第五話「対象情報」
「あれ? 明日って言わなかったっけ?」
「暇が出来たから入ってみただけよ」
ログインの光と共にゲームオーバーが酒場に舞い戻ると、ラフィアンはログアウトした時に座っていたテーブルにまだ座っていた。
「あなたはずっといたの? 私がログアウトしてからは二時間はあったでしょ? お店から居座りだって怒られるわよ」
「いやずっとはいない、現実の僕がお腹が減ったし一旦帰ってご飯とトイレだけ済ませたよ、また来たのは暇人だからだよ」
「依頼相手は帰った?」
「話はそう難しくなかったからね、よくある感じだね」
「そう……なら明日と言わずに依頼内容くらいは確認するわ、グレース、いつもの紅茶を頂戴」
「ありがとうございます、紅茶をお願いします、ゲームオーバーさんです」
ゲームオーバーはラフィアンの対面の椅子に座り、褐色の肌に三つ編みを結ったエプロン姿の馴染みのウェイトレスに紅茶を頼むと彼女は丁寧に頭を下げて厨房に声をかけた。
いちいち名前を厨房に伝えたのはゲームオーバーがいつも適量の生姜とハチミツの入った紅茶を好んで頼んでいた為、いつしか彼女、グレースは紅茶を頼む度に言わなくてもそれを厨房に伝えてくれる様になったからだ。
「今回のターゲットは現実世界で中堅企業の社長の男、依頼してきたのは彼の会社で働いている若い社員だよ」
「中堅企業の社長かぁ……潤沢なお金持ちか、経営が私生活まで苦しめてるかの二択しか浮かばないわ」
「あははは……それは偏見だよ、でも後者の意味でそれは当たりさ」
「あらあら嬉しくない的中」
「お待たせしました」
二人のテーブルにやって来たグレースが紅茶を置くと彼女に笑みだけを返しゲームオーバーは紅茶カップを口に運んだ。
「まぁ社長がネットゲームにのめり込んでるようじゃね」
「それは違う、社長がイシュタルを始めたのはつい最近なんだそうだよ」
「素人がシークレットレアを……買った?」
「ああ、多分密売屋から」
「シークレットレアを欲しがる相手を探しあてるのも奴等の特性ね」
口元近くまで運んだカップを止め語気が少々強くなるゲームオーバー、密売屋という単語に二人の間の空気が変わる。
確かにシークレットレアの入手は困難を極めると言ってもいい。
消費アイテムであるので共用は不可であるし使用すれば消えてしまう、新たに供給されているか、供給されているならどれくらいの頻度と数量かもハッキリしていない。
ゲームを始めたばかりのプレイヤーにはまず手に入られない代物だが、現実でも仮想空間でもそれを可能にするのは金銭である。
ここまで全世界的に行われているイシュタルオンラインならゲーム内の通貨を現実の通貨に換金する方法なんて幾らでも存在する。
金銭が動く物には必ずそれを利用して一儲けをしようとする人間が現れるのだ。
「シークレットレアを使用して金儲け、稀少アイテムの取引で現実では何の仕事をしてないプレイヤーもかなりいるらしいからね」
「稀少アイテムの売買じゃないけど、ネットの中でお金儲けなら私もそうでしょ? 他キャラクターの暗殺なんて言わばもっと聞こえは悪いわ」
「そうだった、失言失言」
ラフィアンは舌を出す。
可愛らしい少年で絵になる姿だ。
「アンタだってその一味の癖に、じゃあ相手のキャラクターの所在や様子を探るの宜しくね」
「任せといて、じゃあ早速ログアウトして相手を色々と調べてみるよ……それじゃ行こうかな」
「頼むわね、こっちもなりには調べるわ」
目をつぶりログアウト動作に映るラフィアン、ゲームオーバーも紅茶を飲み終えて席を立ち上がった。
ラフィアンとゲームオーバーのコンビは基本的には現実からの逃亡を謀ろうとしたプレイヤーやキャラクターの情報を集めるラフィアン、相手を実際に強制ログアウトに追い込むのがゲームオーバーという形だ。
現実からの逃避自殺を謀ったプレイヤーがどんなキャラクターで、イシュタルオンラインの広大な舞台の何処にいるかを調べあげるには独特なゲーム内の人脈やテクニックが必要であり、ラフィアンは現実の世界までその手を広げて調べてかなり詳細な情報を毎回集めてくる。
ラフィアンからの情報が無ければ今までの依頼は相手を探し当てる事すら困難だったに違いなく、彼の情報収集能力は疑う余地はないがゲームオーバーはあくまでもなりにしかならないのを重々承知しつつも自分でも毎回情報収集をしていた。
些細な情報でもあって損はしないからだ。
「今日もこっちにまだ長くいるようね、さてと……まずは聞き込みなんだけど」
苦手なんだよね。
そう出てしまいそうになる言葉をグッと呑み込み彼女はジャンパーの胸ポケットに引っ掛けていたサングラスを努力してさりげなくかけたのだった。
続く