「お裁き」
そして。
「上座、珂惟です」
「入りなさい」
声が怖い。
「失礼します」
扉を開いた。中にいるのは上座一人。やはり顔も怖い。
何だよ、と行きたいところだが「天知る神知る我知る子知る」の言葉もあることだし、ここは神妙にいくことにする。
言われるままおとなしく座った。すると、
「珂惟。お前、琅惺に何をした?」
上座は開口一番、そんなことを訊いてきた。
「――何で……でしょう?」
「したのか?」
「してねえよ」
先程の教訓が頭に浮かんだが、思わず出てしまった言葉はどうにもならない。
珂惟は決まり悪そうに、そして納得いかない様子で上座から目を逸らした。
「で、上座がそうおっしゃる理由をお伺いしたいのですが」
口調を改め、だがどこか投げやりに尋ねた。
上座はおもむろに腕を組み、
「未明くらいだったか、琅惺がいきなり私の部屋に駆け込んで来たかと思ったら、『私、愚かにも珂惟に手を上げてしまいました。どうか罰をお与え下さい』と、きたもんだ。理由を訊いても『私が至りませんでした』と繰り返すばかり。とにかく罰をと譲らないんだ」
――あの馬鹿。
心中毒づきながら、
「順当なら皆の前で懴悔ってトコか? まったく、いまどき何くそ真面目になってんだか」
珂惟は大仰にため息をついてみせた。
殺人などの重大犯罪でない限り、僧団内での事件は内部で処理することになっていた。罪の軽重に応じ上は還俗から下は警告まで様々な罰が取り決められている。だが俗人にバレない限り罪が裁かれることはほとんどない。
そのため次第に乱れていく寺の有り様に憤慨した先の皇帝は、京城には三つ、各地には一の仏寺を残しあとは潰してしまえと言ったほどだ。
ほどなく皇帝が死去したため、実行に移されることはなかったが。
「今後のこともある。私一人の胸に留めおくから以後気をつけるよう言い置いた。それでは納得いかないようだったから、今夕のお前の掃除場所を肩代わりするよう申し付けた。お前にはその時間、使いに出てもらうことにしよう」
それなら傍から見れば、使いに出た自分の代わりに琅惺が気を利かせたように映るだろう。未来が約束されている琅惺には、些細な傷もつけてはならないという上座の心遣いがよく分かる。前途洋々の人物には、えてして行く手を阻みたがる人間がいるものだから。
珂惟は口の端を上げ、
「へえ。いい、お裁きじゃん」
そこで初めて上座と目を合わせた。
すると上座はたちまち笑顔になり、
「そうか、そう思うか。いや嬉しいなあ、お前に褒めてもらえるなんて」
珂惟は思わず身を引きながら、
「何だよそのザマは。上座が行者の言葉に舞い上がってどーすんだよ」
対する上座は身を乗り出し、
「何を言う。いくつになっても、どんな立場に立っても人に褒められるのは嬉しいものだぞ。年を重ねる毎に耳に入って来るのは、嫌な言葉ばかり……。ましてかわいい息子の言葉だぞ? そもそも血の繋がった親子に、上座も行者もあるものか」
「息子って……」
絶句。何なんだ今日は、朝から一体。