第10話 先生の授業
「さぁ今日は魔法の勉強をします。皆さんしっかり頭に入れておいて下さいね」
気持ちいい天気の中チャンネの声が響く今日は魔法の基礎の授業だ。
チャンネは教壇の前に立ちいつも同じの黒いスーツに身を包み横には教材が入った箱がある。ルータスとアィーシャはそれぞれの机と椅子に座っている。授業と言っても部屋がある訳では無く建屋の横で青空教室なのだ。あれから毎日ルータス、アィーシャはチャンネによる剣技や魔法の勉強、実技が2人の日課となっていた。
知らない事ばかりで今はチャンネの授業が楽しみで仕方なかった。
「はい! 先生!」
先生と言うのはもちろんチャンネの事である。あれからルータスとアイはチャンネの事を先生と呼んでいる。
「まず君達は魔法とは何か分かっているかな? 剣武と魔法の違いと言ってもいいですね」
剣武とは接近戦闘を得意とする戦士系が扱う技の事で闘気により剣速を上げたり、パワーを上げたりなど様々な使い方がある。極めればオリハルコンですら切断する強力な威力になる。一般的に魔法とは魔力で、剣武は闘気を使う。と言うのがルータスの知識だった。
「うーん、魔法が魔力で剣武は闘気?」
アイが答える、ルータスもそれ位しか思いつかなかった。今まで誰かに教えてもらった事など無く、剣は只ひたすらにその技術を磨けば良いと思っていたからだ。
「正解だ。アイ君、しかしもう少し踏み込んでみるとだね。本当は魔力も剣武も同じなのです」
そう言うとチャンネは、何の変哲も無い普通のダガーを取り出した。
「まず剣武とは自分の持っている生命エネルギーをそのまま放出させたものです。アイ君が闘気と答えた物ですね」
チャンネはダガーに力を込め始めると、ダガーから白く光輝くオーラが噴出し始めた。その力は凄まじくルータスは胸が高鳴った。
「凄い力ですね!」
すると次にチャンネはダガーのオーラを消して教壇に置くと人差し指をピンと伸ばした。
「次は魔法ですね。魔法は魔力を込めると言われていますが正確には違います。 生命エネルギーを変化させて練りこんだものが魔法なんです」
チャンネは指の先に魔力を込めると、小さな炎がメラメラと上がる。それを息を吹きかけかき消すと、
「まとめると、エネルギーを変化させないものが剣武、変化させたものが魔法なのです。エネルギーは変化させると威力が上がる為に魔法は強力なのです」
「なら剣武でエネルギーを変化させたらもっと強く無いですか?」
アイが口を開く、確かにその通りの様にルータスも思えた。
しかし実際に魔法も使える剣士はかなり希少であり、その逆も見たことは無かった。
「中々いい質問だねアイ君。確かにその通りですが実際には難しい、変化させるのが苦手な者は戦士系になり、変化が得意な者が魔法使いになる場合が普通だからです」
「じゃあ、変化が得意な者が戦士になれば両方いけるの?」
ルータスの質問にチャンネは杖を取り出した。そして構えるとその先から小さい炎が出た。
「例えば魔法を使う時にエネルギーを変化させ限界まで練り込む、その練り込む力が強いほど強力な魔法になります。その練り込む動作こそ詠唱なのです。変化が得意ならそれに集中してエネルギーをしっかり練り込む方が強力な攻撃になるんですよ」
その炎は段々と大きさを増して大きくなった。チャンネの言った魔力が練り込まれているのが分かる。
そしてチャンネは杖を振ると轟々燃えていた炎は一瞬で無くなり何も無かったかの様に消え去った。そして又ダガーに持ち替えた。
「剣武というものは、変化させない分、即発動させられるのが特徴です。闘気自体は魔法よりかなり弱い、それは人に流れる同じ生命エネルギーをぶつけても効果が薄いからです。しかし卓越した剣の腕と合わさる事によって剣速やパワーが上がり強力になるのです。だから通常は得意な方を伸ばす訳ですよ」
チャンネはそのダガーで斬る様な動作をする。シュッと音を立ててダガーは走った。そして次に闘気を込め又同じ様にダガーを振るとダガーはルータスの肉眼では、とらえられない程に速度が増した。そしてチャンネはダガーを見せながら。
「戦士はその卓越した剣の腕こそが最大の武器であり力の証明です。言い換えれば自分の剣の補助として剣武がある訳です。逆に魔法使いは、魔力こそ最大の武器である為に修行の方法も全く違ってくるのです」
「なるほど! よーく分かりました!」
2人は大きく返事をした。チャンネの説明は分かりやすく学の無いルータスでも理解出来た。
ルータスの中では魔法は詠唱するのが当たり前であり、その原理など初めて聞く事だった。魔力や闘気の発生原理もそうだった。先生は淡々と話しているが、もしかして自分は学園の連中などより遥かに高い魔法や剣技の真理を覗いているのでは無いか? そう思えた。
するとチャンネはダガーを教壇の上に置き、
「ここからが大事な所ですよ。君達は6大属性って分かりますか?」
「はい! 炎、水、風、雷が元属性であとそれに光と闇を加えると6大属性です」
魔法には元属性の4種類に光と闇属性を加え6種類とするのが基本の6大属性だ。これは誰でも知っている事である。
「正解だ。アイ君、では炎属性のファイアーを強く発動するにはどうしたら良いと思いますか?」
「えっと、ファイアー、フレイム、フレアー、みたいに高位の魔法を覚えていくのが良いと思う!」
高位の魔法は習得が難しい分威力も高い、凄い魔法は使えるだけで名前が隣の国まで知れ渡る程だ。
「良い答えですが、もっと効率の良い方法があるんです、高位の魔法は確かに強いがそのまま使うだけでは芸が無い、剣武でいう闘気だけの状態です。なら剣を合わせればもっと強力になる訳です。そしてそれこそが――重魔法ですね」
チャンネは手の平を広げるとファイアーを唱え炎をだした。手の平の上で炎がメラメラ揺れている。
「これはファイアーですがその状態から魔力をいくら練り込んでも炎が大きくなるだけでフレアーにはなり得ない。ではどうするのか? それは闇属性である重力系を重ねるのです。合成と言ってもいいでしょう。イメージするなら手の平に小さな太陽を作ってやればいいのです」
その瞬間チャンネの炎は球体になり中心に向かってうねるように集まりだした。中心では凄まじい高エネルギーの炎の力が感じ取れた。
「このようにファイアーと中心の重力系魔法の強さを調整して中の炎の威力を上げていけばいくらでも威力を上げる事が可能です。炎と闇で二重魔法、更に風を加えると――」
その瞬間、うねりはまるで球体の中に竜でも居るかの様に激しく轟々と中で暴れはじめた。そしてその力を増していく、その球体の熱量は離れていたルータス達の所までビリビリと伝わってきた。
「炎、闇、風で三重魔法です」
ルータスはチャンネのファイアーと言ったソレを他のどこでも見た事は無かった。こんな高エネルギーの集合体はもはやフレアーの比で無い。
「先生凄い魔法ですね。アイも使える様になるかな?」
アイも少し自信が無い様に言っているのが分かった。当たり前であるルータスも今まで色々見てきたが、ここまでの魔法は見た事が無かったからだ。
「大丈夫ですよ。アイ君、これは基本ですから君ならすぐ出来ます自信を持ってください。君達はあの偉大なディーク様が選ばれた魔王軍の一員です、今後他国と関わりを持つ様になった時、胸をはって紹介できる様に私が保証します」
チャンネのその言葉は強い決意と、優しさがあった。
「これで基本なんですね」
ルータスは苦笑いしながら言う。そしてチャンネは魔法の発動を止め炎を消すと、なんだが涼しく感じた。
「先生! 合成すればするほど強くなるってこと?」
「それは違います、合成と言っても相性があり、例えば炎と水と合成しても意味は無いですから、最大でも3種の類合成が一番効率も良いかと思われます」
「なるほど! アイのスティグマも重魔法なの?」
「それは少し違いますね。スティグマはディーク様がその叡智を残す為に長い時間の中で作り上げた奇跡の産物です。魔刻印として術式を刻む事で自分以外にも発動出来る様にした物です。私などの力では作り出す事は到底出来ません。名前で言うとすれば術式魔法ですね。アイ君のエクスプロードは三重術式魔法になります」
「なんかかっこいい! でも両目に入れたほうが強いんじゃない?」
チャンネは手の平をこちらに向け待ったと言わんばかりに、
「それはまだ早いです。もっと強くなって本当に必要な能力が見えて来た時こそ、その右目に魔刻印を刻む日が来るでしょう」
「なるほど!」
「その力は強力です、きっとアイ君を守ってくれるでしょう。しかしそれに頼ってばかりではいけません沢山知識を身に着けて頑張って行きましょう。まずアイ君は重魔法の習得を、ルータス君は闘気の使い方と変化と覚える事です」
ルータスに一つの疑問が生まれる。ルータスは戦士だ。剣武を覚えるのに何故なのか?
「あれ? 僕も魔法の使い方を覚えるんですか? 変化を覚えるってそう言う事ですよね?」
その問いにチャンネは笑みを浮かべてダガーを手に取った。
「剣武と言っても全く魔力を必要としないのは普通の人レベル、まだまだ先はあります。先程言った魔法も闘気も基本は同じエネルギーって事を思い出してください。剣武を発動してその周りだけ変化させると――」
ルータスはその初めて見る光景に唖然と驚愕、色々な感情が頭の中を走る。
チャンネの持つそのダガーはまるで――
例えるなら魔法剣の様な炎をまといメラメラと力を発していた。
「このように剣武も属性を載せる事が出来ます。凄いでしょ? これら全てが偉大なディーク様の叡智の結晶です。感謝しないといけませんよ」
剣技や魔法などアビスに来るまで、底辺の底辺レベルだったルータス達が一流の魔法や戦士を遥かに超える様なレベルの技術を習得出来るのか不安でしかなかった。そんなルータスの不安を読み取ったのかチャンネは優しく口を開く、
「大丈夫ですよ。先程も言いましたが貴方達はディーク様に選ばれた人、そんな貴方達の将来は必ず素晴らしい剣と魔法の使い手になります」
チャンネは、まるでルータス達は神に選ばれし者だと言わんばかりの言い方だ。
「アイも頑張っちゃうもんね!」
アイは気合十分の様で少しその勢いがルータスは羨ましかった。
「次に武器についてですが、基本武器という物は普通の武器より強力な魔法の力が付与された魔法武器という物があります」
チャンネはもう一つ先程とは違うダガーを持ちルータス達に見せた。明らかに先程とは違うダガーだ。何かの力を宿しており魔法武器であることは間違いない。
「このダガーは、刀身に魔力結晶が埋め込まれており魔法武器となっています。普通の武器より何が優れているか分かりますか?」
「うーん、魔力武器は高い高級武器位としか分からないです」
ルータス達は今まで鉄の剣位しか触ったことは無かった。魔力武器は一流のハンターの証でもあり手に入れるのは困難だからである。
「生命エネルギーは、同じエネルギーと集まる性質があるのです。それが魔力結晶なのです、強力な魔力結晶であるほど自分の発した闘気や魔力を逃さず留めておく事が出来る為に、強力な攻撃となる訳です」
「なるほど! だから魔力結晶は高額なんですね」
チャンネはニヤリと笑いながら、一つの結晶を取り出した。
「これはディーク様が、お作りになられた魔力結晶です。私も少々アイテム精製に関しては学がありますが、これ程強力な結晶はもはや神以上の領域と言えるでしょう」
――その結晶はまさに奇跡の産物に見えた。
黒い様な紫の様な、結晶化されても滲み出るオーラ、離れて見ているルータス達ですら、強力な力が肌で感じる事が出来る魔力結晶だ。これ程の物は遠い未来に必ずレリックと言われるだろうと思えた。
「こんな凄い結晶は見た事が無いです」
「アイも初めてー」
ルータス達はその結晶で装備を作るとどんな物が出来るのか全く想像がつかない物だった。
「この先君達が、もっと強くなれば必要になる時もくるでしょう。ここまでで何か質問はありませんか?」
ルータス静かに手を上げた。前から聞きたかった事、もしかしたらと思う希望に近いものだ。
「先生、死んだ人を生き返せる魔法は存在しますか?」
死んだ人は蘇らない、これは常識だ。子供だって知っている。しかしこのアビスならディークならなんとか出来そうな気がしたからだ。
「難しい質問ですね。もしルータス君がおもちゃを持っていて壊れたとしましょう。それを全てのパーツを取り替えて直したら、それは直したと言えるでしょうか?」
「いいえ、言わないです」
「そうですね。死んだ者と全く同じ見た目の生命を創造する事は出来ますが、それは生き返った訳ではなく新たに創造されたに過ぎません。命はたった一つです。それを無くせば、いくらディーク様のお力を持ってしても、生き返る事はありません」
やはりそうか、当たり前の答えだ。でもなんかスッキリした気分になった。アイが何か言いたげな目でルータスを見ている。
そしてチャンネが大きく手を二回叩くと、
「さぁ、午前の授業はここで終わりです。午後からは実技の方をやっていきましょう」
「ハイ! ありがとうございます先生!」
これからも覚える事は山の様にありそうだと思い、午後からの実技が少し楽しみなルータスだった。