろう。
「少し聞いた話なんだけどね。碧眼の魔女って知ってる?」
ミシェルの言葉にスコールは眼の色が変わった。
「知ってます。ヴァンパイアの魔女でかなり有名な魔術士です」
「アイにはかなり高等な魔術がかけられていたわ。案外、そいつが犯人だったりしてね」
「謎が多い人物です。俺も最悪の一つである古代の魔女の末裔だとか言われていますが、詳しい事は分かっていません」
「アタシが聞いた話では東北の森の奥深くに住んでるらしいわよ」
ここでミシェルは声を低く落とす。
「何でも、その森は死者と亡霊のはびこる漆黒の森で、一度入ると、そのままこの世に戻ってこられなくなる死者の森のだとか……」
ミシェルは下を出し手をぶらぶらさている。どうやら幽霊の真似をしているようだが、見た目の問題もあってか迫力がない。
「ふえぇ! そんなのいるの……」
急にアイが出した声にスコールは耳を疑った。
何時ものアイからは想像もできない弱々しい声だったからだ。
ミシェルはアイに、にじり寄りながら更に続ける。
「もしかしかしたら、アイの後ろにも亡霊が――」
「――――っ!」
アイは少し顔を歪めるとすぐに置いていた帽子を深く被ると、帽子のつばを両手で下に引っ張ったまま固まった。
何が聞き取れないが変な声をかけて上げている。
すると、今度はいきなり帽子を脱ぎ去り、目の前のカクテルを一気に飲み干した。
「そんなのはいないよー」
嫌に大きな声でうるさい。
どうやら何時ものアイのようだ。
スコールは思わず顔が緩む。
アイの貴重な一面を垣間見る事ができた。
これは後でいじり甲斐があるだろう。
「まぁ、その辺は冗談として碧眼の魔女についても今後調べておく必要があるかもね」
スコールは頷く。
「今後その件も含めて当たってみます」
「とりあえず――さぁ!」
ミシェルは小さくテーブルを叩くと、
「せっかくの休みなんだからゆっくり飲みましょう」
ミシェルはマスターを呼びつけカクテルとビールを追加注文した。
すぐに飲み物が運ばれて来る。
そして、新たな宴が始まった。
「とりあえずカンパーイ!」




