第1章 ──序章──
──ああ、何故弱い。何故俺はこんな惨めなんだ?
夜道を歩く少年──上浦 真は自分の惨めさに腹を立てながら帰路についていた。
毎日の如く行われる凄惨なまでのいじめ、義父が振るう暴力、友人達の裏切りetc……それは彼の精神を徐々に侵していった。
彼自身に落ち度はないと言えばない。
黒髪で目付きが悪く、眼鏡を掛けていること位しか特徴という特徴がない。
大抵、生まれた時から強い奴は強く、弱い者は弱い……これが世界であり、居るかどうかも分からない神様が決めた自然の摂理──そういう諦観した世界観こそ上浦誠の全てだった。
抗いたいが抗えない。痛いのは嫌だし、やりたくないことなどやりたくもない。然し、和という物は恐ろしい物だ。一人でも異端者が居れば排斥し、吊るし上げ、嘲り笑って見下すのが和という物らしい。
抗えぬ者達から言わせてもらえば、巫山戯るのも大概にしてもらいたいと誠は悪態をつく。
「なんで、俺ばかりこんな目に合うんだよ………」
世界は残酷、助けなど期待してはいけない……そう思っていても神様というのは人間を玩弄するのが大好きだという事を誠は改めて認識させられた。
唐突に誠の脇腹に鈍い痛みが奔る。景色が流転し、赤黒いグラデーションを施していく。体はピクリとも動かず、意識は朦朧とし、二人の男女の喧騒が夜道に木霊し、エンジン音と共に静寂が訪れる。
──救急車くらい呼べよ……!
徐々に暗転していく意識に落胆しながら沸々と怒りが込み上げる。
何故、こうなる? 何故、幸せになれない? 何故、奪われる? 考えてしまえばキリがない。
人生にリセットボタンは存在しないのは分かっている。
だが、何度も思った“やり直したい”と、“奪われたくない”と……
視界が黒く染まる。
この日、上浦誠の人生は幕を引いた
……筈だったのだ。
気づけば上下左右前後が白い部屋に誠は居た。
周囲を見渡せば、かなり多くの人々が此の部屋にいる事が分かった
人が居なければ距離感すら掴めない部屋に連れてこられたのだろう狼狽える者、困惑する者、考察を始める者、怒りを露わにする者と様々だ。
「さっさと此処から出せっての!」
その中の如何にも“僕、不良です”と言わんばかりの雰囲気の金髪の少年が持っていた金属バット片手に怒鳴り散らしていた。
矢鱈にバットを振るい怒り狂うが、そんな事をした所で状況は一向に変わらない事を悟っている者達は呆れて溜息を吐いていた。
「おいおい、そんな粋がんなよ童貞君。そんなんじゃ出られないぞ?」
全くだ、ときっと何人かは心の中で頷いているだろう。
だが、ふと皆が思っただろう。|言葉を発したのは何処のだろう誰だ《・・・・・・・・・・・・・・・・》、と。先程の金髪の童貞の付近から声が聞こえたが、みんな八つ当たりを恐れて彼の周囲には誰も居なかった筈なのだ。
振り返れば其処に妙な仮面を付けた青年が一人佇んでいた。
「な! 俺は、ど、童貞なんかじゃねえよ!? 巫山戯こと言いやがって!!!!」
激昂した童貞は金属バットを仮面の青年の頭部へ振り抜いた。
然し、仮面の青年は痛がる素振りどころか、仮面にさえ傷一つ付いていなかった。
「慌てるな童貞君……君は先生や親から話をしている人がいるなら静かにする様に教育されていないのか?」
「な、なんで傷一つ付いてねえんだよ!? 当たったんだぞ!? 思い切り振り抜いたんだぞ!? なんで倒れねえ!??」
喚く童貞に肩を竦める仮面は、手を一回叩いた。
世界がひっくり返った。比喩なのではない。正真正銘、世界の上下が反転したのだ。
この現象に精神の限界だった者達は喚き散らす者達がチラホラと現れていた。
「ああ、五月蝿い! 君達、なんで此処に居るのか聞きたくないのか?」
その言葉を聞いた瞬間、ピタリと悲鳴が止んだ。
目の前の仮面は此処がどんな物で、何故呼ばれたのか知っている。
それが差す意味は一つしかなく……
「テメエが主犯なのか……! 何で俺達がこんな所にいる……俺は少なくとも、しん……」
「俺は死んだ筈……とでも言いたいのかな?」
「───ッ!?」
「正解だよ童貞君。君達は死んだんだよ」
──僕達は死んだ? だが僕達は今、生きて……
誠は仮面の言葉の意味を必死で理解しようとした。否、言葉の意味など最初からわかっていた。然し、その意味を受け入れて良い筈がなかった。
もし、そうなら此処は……
「死後の……世界」
「はい、正解だよ眼鏡君」
誠は次の言葉が出てこなかった。迷信だと思っていた死後の世界……認めもするが、驚愕して二の句が紡げない。
「ふ、ふざけるな!!!!」
「そうよ! 嘘よ、死んだなんて!? 早く家に帰して!!!!」
再び火が点いた様に絶叫と悲鳴、怒号が飛び交う。
無理もないだろう。貴方達は死にました、なんて言われて納得がいく者など何人いるだろうか?
仮面は頭を掻きながら……
「五月蝿えよ塵ども。黙って話が聞けねえのか?」
世界を震撼させる程の殺気が仮面から放たれる。殺気は圧力となって人々の体に重くのし掛かっていく。
「良いから黙って聞けよ。これからの事もあるんだからよ」
「こ、れから……?」
殺気を霧散させ、仮面は仰々しく振る舞いながら喜々として語り始める。
「喜べ。お前らにチャンスをくれてやる」
「チャンスだと……!」
人々の注目を浴び、仮面は道化を演じながら舞台で踊る。
「ああ、チャンスさ……但し、ゲームの賞品だけどな」
ゲーム。この単語を聞いた者達の大半は疑問符を浮かべ、首を傾げているだろうが、誠は嫌な予感がしてならなかった。
「お前らには、俺らのゲーム盤で一年間、誰か一人になるまで殺し合ってもらう。
勿論、拳や武器もありだが……俺達はそんな野暮な殺し合いは見飽きている。よって、お前らには特典……能力をくれてやる」
「能力? 殺し合いだと……!」
何かのフィクションかという位、生きていた頃に見ていたアニメや漫画などの創作物に出て来そうな単語が仮面から飛び出してくる。
「能力に関しては、|同種類の物でも同じ物はない《・・・・・・・・・・・・・》から安心しろよ。唯一無二の能力だからよ」
「待てよ! 急に呼び出されて、殺し合いをしろって言われても納得できる筈ないだろ!」
「それに関しては、賞品を聞けば納得する奴は大勢いるだろうよ」
そう言うや否や、仮面は宙に浮いた。
緩やかに、人々の注目を集める様に浮き上がる。
「お前らの願いを叶えてやる」
願いを叶える。この単語を聞いた瞬間、大勢の人々の心を揺さぶる。
「蘇って自分の夢を叶えるも良し。
フィクションが謳歌する世界に転生するも良し。
今までの人生をやり直すも良し。
兎に角、願いを叶えてやる」
とても誘惑的な誘い──地獄の様な人生を変える事だって出来るのだと目の前の仮面は語るのだ。
──勝てば輝かしい人生が待っている。
人々の欲望を動かすには十分すぎる売り文句だった。
「ふむ……大体の奴らが参戦する感じかな?
何か他に質問はあるか?」
すると、金髪の童貞が手を挙げた。
「お前が言った期間を過ぎたら何が起こる」
「消滅する。まあ、時間切れでゲームオーバーだからな。
時々、イベントを用意しておいてやるから楽しみに待っておけ
さて、他に質問がない様なら、俺達からの祝詞だ」
仮面は手を天に掲げる。人々も上に注目する。
白の天井が姿を変える。先程の天地が逆転する時の様な感覚が再度、彼らに襲い来る。
天から光が射し、光の粒子が螺旋階段を形成する中……その光の奥から九つの世界が降りてくる。
まるで形を持った一つの世界。そう感じる程に濃く、重い威圧感を等しく感じていた。
そして現れたのは神々しくも禍々しい……力の塊の様な人型の存在だった。
『……十万人といったところか……今回は多いな』
一番頂点に位置する存在が一言呟いただけで世界が押し潰される……自分達が無事なのが不思議なくらいの光景だった。
「早い所、祝ってやれよ第一神様……じゃないとアンタの世界に押し潰されちまう」
『そうだな……』
第一神、第一の意味がわからないが神という単語を聞いた瞬間にこの力に納得してしまう己がいることを誠は実感していた。
──かけ離れた力の差。
明確に測ることさえ億劫に成る程の差を目の前の神々に思い知らされる。
『君達が持つ事になる力は、君達自身だ。我らの与える物ではない。
故に誇れ、その力は神さえ屠る神殺しの力だ。
武勇を示せ、智恵を示せ、覚悟の違いを思い知らせろ。
自分こそが最強だと示してみろ。今までの自分達は死んでいたのだと』
第一神は一拍を置き、開催の号砲を上げる。
『さあ……ゲームの始まりだ』
世界の流転は止まらない。人々をゲーム盤へと導く為に白の世界はパズルを壊す様に瓦解する。
堕天、墜落、形容する言葉はまさにこれしかなかった。
これから始まるのは殺し合い
人の悪性、欲望を曝け出す悪辣なまでの生存競争が幕を開けた。