「発覚」
母は存命中、もういいからって何度も言うくらい、父親の話をしていた。いつも自慢げに「お前のお父様は、それは立派なお坊様なのよ」、初心な娘みたいに頬まで染めちゃって。そして唯一貰ったという水晶の数珠を見せるのだ。商売の時以外、肌身離さず持っていたそれを。
「坊主のくせに子供を作るなんて、ただの生臭じゃねえか。しかも未だに俺の存在知らずに仏の道とやらを説いてんだろ? 莫迦じゃん」と毒づくと、決まって、「俗人の心に寄り添ってくださる立派な方なのよ」とそれは綺麗に笑って――。
「しかしお前ますます母さんに似てきたな」
この人も、母さんの話をすると笑顔――というよりにやにや? ――してるな。思いながら、
「そう?」
「今でも覚えてるぞ。夕暮れの洛陽の小路で、蘭芳に似たお前が、この数珠を手に、杏香ちゃんと歩いている姿を見た時のあの驚きといったら」
――うわ始まった!
これはヤバい。早く戻らないと――。
「そんなこともあったっけな。じゃあ俺そろそろ――」
「ここにお前が来た日。ここでお前が数珠をくれた時は本当に嬉しかったぞ。恨まれても、仕方ないと思っていたからな」
「言ったろ、元の持ち主に返しただけだって。じゃあ、そういうことで」
踵を返そうと一歩下がった珂惟だったが、
「私は、お前と母さんの話をしたいと思っているだけなのに、何故逃げる」
「別に逃げてなんか――また変な噂がたったら、困るからだろ。この場に誰か来たら『逢引』とかなんとか、また言われるんだせ。そもそも上座は、行者なんかと親しく口をきいたらいけないんだって、何度言えば分かるんだ。それに話って――もう十分しただろ。どうせ結局は同じこと言うんじゃないか。『お前の母さんは綺麗だった』って」
「綺麗だったのは、事実じゃないか。ああ、以前はもっと素直だったのに。私の育て方が悪かったのかなあ、ここに来た日には涙を見せたりして、それはかわいかったのに……」
「わーよせっ、昔の話だろ昔の! そんなガキの頃の話、いつまでも聞かせなくたって」
珂惟は耳を塞ぎながら喚く。
「何でこの話をそんなに嫌がるんだ。かわいいじゃないか、子供らしくて」
「それ以上言うな! もういい。戻る!」
「忙しい日常の中、親子の絆を確かめようとする親心が何で分からないんだ」
「分かるか! あんた立場分かってる? 上座だぜ? 最高僧だぜ? そんな姿見せられっから、坊主になる気なくすんだよ!」
「お前は私の子だ。時には、上座ではなく親でありたいと思うことの、何が悪い」
まっすぐに目を向けられ、身を翻しかけた珂惟の足が止まる。普段のほほん、もとい、温厚な姿ばかりを見ているからか、時折見せられるこの真剣さには呑まれてしまう。なんだかんだいって、やっぱりこの人は上座なんだ。だが。
「だから……」
そんな動揺を気取られないように、何か言おうと口を開きかけた珂惟だったが――。
「誰だ!」
振り返り、声を張り上げた珂惟の目の先に居たのは――。
「琅惺……」
開け放たれた扉に縋るように立つ沙弥の姿。
小刻みに震えている彼の表情が、何を見、何を聞いたのかを如実に物語っていた。