プロローグ
〈近江 彩希〉ー事件の二ヶ月前ー
私のママはプリンセスものが好きで、中でも特に白雪姫が好きな人だ。私が産まれた時、名前を『白雪』と名付けようとしたぐらいで、たださすがにそれはパパに止められたらしい。
私の小さい頃なんかはよく、ママが白雪姫の絵本を読んでくれた。幼い私は、七人の小人に囲まれて過ごす白雪姫が羨ましかった。
大きくなってからは、白雪姫に対する印象は変わって、彼女の周りの人達を魅了する強かに気づき、女として見習いたいと思った。そして、魔女の愚かさを可哀想に思った。
魔女は真実の鏡に「世界で一番美しいのは誰?」と聞くけど、そんなこと聞かなければ良かったのにと思う。他者から見た真実なんて不確かなものに惑わされて、身を落としてしまうなんて。だって、綺麗だからといって幸せとは限らないんだから。
しかも、毒林檎を差し出したことで、白雪姫は王子様と出会い幸せになり、それを憎んだ魔女は最後雷に打たれて死んでしまう。林檎を食べさせなければ、こんなことにならなかったかもしれないのにと思う。
あくまで魔女は悪役なので仕方ないんだけど、こんな風に思うのは私だけなのかな…。
すでに就職先も決まった私は、今から夏期限定のバイトに出掛けるところだ。さっきママからメモ用紙を貰ったんだけど、それが白雪姫だったので、久しぶりにそんな事を思い出していた。
〈野出 崇弘〉ー事件当日ー
僕は小学校低学年の時に、父親を事故で亡くしている。話すのが辛いのか、母は父親について多くを語りたがらない。小さかった僕の父親の記憶はおぼろげで、事故の後すぐに引っ越したので、父親との縁の土地もなく。そういうこともあってか、父親がいなくて寂しいと思ったことは一度もない。
それは、母が今まで普通以上に愛情を注いでくれたからなのかもしれない。
高校二年生の今まで、母は一生懸命に、僕が父親がいないことで引け目を感じないよう、人の道を外すことのないよう育ててくれた。それには感謝しかない。少し不満があったとすれば、自分への干渉が他の家庭に比べてキツいことだった。
それに気づき始めたのは、中学二年生の頃。普通と思っていた母の言動を友人達から「変わっている」と言われたのだ。高校に入ると、それはもっと顕著に現れた。ただそれは、父親が亡くなり僕という存在が母の生き甲斐であり、唯一の存在であるかだと理解していた。
少し異常かもしれないが、愛情表現なのだと納得し、行動範囲や交遊関係の束縛があろうと、特に大きな文句も言わずにやってこれていた。
だけど今日、午前中に図書館に行って帰って来た僕は、母に対して今まで殺意など抱いたこともなかったのに、殺すことになってしまった。
自分でも信じられない。こんな黒い感情があったなんて。もちろん罪は償うつもりだ。ただそれは、自分のアイデンティティーを守るためにだ。
気持ちの整理もつき冷静になった今、覚悟を決めて受話器をとり、110番をした。
「母を殺しました…」と自主をした。
〈奥本 梨花〉ー事件数日後ー
私はここ三年近く彼氏がいない。それはきっと、弁護士なんて職業のイメージせいだと自分では考察している。だって、顔もそこそこ綺麗だし、スタイルだって悪くないのだから。「理想が高いのでは?」とよく言われるが、そんなことはない…はずだ。
こないだ友人の奈緒に会ったのだけど、有名企業で働くイケメン営業マンと交際中らしく、そろそろ結婚も考えているとのことだった。その子より私の方がモテてもおかしくないはずなのに、全くもって腑に落ちない。
はぁ〜、やっぱり私は高嶺の華なのかしら!?男達は、釣り合わないんじゃないかって怖じけついちゃうのよね。わからなくもないよ。ないけどさ、そこをもっとこうグイッと強引に攻めてこれる人はいないもんかな。そしたら私だって、クラッときちゃうかもしれないのに
心の中で、世の男性に苦情を言ってやった。
私の長所でもあり短所でもあるところは、想像力が豊かなところだ。そして、ついつい脳内独り言に走る。
そんな一人語りをしている間に、今回私が弁護することになった少年のいる警察署に到着した。
彼の名前は野出崇弘。罪は殺人だ。最近の若者によくある、突然キレて過って殺してしまったパターンのようだ。周囲の人達の証言では、彼は品行方正で真面目で優しく、母親を殺すような子には見えないとのこと。
「そんなことする子じゃないのに」ってのはよくある話。最近の若い子は普通を装ってても、裏で何してるかわかったもんじゃない。
いつから日本はこんな世の中になっちゃたのかしら。やだやだ。
あっ、ついまた脳内独り言が始まるところだった。