未来に至る二つの顔
靴の工房に、大きな梱包を宅配業者が運びこんでいる。その横で、役所の人間がクリップボードを手に搬入の様子を見ている。最初は店舗に搬入しようとしていたのだが、マイスターの一喝で工房への搬入先が変えられた。
役所の人間と業者が梱包を取ると、中から多少無骨なロボットが現われた。役所の人間は設定を行ない、ロボットを置いて帰っていった。
「オーダーメイドとは言え、靴なんぞを作るのはロボットで充分ということか」
マイスターは吐き捨てるように呟いた。
「マイスター、私は何をしたらよろしいでしょうか?」
なぜかはわからないが、マイスターにはそのロボットが何か意欲を持っているように感じられた。
マイスターは、そんな馬鹿げた考えを捨てようとするように頭を振ると、静かに言った。
「その辺りで勝手に見ていろ」
***
課員が集められ、ロボットが紹介された。
「今日から課長補佐として入るロボットだ。ロボットに私が取って代わられたらたまらないな。ははは。私に取って代われるなら君たちもにも同じことが言える。頑張らないといけないな」
***
ある日、長年の馴染の客がマイスターの店にやって来た。あまり上等の服を着ているようにも見えない。無精髭、後ろで結った長髪からも、外見にはあまり気を払っていないようだ。だが、確かに手入れは充分ではないものの、しっかりした作りの服を着ている。
「驚いたよ、マイスター。まさかあんたがロボットを職場に入れるなんて」
客がロボットをチラチラと見ている。
「役所が勝手に置いていきおった。どうせあんたの差金だろうと思ってな。ともかく座って型紙に足を置いてくれ。久しぶりだから採寸してみたいんでな」
マイスターは椅子をカウンターの前から持ってくると、客に座るように促す。
「いや、私たちはさして口を出していないよ」
客は腰をおろしながら答える。
「ふん。『さして』だって? つまり口を出したんだろう」
客は苦笑いを受かべている。
その様子を見ていたロボットがおずおずと口を挟む。
「私も見ていてよろしいでしょうか?」
「だったら型紙や道具を持ってこい」
マイスターはぶっきらぼうに言った。
***
「部下の皆さんは優秀ですね」
「私の部下だからな」
ロボットが書類入れからスレートを取り出し、話を切り出す。
「ところで、この議事録のここがわからないのですが」
「あぁ、そこは規則132でそうなるだよ」
「規則で? アクセスしました。規則からは適切に議事録のこの部分が導かれるとは思えません。また、多数の規則間において矛盾ないしは少なくとも論理的な問題があります」
「充分に論理的だろ。ロボット様には出来ないことを人間はやっているのさ」
***
ロボットが工房で木型や模型を使い、採寸を試している。また端材を使い、加工の練習をしている。
「面白いか?」
マイスターはしばらくその様子を見てから、ロボットに後ろから声をかけた。
「はい。常に考えなければないません。これを人間は『とても面白い』と言うのだと思います。ただ私の足には人間ほどのセンサが付いていないのが残念でなりません」
***
会議室に重役が揃っている。課長がロボットを連れてスクリーンの近くに立っている。
「ロボットがどうしてもと言いますので。少しお時間を頂きます」
「それも契約の内だ。君は内容を確認したのかね?」
「はい。まぁロボットらしいようなものです」
「そうか。プレゼンテーションを始めたまえ」
「では。まずこちらの組織がいかに非知性的であるかを説明します」
ロボットは課長に見せたものとは全く違うプレゼンテーションを始めた。
***
先日の客が来た。
「やぁ、ロボット君…ところで君に名前はないのか? 『ロボット君』ではなんだか呼びにくいな」
ロボットが振り返る。だがマイスターはそれを無視して客に言う。
「仮縫いが出来ているが、履いてみるかね?」
ロボットもマイスターの反応をとくに気にするようすもなく、客の問い掛けに答える。
「マイスターは、『ジョン・ドゥー』と呼んでいます」
客は思わず吹き出した。
「ひどいマイスターだな。あぁ、履いてみる」
親方は棚から靴を取り出し、客の前に置く。
客はその靴を履くと、足を回したり、床につけたりと、感触を確かめる。
「これは良いね。さすがマイスターだ」
「儂じゃない」
マイスターはぶっきらぼうに答える。
客は靴とマイスターを交互に見てから言う。
「だって、今は弟子はいない… まさかジョンが?」
「おまえさんの靴なんぞジョンの仕事で充分だ」
客はジョンを見つめる。ジョンは深々と御辞儀をして客の視線に答えた。
「だがマイスターらしさを感じるぞ。こういう感じというものを数値や論理でどうやっているんだ?」
客はジョンに訊ねる。
「人間が言うセンスとは違うのだと思いますが、同じようなものをモデル化することは可能です」
客が考え込んだ。
「うーむ。メタ論理がここまで効くとは思わなかったな。」
客はマイスターに視線を戻す。
「ところで、もし、マイスターの技術や知識、センスをジョンが身につけたら、ジョンはマイスターの弟子ってことになるのか?」
「ならない理由がどこにある?」
マイスターはやはりぶっきらぼうに答える。だが客とマイスターは視線を交えるとニヤリと笑った。
「ジョン、マイスターのお墨付きが出るのもすぐだな」
「すぐなものか。儂が知っているあらゆることを叩き込んでやる」
マイスターの言葉はあいかわらずぶっきらぼうだが、その声には厳しさと優しさと期待が顔を覗かせていた。
***
会議室では野次が止まない。
「このように、この組織においては人間の知性を放棄させるように、謂わば人間を『語源的な意味でロボット』に貶めるように規則などが作られ運用されて」
「そのロボットを止めろ」
「やはり人間がやっていることをロボットにやらせるのは無理だ」
「理屈すら理解できないようでは話にならない」
「所詮0, 1の連中だ。それにプログラムを組んだ奴もまともな奴じゃあるまい」
その後もあちこちの組織で同じようなことが繰り返された。
***
ロボットが工房にやって来てから数年がたった。工房ではマイスターとロボットが相対している。
「マイスター、お世話になりました」
「世話などしとらん。これを持っていけ」
マイスターは、横の机に置いてあった2つの包みを取ると、ジョンに差し出した。
「開けてもよろしいですか?」
マイスターが頷く。
1つはいくつかの工具だった。もう1つは靴だった。
ジョンは靴をしばらく見てから、マイスターに訊ねた。
「マイスター、これは?」
「お前さんには要らないものだろうがな」
「履いてみてもよろしいですか?」
「勝手にすればいい」
ジョンは靴の構造を見て取ると、自分の足のソールを剥がし、靴を履いた。
「これは心地いいものですね」
「お前さんになぞわかるものか」
マイスターの言葉はあいかわらずぶっきらぼうだ。しかし、どこか優しさと寂しさがあった。
「そうかもしれません。ですが、心地良いと感じるのです」
「ならそうなのだろう。さっさとお前さんの持ち主のところにでも帰るんだな」
ジョンは靴を履いて歩いて行った。ロボットが靴を履いているのを見て、奇異の目で見る人もいた。だが彼は堂々としていた。この靴こそ彼がマイスターの弟子である証だと考えたから。




