第七話「銃殺乱舞」
「た、助けてくれぇ」
「声が小さい」
「た……助けてくれぇ! ゲームオーバーにやられるっ!」
後ろを歩きながら後頭部に銃口を向けてきているであろうゲームオーバーに促され男は叫んだ。
静かな森に響いた声に木々で翼を休めていた鳥達が羽ばたく。
「もっと叫びなさい、よく仲間達に聞こえるように」
「み、みんな来てくれ、やられちまう!」
「よし、その調子」
やけに冷静なゲームオーバーの声の後に銃声がした。
前方の樹の影から顔見知りの山賊仲間が首筋を押さえながらヨロヨロと現れて倒れる。
「うわぁぁぁっ、ル、ルイス!?」
仲間の死に男が叫ぶと三発の銃声が続いて放たれた。
異常を感じとり駆けつけようとした他の仲間達が前方、左右で三人短い呻き声を上げて倒れた、誰かは判らなかったが男の仲間には違いないだろう。
どの距離も軽く数十メートル離れて木々という障害物もあり見通しは限りなく悪い。
にも関わらずゲームオーバーの射撃は正確を極め三発で三人を手傷ではなく仕留めている、それも男が個々を確認も出来ない瞬時にだ。
これでは仲間達は戦いようもない。
「ま、まさかっ」
ようやく男は理解した。
狩りをする動物の中には捕食対象である草食動物の弱った子供をわざと喰い殺さずに傷つけて放置し、その助けを求める鳴き声にやって来た身体の大きな親や仲間を待ち伏せて狩る個体が稀にいるという。
それに俺は利用されていると。
「こんなやり方で二百人の仲間を殺せると思ってるのかよっ!? 仲間を殺させる為に助けを呼ぶなんて俺はもうしないぞっ!」
「もう十分よ」
振り返る男の太股辺りにゲームオーバーは何の躊躇もなく銃弾を撃ち込む。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
経験した事もない痛みに男は悶絶して地面を転がり回る。
イシュタルオンラインの五感は非常にリアルである、これが本作を更に発展させた要因であるのだが痛覚だけを他の感覚と切り離して緩和するのは不可能でこういう痛みも味わってしまう。
「ゲイツ……どうし……うわっ!」
男の悲鳴を聞きつけた仲間が飛び出してきたが当然のようにゲームオーバーの餌食となる。
「ハインツぅぅぅ……」
「もう十分に伝わったわ、後は呼ばなくても集まってくるしアジトの方向もわかったわ、どうもありがと……リベンジがしたかったら三日後にどうぞ」
地面を這いつくばる男にゲームオーバーは銃口を向けて引き金を引く。
後頭部から血を流してピクリとも動かなくなった男を一瞥するとゲームオーバーはもう一丁の拳銃をジャンパーの脇から抜いた。
森が騒がしい。
山賊達が異常な事態を完全に察知したのだ。
姿はまだ見えないが沢山の戦闘意思が森の中で動き出したのを感じ、
「さぁ……殺ろうか」
森の奥を睨み付けゲームオーバーは呟いた。
***
数十分後。
戦いの場所は森の開けた広場、山賊達が造り上げた拠点周辺に移っていた。
「一斉に撃てっ」
クロスボウを構えた男達三人が並ぶ。
軽く短く風を斬りゲームオーバーに向かう三本の矢は太く響き渡る三回の銃声に迎え撃たれ全てが空中で砕け散る。
「な……」
「矢に弾を……当てた?」
クロスボウの三人は唖然と立ち尽くす。
銃を知るPC、存在すら初めて確認するNPCと反応は違ったが驚愕は一緒である、そして次の三連発の銃弾に倒れるのも一緒だっだ。
「なんて奴だ」
「集まるなっ、周囲から囲めっ、なぶり殺しにしろっ」
幹部の指示に八人の山賊達がゲームオーバーを囲むが、彼女は拳銃を持った両手を大きく横に広げてユックリと一回転。
八連射。
メクラ撃ちではない。
証拠は倒れた八人の山賊達。
脳天、左胸、下腹部とそれぞれが急所に銃弾を受けていた。
「接近戦だっ、とにかく近づけっ!」
「全員いけぇ!」
幹部の声は悲鳴に近い。
前後左右から武器を手に一人の少女に駆け出す山賊達。
突撃した二十人に容赦なく浴びせられる正確無比な銃弾射撃。
前方左右はともかく後方は見ずに後ろ手に撃っているというのに……銃弾が急所を捉える。
十五人が近づく前に射撃に倒れるが……遂に五人がゲームオーバーを至近距離で囲んだ。
「よしっ、すぐに殺せぇぇぇ!」
怒鳴る幹部。
囲んだ五人による降り下ろされるサーベルとハンマー、横凪ぎのソード二本、鉄甲による突き。
……全てが空を切る。
目標ゲームオーバーは跳んでいた。
現実では考えられない高さの跳躍、まるで棒高跳びで跳んだような高さに舞い上がったゲームオーバーは
落下の体勢から右手の銃で三発、左手のそれからは二発の銃弾を放ち、元の五人に囲まれた位置に着地する。
バタバタと倒れる者達。
もちろん立っているのはそれぞれが上下にあげた両手に銃を構えたゲームオーバーだけだ。
「……」
山賊達の幹部キャラクター、シュタイツは絶句するしかなかった。
モントレイの森で最大の勢力を誇り、周辺の冒険者を震え上がらせた山賊集団が数時間も持たずに一人の少女に壊滅させられた。
戦いの次元が全く違う。
もちろんイシュタルオンラインの公式では見た事もない銃火器を使う点もそうだが、武器だけの問題とはとても思えない。
もう彼女を阻む部下達はいない。
ゲームオーバーはゆっくりとシュタイツに歩いて近づく。
シュタイツは手に持っていたロングソードを地面に落として両手を上げた。
「PCの幹部のようね、あなた達のボス、マイシュロスはこの先にいるかしら?」
「ああ……あそこに見える大きなテントにいるぜ」
「あと、ここにジェンスという男が来ているハズだけど知ってるかしら?」
「ボスの客らしいぜ、冴えない素人野郎だが儲けられるらしいから幹部待遇だぜ、あとは知らねぇ」
「そう……」
シュタイツはもう聞く事は無いとばかりに銃を上げたゲームオーバーに対して上げた両手を前に出して止める。
「ま、待ってくれ、山賊なんかしてたんだ、撃たれても仕方がないが最期に質問させてくれ! な、いいだろ?」
「いいわよ」
「アンタの銃、なんなんだよ? イシュタルオンラインの掲示板じゃ噂で持ちきりだぜ? ゲームオーバーになる前に教えてくれよ? リロード無しでマシンガンみたいに撃ちまくってるし、一体どうなってるんだよ? やっぱりシークレットレアで得た武器かなんかなんだろ?」
「……」
間が空いた。
シュタイツはもうゲームオーバーは覚悟しているらしく好奇心ににへら笑いを見せていた。
「死ぬ前ににへら笑いを浮かべてるような軟弱な奴には教えないよ」
そう答えシュタイツの眉間に向けてゲームオーバーは引き金を引くのだった。
続く