第101話 同盟2
「一応、我の方である程度の村の候補は上げて見たのだが――」
ユーコリアスは一枚の紙を広げた。
紙には選んだ村の詳細が事細かに書かれている。
どれも村としてはかなり良い村だ。
普通であれば喜ぶべきだろう。
しかしディークは紙を見つめる表情は硬い。
ディークの考える理想とはかけ離れているからだ。
その理想とは――
まずは人が多い場所が大前提である。
そして何かしらの大きな問題を抱えている場所が好ましかった。
それは即ちその問題を解決すれば村の信用を得るに使えるからだ。
村を貰えると言っても、それはディークとユーコリアスの間で決まった話である。
村人からすればどうでも良い話であり誰の管理下にあった所で何も変わりはしない。
むしろ今まで現状を放置していた帝国に恨みをもっている可能性すらある。
村を効率的に支配するには二通りあるだろう。
一つは恐怖による支配だ。
何かしらの力を見せつけ上から押さえつければ貧民街のような場所は簡単に支配出来るだろう。
如何にも魔王らしく一番簡単で楽な方法である。
だが、ディークはその案を直ぐにボツにした。
ディークが目指す改革とは自分の軍隊を作ることである。
そして前提条件としてカルバナ帝国に交友的じゃないとまずい。
流石にカルバナ帝国から貰った村で反乱分子を作るような真似は出来ないからだ。
その辺は上手くやらないと後々面倒な事になるだろう。
ユーコリアスは気を使ってなるべく良い村を選んでくれているが、大きな事をするならそれが弊害になる。
「すまないが。ちょっと違うんだ……」
せっかく気を使ってくれている相手に言いにくいがそれで済む話でもない為、ディークは自分の考えを話した。
するとユーコリアスは深く頷きながら、
「うーむ。確かにそうだが……そんな事が出来るのか?」
ユーコリアスが疑うのも無理はない。
実際、ディーク本人ですら、こればかりはやってみないと分からない事である。
しかしディークはやれる自信はあった。
「大丈夫だ。それにそちらには迷惑は掛けないと約束しよう」
「ふむ――ケビン」
「はっ!」
ユーコリアスの声にすぐさまケビンはもう一枚の紙を差し出した。
「これはカルバナ領土にある村で危険地域に認定している場所一覧だ。ほとんどの場所がスラムとかして我々もどうなっているか分からないわ」
テーブルの上に広げられた紙には先と同じく村の詳細がびっしりと書かれている。
少し違うのは村の紹介ではなく村の問題を主に書いてある所だ。
一覧に出ている村の数もかなり少ない。それだけカルバナ帝国の治安が良いと言う証拠だろう。
一通り見る限り、やはり治安が悪い場所はある程度固まっている。
ディークは視線がピタリと止まった。
その視線の先にあったのは村の名前ではない。
特別指定地域――
詳細によると、元々炭鉱で栄えた町だったが時代と共に廃れ人はいなくなった場所らしい。
しかしその後ハーフ達が住み着き街全体がスラムと化している。
今ではカルバナ領土一のスラムとなって、町の奥ではその精鋭達が牛耳っているようだ。
街の外で何かする訳ではない為、帝国も詳しくは把握していない。
その為、特別指定地域とする事で隔離している訳である。
帝国の軍事力を持ってすればいくら大きなスラムだろうが弾圧する事は可能だろう。
だが、わざわざその為だけに軍を動かし金を使う事もない。
いくら数が多いと言っても、所詮学の無いハーフの集団であり、殆どが飢えに苦しむ貧困層だ。
学の無い彼等でもカルバナに牙を向けば簡単に弾圧される事を分かっているからこそ街の外には行かないのだ。
カルバナ帝国ですら見捨てた街――
ディークはニヤリと笑った。
「ここがいい! これに決めた」
条件としては完璧である。
何よりも帝国が放置している街を開拓できれば双方にメリットが有り良い事ずくめだ。
ディークの嬉しそうな声とは反対にユーコリアスは不安げな声を上げる。
「本当にいいのか? ここは本当にガレキしか無いような場所だぞ?」
「だからこそだ。俺はこんな場所のほうがやる気が出るんだ。何々、元々の名前はアラドの街か、いい名前じゃないか」
ディークは腕を組み軽く握った拳の上に顎を乗ながら笑う。
「我としても、特別指定地域を何とかしてもらえるなら助かるのだが……」
ユーコリアスは少し納得がいっていない様子だ。
恐らくユーコリアスはこう思っているのだろう。
自国の問題である貧民街を他国に――それも同盟国に尻拭いをさせる形となったのが気に入らないのだ。
「姫、これは魔王軍にとって大きな前進となるだろう。本当に感謝する」
ユーコリアスはまさかお礼を言われるとは思ってもいなかった為に、慌てて手を振りながら、
「お礼を言うのはこちらの方だ。そう言ってもらえると良かった。すぐに礼状を用意させる。面倒な手続きはこちらでやっておくので街には好きな時に行ってくれて構わない。まぁ元々放置してあった場所だが――」
ユーコリアスはケビンに手で合図すると直ぐにケビンは承知の意味を込めて深い礼をした。
ディークは一瞬、「あれ? 街には一緒に行かないの?」と思ったが、よくよく考えればそんな所に女王が行く訳はない。
上手く行けばアラドの村で教育も行えるだろう。
何にせよ今後の重要な拠点となる場所だ。一度魔王城で打ち合わせを念入りにしよう。
「こちらも一度、城に戻って姫の招待する準備でもしておくとするか――」
ディークは笑いながら口にしたが、内心では迷っていた。
どうしたら少しでもマシに見えるのかを考えていたからだ。
一人で考えてもしょうがない。あとでスコールに相談でもするか……
そんなディークの気持ちとは反対にユーコリアスは嬉しそうに口を開く。
「今後、大きく我が国は変わりだすぞ。反乱分子の心配はあるが、何か上手くいきそうな気がしてきたわ」
ユーコリアスは拳を突き出した。
ディークもそれに答え拳を突き出し軽く当てると。
「そのとおりだ。俺達が世界を変える」




