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第二十五話「誕生」

 駆け足。

 駅から、いやホームについた電車からの全力失踪。

 少女は短距離走よりマラソンの方に自信があったがそんな事は関係ない。

 息が切れる。

 脚がもつれかける。

 あと数十秒もそれを続けたら倒れてしまうかもしれない所で少女は目的地に着き、脚を止めて巨大な建物を見上げた。

 駅前の大学病院。

 激しい息を必死に整え、ふくよかな胸元辺りから何かが逆流してくるような込み上げを我慢しつつ彼女は病院の玄関に落ち着かない足取りで入っていく。

 少女の名前は武田真愛。

 平均を大きく上回る美少女だが、今の彼女は急の報せに狼狽え、焦り、見る影も無かった。

 


 五階。

 両親はもう先に着いていた。


「真愛……」


 個室の病室の入口に立った真愛の名前を呼ぶ母親の声は涙声。

 横に座る父親は沈痛の面持ち。

 パイプ椅子に座る夫婦の前にはベッド……そこには患者には似つかわしくないヘッドギアをつけた少年が寝かされていた。


「お兄ちゃん……」

「頭のヘルメットには触れてはダメだ!」


 ベッドに駆け寄る真愛に父親が注意してくる。

 VRヘッドギアをヘルメットと言ってしまうのはVRを知らない世代である。


「電話した通りだ……将雅(ゆうが)はゲーム世界に意識を移したままになっている、無理矢理にそれを外すと二度と意識を戻さないがヘルメットをつけた現状のままなら命には別状は無いと医師に説明を受けたよ」


 うなだれる母親の肩に手を置き家長として冷静さを保とうとしている父親は家族の最年少者である自分に現状を説明してきた。 


「イシュタル・シンドローム」

「知ってるのか?」

「うん、テレビで少しね」


 唇を噛み締めながらパイプ椅子に座る真愛は父親に頷く。

 イシュタル・シンドローム。

 一流私立女子高である聖シルフェリーナ学園でネット中毒者とはほぼ無縁の温室育ちのお嬢様校でも噂になっている社会現象。


「現実社会に不満を募らせた人が最期に行き着くゲーム世界だ、ってテレビで観たよ」

「ああ……」

「お兄ちゃんはそんなにゲームをやってたの?」

「わからん、ちゃんと学校にも行っていたしネット中毒等ではなかったと思うが……」


 高校進学で家を出てしまってから、真愛は滅多に実家には帰っていなかった。 

 その間の兄将雅の様子はわからない。

 仲の良い兄と妹だったと思う。

 小さな頃は何かと兄の後ろをついて歩いていた、どちらかというと理知的で理数系男子であった為か喧嘩もあまりした思い出はない。

 確かに将雅はゲームもやっていたし、インドア寄りであったのは間違いないが父の言う通りネット中毒というイメージは真愛の中にも無かった。


「でも命に別状が無ければどうにかなるんだよね? お医者様は何て言ってたの?」

「……」


 イシュタル・シンドロームという状態の噂は知っているが、詳しい内情まで知るよしもない真愛の問いに父親は、


「こちらからは何も出来ないんだそうだ」


 と、目をつぶり何かに耐えるように答えた。


「え?」

「ゲームをよく知らない父さんや母さんよりも真愛の方が分かるかもしれないが、向こうのゲーム世界にいる将雅が自分から帰ってくるか、ゲームオーバーになってゲーム世界から強制的に排除されないと意識がこっちに戻ってくる事は無いそうなんだ」

「自分からって……」

 

 いかに意識を移行できるまで発展したネットゲームとはいえそんな事が。


「ゲーム会社とかの方で何とでもなるんじゃないの? だってゲームを造ったんだし!」

「どうにも出来ないらしいんだ! 将雅は特殊な方法でゲームをやっていたらしい」


 やや強い口調になる真愛に父親の返答も強い物になった。

 特殊な方法とは後からすればシークレットレアの事だがその時の真愛にそれはさして重要な要件ではなかった。


「嘘だ、だって……おかしいよ? そんな危ないゲームがあんなに流行ってる訳ないよ!?」

「だってゲーム会社がそんな事故みたいな事の責任をとらないの!?」

「対策だってあるはずだよ?」


 矢継ぎ早に出てくる疑問と不満。

 喚いた所で始まらないのは解っているつもりだ、しかし真愛は言わずには居られかった。

 



 病院から父親の手配したタクシーに乗ってマンションの前に着いた時には既に午後九時を回っていた。


「お兄ちゃん……」


 マンションのエレベーターの壁に背中を預けてで兄を呼ぶ。

 返事はない。  


「お願い……帰ってきて」


 うずくまる妹。

 だがその涙声は遥か別世界の兄に届こう筈が無かった。



         ***



 朝陽がフローリングの床に射し込む。

 殆ど眠れなかった、いや眠らなかった。

 普段はあまり使わないラップトップパソコンで一晩中調べていた。

 イシュタル・シンドロームからどうすれば患者を帰還させられるのかを。

 使用キャラクターが判っているのならばメールフォームにメールを送り自らの帰還を説得するという物があり、実際に家出の様に仮想現実に逃げ込んだ者の多数がそれで説得を受けて戻ってきているらしいと知ったが、


「これじゃ……駄目」


 真愛はその方法を初めから選択肢から外した。

 更に調べていくとイシュタル・オンラインというゲームには他のゲームでは類を見ないとある特徴があった。

 ゲームオーバーしてしまったプレイヤーは三日間何を細工しようともログイン出来ない。

 すなわちゲームオーバーによる強制ログアウトさせられたプレイヤーは三日間は再び仮想現実に逃げ込む事が出来ないのだ。


「三日間は仮想世界には行けない……逃げられない」


 数時間の思考の後、朝陽に決意を誓う。

 もちろん兄、将雅のキャラクターが勝手に何処でゲームオーバーになる事を待つ事にしたという訳ではない。


「兄をヴァーチャルの世界で殺し、リアルの世界に取り戻す」


 この瞬間、わずか数ヶ月で伝説の域に達したキャラクター、ミス・ゲームオーバーが誕生したのだった。 



                    続く 

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