エッセイ・「パチンコの思い出」
小さな頃、よく父にパチンコに連れて行ってもらいました。
自動ドアが開き、ワーッというけん騒に包まれると、そこはもう別世界。
無限回廊のように並ぶパチンコ台、まくし立てるように点滅する色とりどりの光、顔を近づけてしゃべってもかき消されてしまう音の洪水、むせ返るほど充満するタバコの煙。ただいるだけで、なんだか酔ってしまいそうな、そんな不思議な空間です。
父の打つ台はいつも、「飛行機」でした。真ん中の穴に玉が入ると、ふだんは閉じている翼が、かわいらしくパタパタはばたきます。
「のんびり楽しめるんだよ、この台は。おとうさんには性が合っているんだね」騒音に負けないくらいの大声で、父はわたしにそう言いました。
隣のイスに座って足をぶらぶらさせながら、いつも夢中になって眺めていました。銀色の玉は、勢いよく飛び出していっては、あっちにコツン、こっちにコツンと跳ね返され、あらかたは一番下の「はずれ」の穴に飲み込まれてしまいます。
何回かに一度、途中にある「アタリ」の穴に入ると、「ジャランッ」と楽しげな音をたてて、ざらざらと玉が出てきます。
ごくまれに、真ん中の「大アタリ」の穴に入ると、とたんに愉快でにぎやかな音楽が始まって、翼がパタパタ動き出します。こうなるともう、なかなか止まらず、玉がジャンジャン出てくるのです。あっという間に受け皿いっぱいになり、それさえもあふれるので、備えつけの箱に移しかえなくてはなりません。
玉が貯まっていくのを見ると、うれしくて仕方ありませんでした。なぜって、玉は景品と交換してもらえるからです。
「今日はなにが欲しい?」景品交換所の前で、父が聞きます。
「チョコレートっ!」わたしはきまってそう答えました。
チョコレートはふだん、あまり買ってもらえません。
「食べすぎると鼻血を出すし、夜は眠れなくなるし、虫歯にはなるし、いいことなんて、ひとつもありゃしない」そう母が言うからです。
あるとき、父はいつもと違う種類の台に座りました。数字が3つそろえば「大アタリ」というものです。
正直なところ、わたしはこのパチンコが好きではありませんでした。翼も回転盤もない、見ていてもただ退屈なだけの台だったからです。
打ち始めてほどなくすると、デジタルの数字がグルグルと回り出しました。3つある数字が、1つ止まります。「7--」です。そしてまた1つ止まって、「77-」。
見上げる父の顔がへんにこわばるのが、子供ながらに見て取れました。「77[7]」。3つめも同じ数字、大アタリです!
「おーっ!」父は目をまん丸にしてそう叫びました。店員が、大きな箱をいくつも持ってきましたが、それでもぎりぎりいっぱい。景品交換所に持って行くときも、台車に積まなければ運べないほどでした。
「今日は何がほしい? なんでもいいよ」父がいつものように尋ねました。
「全部、チョコレートっ!」とわたし。
「ええっ?!」さっきの大アタリ以上にびっくり仰天した顔で聞き返します。
「チョコレートが欲しいっ!」わたしは繰り返し言いました。
「……よしっ、わかった!」わたしは無知でしたが、父は豪胆でした。
「すみません、これ全部チョコレートに」父は店員にそう告げます。
「ぜ、全部ですか?! これをっ?」そのときの店員の顔ときたらっ!
「そう、全部です。何か不都合でも?」
「いえ、そんなことは…。わかりました、詰め込むので少々お時間を……」
同じく景品として置かれていたショッピング・バッグ3袋に、ぎっちりとチョコレートを詰めてもらい、大満足のわたし。棚にあったチョコレートはすべてなくなり、それでも余った玉の分はクッキーとキャラメルに換えてもらいましたっけ。
家に帰って母に見せると、
「全部、チョコレートっ?!」そう言ったあとは絶句してしまい、どうやっても言葉が見つからないようなのです。
次の日、外から帰ってみると、空っぽのショッピング・バッグが居間のテーブルの下に、畳んで置かれていました。
台所で洗い物をしていた母に、わたしのチョコレートはどこにやったの? と詰め寄ると、
「うちだけであんなに食べられるわけないでしょ。ご近所にあらかたあげちゃったわよ」と、皿洗いの手を止めることなく返事が返ってきました。
幸いにも、冷蔵庫の中には、大好きな「黄色い包み紙のチョコ」数枚が、積み重ねてありました。わたしが好きなのをちゃんと知っていて、あれだけの数の中から、わざわざ抜き出しておいてくれたんです。
たった一晩だけですが、チョコレート長者になれたわたし。まるで夢のような出来事でした。




