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京城遊行記  作者: 天水しあ
巻の五『役割』
36/48

「正体」

 眼前に近づいて来たのは、京城外郭に穿たれた景耀門の威風堂々たる姿。三つある門洞の真ん中は閉じられているが、開いた両脇から、長い道程をやってきたような風体で、様々な者たちが徒歩や馬で、それぞれの背に荷を負って入って来る。似たような格好でいくぶん小綺麗な者たちは、門洞を抜け出て行く。

 二人は景耀門の賑わいを横目に、手前の角を左へ曲がった。それは安定坊の坊牆であり、やがて右手に南の坊門が見えて来る。

「どこか知ってる?」

「東北の角にあるって聞いたけど……」

 小声で言い合いながら、二人は緩やかな人の流れに沿って歩いて行く。

 やがて。

「あれね」

 南北に走る小路、北坊門手前の角を右に折れた途端、十字路を越えたところに見事な朱色の門が、大きく開かれているのが見えた。前を歩いていた老夫婦らしき二人もその中に入って行く。右手の小路から来た五、六人の集団も。二人はその後について中に入った。

 目に飛び込んできたのは、緑が日射に映える三彩(高級な陶器)瓦とまだ造られたばかりのように艶やかに輝く朱色の大きな建物。大覚寺の煤けた朱色とは訳が違う。決して新しい道観ではないはずだが、宮城近い安定坊に構えられてることといい、実入りがいいようである。

 二人は道観の様子に感動するふりをして、中を歩く道士たちに目を配るが、それらしい者はいない。

「ねえ郎君あなた、見てあの紅花。綺麗ねえ、見にいきましょうよ」

 杏香きょうかは辺りに聞こえるような大声でそういうと、郎君の言葉に面食らってる琅惺ろうせいを尻目に俄に駆け出していった。

 その先、人々の出入りが激しい三神殿(道教の最高神格の像を安置している)の奥に、三尺余りの丈の先に揺れる黄が、見え隠れしている。

「ちょっ――」

 慌てて琅惺は後を追う。風で笠が上がってしまい、慌てて歩を緩め、笠を被り直す。そのこうしているうちに杏香が三神殿の角にさしかかった。

 その時。

「きゃっ」

 小さな悲鳴と共に、杏香が背後に飛ばされる。尻餅をつく杏香に驚き、琅惺は笠を押さえながら、杏香の元へと急いだ。

「だっ大丈夫」

 駆け寄った琅惺は、杏香の前にしゃがみこむ。すると、背後から長い影が伸びてきた。そして――。

「これは申し訳ない、大丈夫ですか」


 ――この声!


 肩越し振り返り、笠の下から見上げる。随分高い位置にあるその顔。天上にある日差しを受け逆光にはなっていたが、


 ――この顔、この目、間違いない!


 一目で上質と分かる衣を纏い、首や手に宝玉輝くいかにも高位な道士と思われる小柄な老人と並び立つ長身の男は、格好も質素な道服で杏香の様子を窺う眼差しに異様な光は宿っていなかったが――間違いなく大覚寺に侵入してきたあの男だった。

 その時。

「いったーい、郎君、血が出てるー、見てー」

 杏香の甘えた声と共に手を引っ張られ、思わず杏香の方によろめいてしまった。

「本当だ、大丈夫?」

 言いながら琅惺が袖口を破っていると、

「道士様、ごめんなさい。そこの紅花が綺麗だったからもっと近くで見たくなっちゃって……」

 杏香は僅かに滲む血を琅惺が縛っているのには目もくれず、琅惺の背後に立つ二人の道士を上目使いで見ながら、媚を含んだ声で素直に謝罪する。すると、

「結構結構。素直に謝るのはよいことじゃ。まあ女性ならば、あの花が気になるのもまた道理。じゃが観内を走り回るのは感心せぬな。それとこれより先は一般参賀者は遠慮頂いておるので、すまぬが遠慮してくれ」

 老人の言葉の意味が分からず首を傾げる琅惺だが、この時代、紅花から黄の色素を抜いた後に残る赤の色素で頬や口を赤く染める華やかな化粧が、女性の間で大流行していたのである。

「分かりました、本当にすみません」

 杏香は俄に立ち上がった。琅惺も慌てて立ち上がり、

「あの、大変ご迷惑を――」

 言いかけて振り返ろうとした時、

「さ、行きましょ郎君」

 杏香に強引に腕を取られ、それは許されなかった。

「本当にすみませーん、どうもー」

 杏香は何度も後ろを振り返り、愛想よく声をかけながら、琅惺を引っ張るようにしてそのまま道観を出た。

「あっ、えっと、大丈夫?」

 パッと放された腕に、琅惺は戸惑いながら声をかけるが、

「あ、平気平気、たいしたことないから。それより急ぎましょ」

 杏香はさらりと言うと、足を早めて来た道を戻る。

 そして、坊門を出た途端、

「ケドジ」

「えっ?」

「弟子みたいな人が例の男だったんでしょう? あの二人、明晩ケドジがどうとかって」

 杏香の言葉に、琅惺は、しばし眉を寄せたが、

「化度寺……」

 思い当たる言葉があった。

「と言うことは、明晩、化度寺にってことか」

「どうする? 金吾衛に行く?」

「いや、確実な話とは言い切れないからわざわざ行くわけには……こっちの痛くもない腹を探られてしまう」

 かと言って、自分の力でどうにかなるものではない。そんな心を見透かしたように、

「もう! どうしてこんな時に珂惟はいないのかしら。肝心な時、役に立たないんだから」

 頬を膨らませる杏香。自分の心が見透かされた――そう思ってしまってしたのか歩を進めながら、琅惺は左手の拳で口元を押さえながらなお思案を続けていたが、

「そうだ」

 俄に呟いた。そして杏香に振り返ると、

「一つ手伝って欲しいんだけど……」



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