第八話「間隙暗殺」
「なんて野郎だ、俺の創った山賊団が壊滅だ、初めて見るが噂以上の化け物だな」
逆立った短い金髪。
褐色の筋肉質な身体を持つ上半身裸の短パン姿の巨漢の男が歯を喰い縛る。
山賊団の主マイシュロス。
自らのこの世界の住居である木製高床式の砦から死屍累々と倒れた部下達を見ていた。
PCの仲間は三日のゲームオーバー猶予期間を経れば戻ってくるかもしれないが、仲間の大半であるNPCにはそれはない為、組織は壊滅的である。
PCも今回の事があれば山賊をやっているデメリットを感じて考える者もいるだろう。
「おい、ジェンス!」
マイシュロスが振り返ると部屋の隅に中肉中背の白人が不安げに立っていた。
「アイツを倒せばアレを本当に大量に回してくれるんだろうな!?」
「も、もちろんだ」
マイシュロスに強い口調で問われたジェンスは強く頷くが何処か焦りを隠せない表情。
「アンタにも一つタダで回したろ? レベル3の俺がシークレットレアを二つ持ってるのが証拠だぞ」
「確かにな」
「それとも天下の大山賊のマイシュロスがミス・ゲームオーバーなんて女の子に怯えてるんじゃないよな? シークレットレアの力があれば山賊団の再興どころか国が造れるかもしれんぞ」
「国か……俺を担いでるつもりか?」
「そんな訳があるか、俺はただもうこの世界に留まりたいだけだ、向こうはもう嫌だ」
「まぁそうか……しかし国か」
国という響きにマイシュロスの表情が明らかに変わる。
「よし、あんな銃使いなど俺が仕留めてきてやるぜ! そうしたらちゃんと約束を果たせよ!」
砦の窓から外に向かって身を躍らせたマイシュロス。
それを見送りながらも、
「お、お前みたいな筋肉無能に国など造れる訳がないだろうが、この世界を幸せに導けるのはあの方だけなのだ」
そう震えながらジェンスは毒づいた。
***
「ゲームオーバーぁぁぁっ!」
重量感のある着地。
ゲームオーバーの前に雄叫びを上げたマイシュロスが現れた、しかし間髪入れない両手からの合計八連発の射撃が褐色の身体を捉えてマイシュロスは後方に倒れ込んだ。
「なんてバカな人」
ため息をつきマイシュロスの亡骸の脇を何事もなく通り過ぎようとするゲームオーバーだったが……
「なっ!?」
感じた危険に素早く後方回転で後ろに下がるゲームオーバー、数瞬前に身体があった場所をマイシュロスの筋肉隆々の右腕のパンチが轟音を上げて通り過ぎた。
「惜しい、惜しい、よくかわしたな!」
豪快な笑いを上げて褐色の身体を起き上がらせるマイシュロス。
「確かに当てたんだけどね」
「確かに当たったさ、でも俺の得た鋼鉄の皮膚には鉛弾なんて通用せんのさ! 攻撃を受けた途端に硬質化してどんな攻撃にも勝手に対応してくれる、お前が得意らしい不意討ちも無駄だ」
両手に銃を構えるゲームオーバーにマイシュロスは得意気に両手を腰に当てて筋肉を誇示するように胸を張る。
「シークレットレアの能力ね」
「まぁな、お前だってそうだろ?」
「さてね……っ」
両手撃ちの連発。
硝煙が舞い上がり再び八発の弾丸が左胸、首筋、額に眉間を捉えるがマイシュロスは揺らぎもしなかった。
「無駄だ」
「ならっ……」
再び舞い上がる硝煙。
放たれる四発の弾丸。
だがそれも虚しく弾かれる。
マイシュロスは目をつぶっていた。
「当然、目を狙うよな……確かに狙いはいいし、この距離から四発とも目を捉えてくるなんて驚きだが目をつぶれば瞼の皮だって皮膚だ、硬質化する、少しつぶれば弾丸はもう通らないし視界を完全に遮る事もないな」
「……くっ!」
歯を喰い縛るゲームオーバー。
余裕寂々のマイシュロスはダッシュして一気に距離を詰める。
「接近戦はどうだ!」
接近を許さんと両方の太股に放たれる二発の弾丸にも屈強な皮膚が硬質化し、ほんの僅かに接近
の速度が遅くなった位でダメージにはならない。
自分の脚よりも太い腕から放たれるストレートパンチが顔面に迫る。
「くっ……」
紙一重で顔を逸らすゲームオーバー。
続く左フックには身を伏せる。
「接近戦も素人じゃないな! 流石はミス・ゲームオーバーだ!」
「ありがと……っ!」
身を伏せた状態から下顎に向けて超至近距離からの銃撃が放たれる。
「グオッ……」
瞬時の三連発。
銃弾によるアッパーカットにマイシュロスは顎が上がりかけるが、
「効かんといってるだろうがっ!」
踏み堪えて鋭い蹴りを放つ。
ローキック気味のそれに伏せた体勢のまま銃を持った両腕でガードするゲームオーバー、しかし少女の五十キロもないような体重ではひとたまりもなく大きく吹き飛ばされる。
ダメージに繋がるような転倒をゲームオーバーが受け身で防ぎながら素早く立ち上がり、二人の間に距離が空く。
「防いだか、やはり強いな、だが接近戦は遥かにウェイトが上回る俺に分があるようだな」
マイシュロスは直ぐに間合いを詰めにいくような事をせずに笑った。
嘲笑ではなく闘いを楽しんでいるかの様だ。
受け身の際に付いた頬の土を手の甲で拭いながらゲームオーバーはマイシュロスを睨む。
「私の銃弾をあれだけの距離で耐えるなんて参ったわ……ランダムで多彩なシークレットレアの特殊能力でも当たりを引いたわね」
そこまで言うとゲームオーバーの視線から鋭さが消え銃を下げられる。
空間ではなく今度は時間的な間が空く。
「どうした?」
「確かにシークレットレアさまさまだけど、それよりも対策はちゃんとしてる? 大丈夫?」
「あん?」
突然の意味不明な質問にマイシュロスは怪訝な表情をした。
「シークレットレアを使ったのよね? シークレットレアを使用したプレイヤーは不意の電源遮断やヘッドギアの着脱には特に気を付けなければいけないわ、絶対にそうならないと断言できるなら良いけど大丈夫か、って訊いたの?」
「……ど、どういう事だ?」
「わかってないわね、シークレットレアを使用した者がプレイ中は万が一にでも停電による電源遮断や他人によるヘッドギアの着脱があった場合は確実にそこで植物人間の仲間入りよ? それくらいの噂は聞いてるでしょ?」
「ば……バカな! ヘッドギアには緊急バッテリーがついてるし、いきなり俺のヘッドギアを脱がすヤツなんて」
マイシュロスの言葉が止まる。
仮想世界で闘いを十二分に楽しんでいた筈の彼の意識は現実に飛んだ。
最近住み始めたマンション。
付き合って二年の合鍵が渡してある彼女が週に二、三回は遊びに来る。
髪を茶髪に染めた二歳下の甘えたがり屋だ。
もちろん彼女は自分がイシュタルオンラインに熱中しているのも知っているが、あまりゲームに興味がないらしくプレイを誘っても嫌がり現実に一緒にいる事をしたがる。
前に一度……ゲーム中にいきなりヘッドギアを取られ現実に戻ると膨れっ面をした可愛い顔が目の前にあった。
モンスターとの戦闘中でフリーズしたキャラクターは大ダメージを負ってしまったが、あの時は可愛い彼女だと思った。
しかし今回はそうはいかない、当然彼女はシークレットレアの存在など知らない。
合鍵を開けた彼女がベッドに大の字になってヘッドギアをつけた俺を見つけ……数分ウロウロした後に俺に近づき……
「ま……まっ」
「スキみっけ」
ゲームオーバーは跳ぶ、いや既に跳んでいた。
瞳は相手を見ていた……がホンの数瞬の意識の剥離が致命的な反応の遅れを招く。
ゲームオーバーは両膝をマイシュロスの両肩に合わせる落として彼の上に着地してきたのだ。
「うぐぁぁぁっ」
まさか銃器を持つ相手が望んで接近戦を仕掛けてくるとは……不意をつかれた。
のし掛かる重みに屈強な肉体は耐え抜く、左足を後ろにずり下げて転倒を防ぐ。
が……もちろんゲームオーバーにとっては踏み堪えられるのも折り込み済みだった。
「ここは皮膚じゃないわね」
「おごごごっ」
異物の強引な侵入に口ごもるマイシュロス、ゲームオーバーの右手が彼の口の中に入り込んできたのだ。
もちろん銃を握ったまま。
「んごぉぉぉぉっ」
「ゲームオーバー」
籠った二発の銃声。
マイシュロスの鼻から硝煙が吹き出しゲームオーバーがのし掛かったまま、後ろ頭から血を吹き流し巨体が倒れた。
「さてと……」
マイシュロスの亡骸から右手を抜いて立ち上がり残る砦を見上げる。
砦の木窓から若い男が怯えた瞳でこちらを見ている。
「貴方がジェンス……いや尾形健三郎さんでしょ? 素直にログアウトポイントまで私についてきてくれるかしら?」
「ミス・ゲームオーバー……」
ジェンスの呟きに静かに頷く。
左手で構えた銃を向けられたジェンスは先程と変わらず、いや更に目に見えて震えていた。
「貴方もシークレットレアで得た特殊能力があるかもしれないけど無理はしない方がいいんじゃないかしら、手荒な事はしないわ、なぜシークレットレアをマイシュロスまで持っていたか貴方に聞きたいから……」
「くそっ」
身を翻すジェンス。
無駄だった。
間を全く置かない銃声が鳴り響くと呻き声を上げて彼はその場でもんどり打って窓から転げ落ちてくる。
高床式といっても砦の窓だ、マイシュロスのような強靭な肉体があれば別だがレベル3のジェンスがそれも銃弾を受けて耐えられる筈がない。
「どうやら現実での聞き込みになりそうだからラフィアンに頼むわ……とりあえずゲームオーバー」
ピクリとも動かないジェンスをその場に残しゲームオーバーは死屍累々の森の広場を立ち去るのだった。
続く