表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

中盤戦

〈確信からの誓い〉


新聞を読みながら驚きとともに、世間様がいかにも興味をそそられるように書かれた記事に、朝から腹を立たせていた。


これから三回目の彼との面会に行くところだ。


二回目の面会は、近所の方や友人の話を聞き始めて数日後に訪れていた。





その時、「あなたは本当に母親を殺したの?」と、単刀直入に聞いてみた。


「何を言ってるんですか。だからあの日、ずっと溜め込んでいた我慢が爆発して、発作的に殺してしまったんです」


彼のこの返答は分かっていたけれど、相も変わらず犯行を認める彼に、ため息が出る。


「分かった。

あなたが母親を殺したことは事実かもしれない。だけど、何らかのやむを得ない事情が、私達には話せない何かがあったんじゃんない?

私はあなたをただの殺人者にしたくないの」


私は負けじと言い返した。


「奥本さんの気持ちは有難いです。だけど罪は罪ですから。そこに綺麗事はないです。ちゃんと償わないといけません。今の僕が母親に出来ることは、それだけです。

僕はいつも母親から、人に迷惑をかけないように、道に外れるような生き方はしないようにと、言い聞かされて育ってきました。なのに僕は母親を殺してしまって……。

あの時の自分を今はすごく後悔してるんです」


彼は優しく諭すように話してくれた。


なんでこんな良い子が殺人を……。絶対何かあるはず。だけどその日は、それ以上深くは追及することは出来なかった。






今日こそは彼の信頼を手に入れて、少しでも真実を話してもらおうと思っている。


「こんにちは。崇弘君、体調はどう?」


「はい、ありがとうございます。

今日は父親のことを聞きにこられたんですか?」


彼の真っ直ぐな瞳に負けてしまいそうになる。勝ち負けなんてないんだけど。


「お父様のことはいいの。今日は、警察の調べで判ったことについて聞きたいの」


「そうですか。まぁ、父親のことを聞かれても僕も小さかったし、事故死のことしか教えてもらってなかったから、何も話せることはないんですけどね」


「あなたも辛いでしょう。お母様も大変だったんでしょうね。だからこそ、残されたあなたをとても大切に愛しく思っていたのね。

殺そうとしてしまうくらいに」


「えっ……」


彼の顔色が少し変わった。図星なのかしら。


「あくまでも仮の話。

凶器の包丁の柄の部分に、母親の両手で握りしめたような指紋の跡があったの。料理をするときのものにしては不自然だし。

私の勝手な想像なんだけど、最初に包丁を持っていたのは母親の方なんじゃないの?何が原因かは分からないけど……」


彼の反応を伺った。動揺してるのか、何も言い返してこなかった。続けてもう一つの疑問を口にした。


「それに、母親はソファーで殺されたのではなく、実際の殺害現場は二階の廊下だった。

あなたはソファーで寝ていた母親を殺したと言っていたけど、その証言とは一致しないわよね。犯行があった時、母親は起きていた。

罪は認めるのにどうしてそんな嘘を?一体何を隠しているの?」


最後の方は少し興奮して声を荒げてしまった。


「世の中には、明かさなくても良い真実もあるんじゃないですか」


彼は私を見据えて言った。寂しく呟く彼に、何も言えなくなってしまった。


しかし、これで確信した。彼の犯行は故意ではなかった。ましてやそこに悪意などなかった。まだどう証明すればいいか分からないけど、私は決して彼をただの殺人者にしないと誓った。








〈新たな証言〉


今日また奥本さんが来た。どうしても僕の罪が受け入れられないようだ。指紋のこと、殺害現場の偽装工作のことを聞かされた。彼女の存在によって、僕の悪魔が耳元に囁いてくる。


僕は二度目の覚悟を決め、あの日の出来事の新しい証言を話すことにした。




「今日は呼び出してしまってスミマセン。これ以上隠せないと思ったので、真実を話します」


「やっと話してくれる気になったのね」


彼女は目を輝かせて安堵したように見えた。


もう引き返せない。僕はあの日のことを語り始めた。




ーーー図書館から家に帰ったあと自分の部屋に行き、部屋着に着替えて部屋を出ると、ちょうど階段を上がったところに母親が立っていました。


何か用事かと思って『どうしたの?』と聞くと、『家に女の子連れてきた?』と聞いてきました。


思い当たることがなかったので、最初何を言ってるのかと思い、すぐに答えられなかったんです。まぁそんなことはなかったので、『連れてきてない』と答えたんですが、母親は信じてくれなくて……。


どうやら僕の制服かに女生徒の髪の毛が付いていたのか、部屋に落ちていたみたいで、僕の部屋の掃除に入った母親がそれを見つけて勘違いしたんです。


僕も身に覚えがないので上手く説明できず、怒った母親は徐に後ろ手に持っていた包丁を僕に向けて襲いかかってきたんです。


その時母親は躓いて体勢を崩して、咄嗟に助けようとした僕は一緒に倒れ込んでしまい、そしたら母親に包丁が突き刺さってしまったんです。


ソファーに移動させたのは、最初から僕が殺そうとしたことにするにはその方が都合良かったのと、冷たい廊下にそのままにしておくのは忍びなかったからです。ーーー





「あなたは母親の名誉を守ろうとしたのね」


あの日の全貌を聞いた彼女は、僕が伝えたかったことを察してくれたようだ。全てはあの人を守る為に、いや、僕の為に。嘘と事実を織り混ぜて真実を隠し続ける。








〈無実の主張〉


今日は初めて、彼から話したいことがあるからと呼び出された。とても嬉しくて、はやる気持ちを抑えつつ彼のところへ駆けつけた。


事件の真実を聞かされた。ずっと私が知りたかった真実。なのに胸が苦しい。辛そうに事件当日の話をした彼。私は彼が必死で守ろうとしたものをぶち壊してしまったのかもしれない。


だけどだからこそ、彼の弁護人である私は、正当防衛による無実を立証しなければならない。


今日に至る今までの彼の話などからまとめると、事件の詳細はこうだ。




ーーー夫が罪を犯していて、しかも不慮の事故で先立たれ、新たな場所で息子二人と生活を始めた母親。立派に育てようと懸命に愛情を注いできたが、いつしかその愛情は母親としてのものを越えてしまっていた。息子に対しての異常なまでの執着。


それは徐々にエスカレートしていき、干渉や束縛に始まり、息子を自分だけのものにしたいという思いが高まっていった。


そして事件当日、やめて欲しいと常々言われていたのに、勝手に部屋に入り女性の髪の毛を見つけてしまった。そこで母親は嫉妬し、愛情が愛憎へと変わり、息子を自分だけのものにする為に殺そうとした。


しかし、アクシデントで母親が死んでしまった。彼は自分を殺そうとした母親の罪を隠し、全てを自分で背負い母親の名誉を守ろうとした。ーーー





最初に包丁を手にしていたのは母親で、彼は転けそうになった母親を助けようとして過って刺してしまったわけだから、立派な正当防衛だし不可抗力になるはず。これを全面的に押し出して、正当防衛による無実を勝ち取ってみせる。


まずは、母親の異常な愛情を証明することにした。これには彼の学友からの証言を頂戴した。次に、彼がどれだけ好青年で母親を殺そうとするはずかないことをアピールすることにした。私が聞いて回った限り、誰しもが彼をそう認めていたし、実際にそうだ。


立証が難しいのが、事件当日の二人のやりとりだ。第三者が見ていたわけではないから、素直に彼の証言だけを鵜呑みには出来ない。


もちろん、私は彼の証言こそが今回の事件の真実だと思ってるけど、裁判官や警察側はどうみるか。








〈判決〉


事件から数ヶ月後、野出崇弘の初公判が開かれた。顔の公表はされていなかったが、彼は『イケメン優等生』として噂になっていた。また、父親が殺人犯で既に死んでおり、幼少より母親と二人暮らしだったという生い立ちもあって、カリスマ性を帯びていた彼は、マスコミや世間から注目されていた。


彼は最初、母親への殺意があり殺したと罪を認めていたにも関わらず、途中から最初に包丁を持っていたのは母親の方で、自分は正当防衛だったと主張を変えたので、裁判官の心象は悪かった。


しかし、彼の弁護側の熱弁のかいもあってか、裁判官も彼に対して寛容になっていた。


そして初公判から数ヶ月後、いよいよ判決の時が訪れた。結果彼は、偽装工作と嘘の証言をした余罪は追及されたが、正当防衛は認められ無罪となった。


彼の誹謗中傷を書いていたマスコミも一変し、彼を『心優しい悲劇の王子様』として取り上げた。世間は、母親の名誉を守ろうと真実を隠し、罰を受けようとした彼を称賛した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ