第三話「現実回帰」
「シークレット・レア、どれくらい出回ってるのかしら?」
「消費アイテムだからね、数はいまだに不明だよ、使用すれば無くなるけど能力値が跳ね上がったり特殊能力が得れる」
「自分の意思かHPゼロ以外のログアウトを受け付けない機能もね」
「うん」
「何の意味があるのかしらね」
そう言いながらゲームオーバーはエプロン姿の店の娘に食後のコーヒーを注文する。
「さぁね、イシュタルコーポレーションが認めていない非公式のアイテムだからね、創った人に聞いた方がいいさ」
「迷惑な」
「そうかい?」
「え?」
「シークレットレアでこの世界に逃げ込む輩を強制ログアウト……いわゆる抹殺するのが君の仕事なんだろ? だったらシークレットレアが無くなるのは君にとっては、おっとっと」
ラフィアンはそこで話を止めた。
ゲームオーバーの視線がキツくなったからだ。
「互いにそこまで踏み込む必要はないでしょ? あなたは私の代わりに依頼者との交渉や相手を調べる事をしてくれたら良いんだから」
「そうだね、そうだね、それで君が仕事をこなして僕が手数料を貰うと」
「そうよ、それで良いでしょ?」
「満足、満足です」
参ったなと言いたげな笑顔を浮かべるラフィアン、運ばれてきたコーヒーを口に運ぼうとするゲームオーバーだったがふと手を止めて、
「いつまでもジッと見てないでくれる? もう二十秒過ぎてるわよ」
と、少しだけ大きめな声を出す。
「え?」
キョトンとするラフィアン。
すると……
「すいませんでした」
騒々しかった何人もの客の中から一人の青年が姿を現した。
粗末な布製の上着にスボン、腰にはソードを差している。
「冒険者希望の初期装備、招待コードもないバージョンだね、まだビギナーかな?」
「ええ……この世界には来たばかりです、あなたがミス・ゲームオーバーか判らなかったんで少し様子を見てしまいました」
ラフィアンの問いに青年はゲームオーバーを見て恥ずかしそうに後ろ頭を掻く。
「私がそうだけど喧嘩なら買わないわ、どうしても来たばかりでゲームオーバーになりたいなら何秒かは相手にしてあげなくはないけど」
「滅相もありません、私はこの通りレベル1ですよ、あなた……ミス・ゲームオーバーに依頼があって来たんです、聞けば依頼はこの酒場でしか受けないと聞きましたのでこういうゲームは全く慣れないのですがキャラクターを造って噂を追って来たんです」
コーヒーを飲むゲームオーバーに青年は首を振って真剣な眼差しを向けてくるとラフィアンの態度が変わる。
「やや……お客さんじゃないか、脅しちゃダメだよ? ゲーム内が依頼を受ける場所なんでそういうお客様は多いんですよ、気にしないでここに座ってください」
「ありがとうございます」
愛想よく同じテーブルの椅子をラフィアンが勧めると青年は丁寧に頭を下げて座った。
「社会人?」
「え……はい、そうですが」
コーヒーカップをテーブルに置いて聴くゲームオーバーに青年は頷く。
何の事はない、やや横柄な自分の態度に対しても相手が大人びた対応をしたからだ。
「じゃあ名前を……後で向こう、いわゆる現実世界で僕が色々と調べさせてもらうのでキャラクターネームと実際のお名前もお願いしますね、後で住所とかもお訊きします」
「は、はい、キャラクターはダイ、本名は多村大輔【たむら だいすけ】と言います」
「じゃあダイさん、僕はラフィアン、こっちがミス・ゲームオーバー、僕らは色々と不都合がありますから本名は名乗りませんけど勘弁を」
「はい」
「じゃあ依頼内容を、わかってると思いますが僕らの仕事はこの世界から自らの意思で帰ろうとしない人を強制ログアウト、この世界では倒しちゃうのが仕事です」
「わかってます、では……」
「あ……」
慣れた様子で話を始めるラフィアンにダイが口を開いた時だった、ゲームオーバーがポツリと声を上げて立ち上がる。
「ログアウトするわ、依頼の件はあなたが聞いておいてくれるかしら?」
「了解、アラーム? トイレかな?」
「バカ、違うわ、また明日同じ時間に」
「わかった、聞いて出来たら調べに僕も今日はログアウトするよ」
「お願い、じゃあ」
頷くラフィアン。
ゲームオーバーがダイに軽く会釈して目を瞑るとその姿がみるみる薄くなっていく。
ログアウト。
それはイシュタルオンラインでは指定された場所で行え、大抵は街の酒場等がそうである場合が多い。
「まぁ彼女にも現実世界でやらなきゃいけない事がありますからね、こういう時もあるんですよ」
「ゲームオーバーさんは若そうですけど現実世界では高校生ですかね?」
「さぁ、知りませんね」
ダイの何気ない問いにラフィアンは肩をすくめて、
「何せこの世界では現実世界での醜男の中年が絶世の美少女にもなれますからね、相手の事は基本的には全くわからない嘘が常識の世界です、僕だって彼女ゲームオーバーの本体に会った事がないですから、もしかしたらオジサンやオバサンという事だってあるんですよ、まぁそれは僕にも言えますけどねぇ」
と、やや不敵な笑みを見せるのだった。
続く