第二十八話「仮想乙女」
「随分と大きく出たね、こんな騒動を起こしたらもう引っ込みがつかないんじゃないの?」
「お前が心配する事じゃねぇ、ミス・ゲームオーバーとリオン・ルージュをぶっ潰せれば問題はない、まずはお前らからだ! 苦しみたくなければ大人しくしていろよ!」
窓の外を見ながらやや苦笑すら浮かべるラフィアン。
バリチェロが窓の外に向けて壁のランタンを放り投げると、数百の軍団が動き出す。
数が多く夜半だけに動きは緩慢だが中央公園から宿に達するのに何分もかからないだろう。
「第一世界とか何だとか、貴方達のゲームの楽しみ方を否定はしませんけれど人のゲームを邪魔するのならば許しませんわよ」
ソラはラフィアンを自らの背中に回してバリチェロに相対しマントから魔法石を幾つか取り出した。
魔法石を使用しての魔法ならば詠唱時間は込められた魔法の解除だけでよく、格闘戦主体のバリチェロが間合いを詰めるよりも早い。
外の軍団が宿を包囲する前に目の前の敵を叩いて脱出口を開く。
その意図が見える行動。
「やるか……俺を簡単に倒せるかな?」
「やりますわよっ!」
投げ放たれる魔法石。
発動した魔法をどう捌いて突撃に繋げるかが勝負の分かれ目の筈だったが……
黄色の魔法石はなんと大きく風船のように膨らみ上がり廊下を覆ってしまい二人とバリチェロの間を遮ってしまったのだ。
「なっ……!?」
攻撃魔法かと思って構えた所に現れた見慣れない魔法風船に魔法の知識が乏しいバリチェロは意表を突かれる。
「逃げますわよっ!」
素早くソラはラフィアンの手を取り窓から外に身を踊らせる。
三階、しかしソラは魔術師ながらも高レベルキャラクターだ、ラフィアンを庇いながら宿の正面、中央公園側に着地した。
宿の目の前に降り立つ二人の姿を月明かりで確認した迫る蒼い軍団は一瞬だけ止まったが、
「バリチェロ様じゃない! リオン・ルージュのおまけの魔術師だ、構わん、捕らえろ!」
先頭の男が号令をかけると再び軍団は動き出す。
距離は数十メートル。
「うわぁぁっ! なんでこっち側に降りてきちゃうんだよ!? 裏に降りなきゃ逃げら……」
「何を今さら、逃げるつもりはありません」
ラフィアンは慌てるがソラは堂々と数百の相手に向き合う。
「え? 逃げるつもりはないって……まさか」
「そのまさかですわ、いくらシークレットレアを使用したと言っても多少能力値が伸びて、珍しい特殊能力が運任せでつく位でしょ? こちらはコツコツ一年半くら~くレベルアップだけをしてきましたのよっ!」
始まる呪文詠唱。
ソラの周囲に風が巻き起こる。
風系統の前触れ。
「ま……まぁ、その多少伸びる能力値と特殊能力がスゴいんだけどね」
「あら……そうなんですの? 関係ありませんわっ!! エア・コンフュージョン・ウインドミル!!」
「うそぉぉっ!」
ソラの叫びにラフィアンは驚いて彼女の足元にすがり付く。
風系統の広範囲魔法の究極と言ってもいい魔法の一つ。
威力だけなら間違いなく最大級。
しかし全く発動後の方向制動が効かないという
迷惑な大魔法。
巻き上がる突風。
吹き荒れる嵐。
薙ぎ倒された街の木々が、アパートメントの崩された煉瓦が、そして人すらが宙を舞い、突風を凌ぐ凶器と化す。
「た、助けてくれぇ!」
「何だこりゃあぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁっ」
数百の蒼の軍勢は乱れた。
まさに阿鼻叫喚。
結界に護られたソラは満足げに、彼女の足にすがり付いたラフィアンは引きつった笑みでそれを見つめる。
「ここまでの大魔法なんて使えるプレイヤーは三桁はいないよね、いやぁ、ゲームオーバーも強いけど……こういう派手さには欠けるよ」
「褒めてくれてますのね、ありがとうございますわ」
そこに背後から爆発音が響く。
突風と嵐の中でもそれは十二分に聞こえる大爆発だ。
「な、なんだぁっ?」
「バカがバブルを割りましたわね、只の足止めの訳がないでしょうに」
「そういう事か、流石は一流魔術師だぜ!」
背後の宿の三階部分の壁が吹き飛んでいるのに目配せをするソラにラフィアンは思わずガッツポーズを決めた。
嵐が収まりつつある。
「ショーは終わりましたわ、では何人残っているのか被害状況を確認させて頂きましょう」
勝ち誇った様子のソラが蒼の軍団の被害状況を確かめようと中央公園に一歩踏み出した時だった。
上空からの降り下ろし一閃。
胸元が朱の衣服ごとパックリと割れ、それよりも更に更に赤い液体が噴き出した。
「ソラさんっっっ!」
「な……っっっ」
膝から崩れ落ちるソラ。
そこに立っていたのは鎧を破壊し尽くされ上半身を露にしながらも大剣を肩に担ぎ会心の笑みを浮かべたバリチェロだった。
「お前は……」
「確かに強烈な爆発だったがHPゼロから俺は復活可能なシークレットレアなんだよ!」
「くそっ!」
血を流して倒れるソラに駆け寄りラフィアンは彼女を抱き上げる。
だがソラの反応はない。
「外に出てみりゃ、こんな状態か? 仲間たちを相手に随分と暴れてくれたな、百くらいはやられたんじゃないか?」
「百だと、強がり言いやがって! お前の連れてきた奴等はほとんどやられちまっ……」
ソラを抱いたままバリチェロに怒鳴りつけ広場を振り返るラフィアン、だがその言葉は途中で途切れてしまう。
ソラの唱えた強力無比な魔法によって蹴散らされた蒼の軍団がいる筈だった……しかし彼等は半数以上、いや三分の二以上はもう立ち上がっていたのだ。
「な、なんでだよ!?」
「奴等も強者揃い、その上シークレットレアで能力上昇してんだ、それにな魔法ダメージ軽減や条件付きの無効なんて特殊能力がついてる奴もいるんだ……それらをあれだけ倒しちまうソラは大したモンだ、それでも三百はいるよ」
誇張ではない、蒼の軍団はまだ三百はいるだろう。
バリチェロは大剣をラフィアンに向ける。
「三日間で考えるんだな、俺達に加わるか、キャラクターを消されるか、まずは死んでもらう」
「ううっ……」
数百の軍団相手に傷ついた魔術師を抱えた情報屋一人。
さしもの策士ラフィアンもこうなっては何もしようがない。
「ゲームオーバーだぁっ!」
首に降り下ろされた剣。
阻む物はなかった……が。
高い金属音と共に剣は狙ったラフィアンの首を大きく逸れて石畳の地面にめり込む。
「なにっ?」
「えっ!」
聞こえた。
皆に聞こえた。
確かに聞こえた。
この世界にはない筈の音が。
この世界には響かない筈の銃声が。
「き、貴様は……いやっ!?」
「ゲームオ……えっ?」
銃声の主はこの世界に一人だけ。
バリチェロとラフィアンはその主を宿屋の屋根に見つけたが、予想外の事に二人とも声を上げてしまう。
「バリチェロさん、ゲームオーバーは私の決め台詞よ……あと色々と説明してよね、ラフィアン」
右手に銃を構え月光に照らされながら口元を緩めるゲームオーバー。
そして……
「この状態とあの不明の輩達の弁明と説明、多少力ずくでも話してもらいますよ、バリチェロ」
それに背中を合わせ朱の鎧に身をまとったリオン・ルージュがいたのである。
「ゲームオーバーとリオンが!」
殺し合いさせるつもりだった二人が揃っている、バリチェロは混乱しかけた。
少なくともどちらかはゲームオーバーに追い込み始末できる手筈だったのに!
なぜ二人が揃っている!?
「リオン……様」
重傷ながら気がつき薄目を開けるソラ。
「ソラ、平気ですか?」
ゲームオーバーとリオンが屋根から飛び降りるとバリチェロはソラとラフィアンの元から慌てた様子で蒼い軍団いる方に駆け寄る。
追跡するよりも今はラフィアンとソラの保護が先だ、リオンは彼には目もくれず片膝をつきソラの手を握った。
「リオン様……申し訳ありません、バリチェロは企みのある男でしたわ」
「ええ、私も遅まきながら気づきました、もう大丈夫ですよ」
「ゲームオーバー!」
「あなたもご苦労様、どうやら奴が私とリオンを闘わせた奴ね」
ソラとリオン、ラフィアンとゲームオーバーはそれぞれに言葉を交わす。
「そうなんだよ、実はバリチェロや何人かの騎士はある組織に買収されていて、それで」
ラフィアンはこうなった事情をかいつまんで説明しようとしたが、
「詳しい話は後で頼むわ、今は向こうを片付けた方がいいと思う」
「そうですね、向こうのお話も聞けますし」
ゲームオーバーとリオンは頷き合うとバリチェロを先頭とした数百の軍団に向かい並んで見合う。
「え!? 逃げないの? ソラがいくらか大魔法でやったけどまだ三百はいる! あいつらは全員がシークレットレアで能力を強化してる、普通じゃないんだよ!」
「そうなの、だったら……なおさら逃げるわけないでしょ?」
「当たり前」
三百対二。
それも相手はシークレットレア付きだ。
驚くラフィアンにゲームオーバーもリオンも当然のように答えた。
「ハハハ……アハハハハハッ」
そのやり取りを蒼い軍団の先頭で見ていたバリチェロは笑い出す。
「もしかして殺られても三日間で復帰できるとか思ってやがるか?」
「出来ないの?」
「ああ……これからはルールが変わる、俺達に負けたらキャラクターはホントにゲームオーバーだ、キャラクターが消されるんだよ!」
呑気な返事で肩をすくめるゲームオーバーにバリチェロは怒鳴り返した。
「仕組みを教えてくれる? 教えてくれたら少しだけ手加減してあなたを仕留めてあげる」
「……信じてねぇのか!?」
「信じるも信じないもないわ、私は今までゲームオーバーにした事はいくらでもあるけどなった事は無いから関係ないだけ」
「この野郎……ならば今日でせっかくのキャラクターともおさらばさせてやる!」
手を振り上げるバリチェロ。
蒼の軍団がザッと構える。
「とにかく難しい事は……」
「少しとっちめた聞きますか!」
そう顔を合わせるゲームオーバーとリオン。
『一体、何があったんだこの二人』
まるで長くコンビを組んだ者同士の様な仕草の二人にラフィアンはそう不思議に思いながら、さっきまでと違い目の前の蒼の軍団の脅威にまるで恐怖心を覚えていない自分に気づく。
「行くわよ」
「承知!」
相手の突進を待つ事無く、間違いなく数千万冒険者の憧れの五本の指に入る二人は数百の軍団に向かい躊躇無く走り出した。
***
銃声、銃声、また銃声。
両手に持った銃からの雨霰の銃弾は全く途切れない。
まるで両手にマシンガンを持っているかの様な連射にたちまち十人近い蒼服が倒れる。
集団は立ち往生した。
「固まるな、散開してそれぞれ迫れ!」
「指令が遅いっ!」
バリチェロの命令より早く月を背に受けてリオン・ルージュがネメシスを振り上げて翔ぶ。
「ネメシスッッッッッ!!」
目標は熟練冒険者で更にシークレットレアで能力を強化した戦士だったが関係なかった、脳天から唐竹割りされ、ネメシスから走る赤い衝撃波が周囲の者を更に蹴散らす。
「なんて奴等だ!」
「これがゲームオーバーとリオン・ルージュ」
強さに憧れてプレイするなら知らぬ者はいないであろうビックネームの目の当たりにした一撃目に彼らも鼻っ面を折られた形となったが、腕に覚えのある強者たちだ、もちろん退かない。
飛び込んできたリオンを距離を置きながら少しずつ包囲していこうとするが……
「うおおぉぉぉぉっ」
その場で待つなどしないリオンが宝剣ネメシスを構えて突進すると包囲網はもろくも崩れる。
「かかれっ、周りから滅多斬りだ!」
「やれるものならやってみろっ」
斬る、斬る、斬る。
蹴る、投げる、斬る。
リオン・ルージュは周囲からの攻撃も力で捩じ伏せていく。
一斬りで二人を斬り割く勢い、首を蹴られた者はそこがネジ曲がり絶命し、投げられた者もまるで壊された機械人形の様に動かなくなる。
型に拘らない殺人剣術に普段彼女が纏う聖騎士の雰囲気は全く失せていた。
当たらない。
距離が近距離なろうともゲームオーバーは狙い済ました剣撃をいとも簡単に躱す。
そして不可避な目の前で銃を放たれる。
避けられ撃たれ。
撃たれて避けられ。
まるで火花と銃声と硝煙を連れ添った彼女が通り過ぎるのが合図の様に蒼い制服の者達が倒れていく。
四方どころか何処にも隙は無い。
近づけば即ゲームオーバー。
多少気の効いたシークレットレアの特殊能力があろうとも関係は無かった。
尋常でない素早さを身につけた能力者にはそれよりも速い銃弾が降り注ぎ、何千発でも銃を防ぐアーマーを身につける能力者は遮蔽物を通り抜けるネメシスの衝撃波が仕留める。
闘いは自然と接近戦が主体となっていくが銃声は全く止まない。
ゲームオーバーが銃を持った両手を真横に広げ一回転すれば何人もが蜂の巣になって倒れ、リオンがネメシスを振れば、また何人もが血だらけになって舞い上がる。
「じ……冗談じゃねぇ!」
「二人が相手とは話が違う!」
まだ四分の一も倒れていないが蒼の軍団の士気は大きく減退し逃げ出す者が現れた。
「へへへへ……なんなんだ、あの人らは」
全く問題になっていない。
ソラの応急措置をしながらも思わずラフィアンも笑わずにいられない。
いつの間にか夜の中央公園の周囲に既に耳の早い冒険者や街の者達が野次馬になっている。
「誰と誰が戦ってるんだい? お前がいて銃声がするからゲームオーバーだろ?」
「ああ……訳あって組んだゲームオーバーとリオン・ルージュの二人が三百くらいの奴等とやりあってるんだ」
流れ弾を怖れ遠巻きの野次馬に訊ねられたラフィアンが答えると、
「ゲームオーバーとリオン・ルージュ相手に三百かよ、たとえ三千でも俺はそっち側には賭けないかな」
「あの二人相手に三百なんて度胸があるな」
一人が身体を震わせ、周囲はそれに意義なしと同調する。
「そうだね、ボクもそう思うよ」
何か気の効いた事でも言おうと思ったが、開始数分で圧倒的になりつつある状態にラフィアンはユーモアセンスを抜かれてしまった様だった。
圧倒的過ぎた。
戦闘が既に虐殺に近い状態に、そして地獄絵図と化した。
まだ百五十は残っている筈の蒼の軍団だったが全員が理解していた。
この場の生殺与奪の権利を持つのは自分達でもこの作戦の指揮官であるバリチェロでもなく……たった二人の少女にある事が。
「もうやめだ!」
「敵う訳がない!」
残った者達には戦意が無かった。
もちろん本気で獲りにかかっていたリオンとゲームオーバーだったが武器を棄て両手を上げた者まで斬る事も撃つ事もしない。
「だいぶ終わったわね」
「ええ、ほとんど……」
リオンの視線の先に立っていたのはバリチェロである。
詳しい経緯はまだ聞いていないが、裏切られた事は理解しているその瞳は鋭い。
「バリチェロ……降伏なさい、そして全てを話なさい」
「嫌だね」
即答。
バリチェロは大剣を構える。
「私に敵うと? 私の強さはわかっているでしょうに?」
「訓練じゃ百回に五回は獲れました」
「よく覚えてますね、なら二十回やってやっと貴方は私に一回勝てる計算です、二十回やってくれなんて御免ですよ」
ため息混じりにネメシスをバリチェロに向けたリオンにハッとしたラフィアンが叫ぶ。
「ダメだ、リオンさん……ソイツはHPがゼロになっても復活するシークレットレアだ! 倒せないんだ!」
「倒せない……そんな!?」
「ゴタゴタ言ってないで、いくぜぇぇ!」
倒せないシークレットレア。
衝撃的な能力に驚愕を禁じ得ないリオンにバリチェロは飛びかかる。
バリチェロの降り下ろしを受け流し、そのままの流れで回転しながら見事な袈裟懸け。
だが流石にバリチェロも一流、それは受けきった、しかしそこから剣先を変化させた鋭い突きが彼の下腹部を捉えた。
致命傷だ。
「ぐおおっ!」
苦悶の表情で倒れるバリチェロ。
腹部からは大量の血液が飛ぶ。
「……」
流石に味方であった彼を斬るのは咎めるリオンだったが、倒れたバリチェロはゲームオーバー時になるように霧に消える訳でもなく、十秒もするとパチリと目を開けて立ち上がった。
「と、いう訳です」
「そんな能力がある訳がない、絶対に負けない能力など」
「ええ……絶対じゃない」
リオンの反論をバリチェロはスンナリと受け入れた。
「言っちゃうのは何ですが、これも万能じゃないんです、実は毒や強い呪いには効かない……でも隊長は呪いも毒も使わないでしょ?」
「……」
再び構えるバリチェロ。
対してリオンはダラリと両手を下げた。
「隊長!?」
「バリチェロ……もう止めなさい、大人しく降伏しなさい」
「なに?」
「いいから降伏しなさい」
リオンの瞳からはなぜか殺気が失せていた。
「リオン……」
周囲の者はもちろん、ゲームオーバーもリオンの意図が解らない。
「意味が解りかねますね、隊長」
「簡単です、降伏すればバリチェロの命は取らないと言っています」
「俺の命がとれるんですか?」
「ええ……」
そこで俯くリオン。
「私には呪いの力があります、誰にも言った事も使った事もない呪いの力が」
どうしてかボソボソと小さな声だった。
リオン・ルージュが呪いの力を持っている。
噂でも聞かない情報だ。
確認の為、ラフィアンは抱き抱えたソラを見るが彼女も知らないとばかりに首を振るだけだった。
「へぇ……ハッタリですか?」
「私はあなたに嘘をつきません」
「さぁねぇ、でも俺もこの計画に乗ったのは命懸けなんだ、何の呪いでも構いませんや!」
焦れた様にバリチェロは大剣を振りかざしてリオンに向かう。
リオンはゆっくりと顔を上げる。
「バリチェロ……」
「もらったぜ、リオン・ルージュ!!」
「ネメシスッッッッッ!」
愛剣を泣き叫んだかのような響きでリオンは呼んだ。
紅く紅く燃え上がるように輝く刀身。
「……なっ!!」
抜き放たれた紅い剣は大上段に大剣を上げたバリチェロの胸元に吸い込まれる様に突き刺さると、その身体はまるで剣の色を移されたかのように燃え上がる。
「ぐぅぅぅぅぅっ!」
「ネメシスッッッッッ!」
絞り出す様にリオンが声を上げると更に炎が強くなる。
「これがネメシスの真の力……」
何かに気づいたゲームオーバーにラフィアンが問う。
「真の力!?」
「ええ……私が彼女と対峙して合点がいかなかったのがネメシスの能力、世界にただ一振りだけ存在を許された剣の能力がただ高いだけの攻撃力と透過能力を持つ衝撃波だけなんていう点、何か他には有り得ない能力があるとは思っていたけどまさかね……」
「まさかって」
「相手キャラクターに最高の罰、まさに天罰を与える能力よ……すなわちキャラクターロストさせるのよ」
「その……通りです」
燃え上がるバリチェロからリオンはネメシスを抜く。
まだ燃え盛りながらバリチェロは大の字に石畳に倒れ込む。
「そんな裏技があったのかよ……か、敵わねぇなぁ、やっぱ」
炎に焼かれ四肢の隅から急速に消滅していきながらバリチェロは苦しい息を整えながら呟く。
「ご免なさい、さようならバリチェロ」
「でもこれでアンタを裏切ったキャラクターとしてやっていかなくて済んだ……ぜ」
「そうしてまでしたかった目的とは何だったんですか!? 皆を棄ててまでやる事とは!」
涙を溜めてリオンはバリチェロに見つめる。
「隊長……」
「何ですか、早く答えなさい!」
「あんた現実ではいけてるかい?」
「え?」
「現実のアンタはリオン・ルージュと同じくらいいけてるのか、って訊いたんだ、最後に答えてくれても良いだろ?」
数秒、躊躇としか取れない間が空いた。
「わかりました……実はまったくいけてませんよ」
リオンは頷いた後で首を横に振る。
「少しは立派だと周りから言われる家に育ちましたが、紆余曲折を経て今はしがなく年に指折り数えるくらいしか仕事のない声優をしながらバイトと仕送りで狭いアパートにいます、ファンも覚えちゃうくらいしかいないし事務所からいつ肩を叩かれるか怯えてます、実は結構歳までいってますが夢見ちゃってます」
「……そうかぁ、俺も話したくもないくらいにいけてないし、彼女もいないしろくに仕事もしてないんだ」
「バリチェロ……」
「そう……俺はバリチェロが良かったんだ、もうバリチェロが良かったんだ、だからだ、あんたもずっとリオンが良いだろ?」
もう胴体も半分以上無くなっている。
涙を流し訴えるバリチェロ。
だが……
「いいえ」
リオンはゆっくりと答えて首を横に振る。
「そう……かい」
そして……バリチェロは消えた。
プレイヤーには全く危害は及ぼさない。
だがバリチェロというキャラクターは永遠に姿を消した。
「恥をかきました」
立ち上がり振り返り舌を出すリオン。
そんな彼女にゲームオーバーはクスリと笑って歩み寄り、
「今度、お食事しない? 声優さんって会ってみたかったんだ」
と、ニッコリと笑うのだった。
続く




