第二十三話「天才少年」
「すばり聞くよ? 何で君達はそういう行動をしていられるんだい?」
「どういう意味ですのよ!? そういう行動とは何ですのよ?」
ラフィアンの唐突な切り出しにソラは眉をしかめて見せる。
「神聖騎士隊の事業だよ」
「慈善事業ですわ、ただの事業とは大違いですわよ」
「そう! そこだよ」
ラフィアンはソラを指差した。
その態度に廊下の壁に背をかけ腕を組んでいたバリチェロが閉じていた目を開ける。
「慈善なんだよね? お腹を空かしたNPCへの炊き出しも盗賊やモンスターに困り果てた村への救援や討伐も!?」
「ですわよ、そこがミス・ゲームオーバーとリオン様の違いですわよ」
「お金もらわないんだよね?」
「決まってますでしょ? ゲームの中とはいえ現実にここまで近い世界で弱者から搾取なんてしませんわよ!」
「じゃあ誰から貰ってるのさ?」
「誰からって……」
返答に詰まるソラ。
「寄付さ、足りない分は隊長が負担している」
「寄付!? だから誰からさ? 名前は知ってるかい? 誰から幾らゲーム内のお金を貰っているか把握しているかい? リオン・ルージュの収入源は? 寄付なんていう予定もたたない収入で君達数十人に登る高レベルな冒険者たちがお金を気にしないで行動できるかい? こんな風に宿屋を三階まで何日も借りきれるかい?」
「……」
ソラの代わりにバリチェロが口を開くがラフィアンの即座の返しに返事が出来ない。
ソラは困ったようにバリチェロの方を向くが彼も今度は口を開かなかった。
「リオン・ルージュの側近と副隊長といっても過言でない二人が台所事情には全くのノータッチなんだね? 知らないんだったら代わりにボクが答えてあげるよ」
続けてラフィアンはソラに歩み寄る。
「な、何よ?」
「君達の活動資金は表向きは沢山のプレイヤーからの寄付やリオン・ルージュが個人的にゲーム内で貯めたお金を使っている事になっているけど……今までの尊敬を集めるような慈善事業や君達の潤沢すぎる装備を見ればそれだけじゃ絶対に足りない筈なんだ、こういうね」
「えっ?」
歩み寄ったラフィアンにマントを捲られたソラは驚く。
マントの裏には対ゲームオーバー対策に用意した魔宝石がしまわれていた。
「ほら……低級魔法を封じるだけでも高価な魔法石が七つも、もちろんゲームオーバー対策なら中級以上の魔法だろうから更に高いよね? そっちの人や下でゲームオーバーにやられてもがいている人達だって全部がレアアイテムレベルの装備、中にはスーパーレアレベルの装備だってつけてる、君達は強いからちゃんと自分で見つけたのもあるだろうけど大半は神聖騎士隊の資金で買ったんだろ? この世界の金銭を稼ぐ難しさは君達だって承知の筈さ」
「まぁな」
話しているうちに不敵な笑みすら浮かべ始めたラフィアン。
バリチェロはそれに反論せず同意する。
公式にはないがイシュタルオンライン世界内通貨は現実の通貨と取引が可能だ。
様々な方法でそれは出来る。
仮想ゲーム内の通貨に過ぎない筈のそれがあまりにも多いプレイ人口を背景に今や幾つかの中堅国の通貨よりも高いレートで円やドルなどに替えられるのだ。
レアアイテムのやり取りから手に入れる仮想通貨の収入から生活を担う者まで現れてしまう現実。
逆にそれだけに普通のゲームの様には簡単には手に入らない。
あくまで仮想の価値しか持たない普通のゲームの金銭ならともかく、現実の通貨と同じ価値を持ちえるイシュタルオンラインの通貨を幾らかの賛同を得たからといっても寄付で集める事はいかに名のある騎士であっても困難なのである。
「すなわち君達の潤沢な活動資金の元は……僅かな寄付金を募ってくれる一般のPC達ではなく、リオン・ルージュの個人的な金銭でもないんだ、それはほんの一部さ、大部分はこの世界でも現実世界でも湯水のように金を持ったスポンサーからの寄付だよ」
「……」
「……」
ソラは返答できなかった。
バリチェロも押し黙ってしまう。
知らなかったからでもあるが、何よりも不自然さを感じつつも気にしないようにしてきた神聖騎士隊の暗部。
今まで神聖騎士隊の資金面は全てリオンだけが担ってきた。
誰もそれには触れないのが不文律、聖域になっていたのだ。
「スポンサーに君達は操られている」
「そんな……あり得ませんわ!」
断言にソラが喰ってかかるが、ラフィアンは笑みを崩さない。
「もちろん、自尊心が強い君達にそれを感じさせるように相手は動いていない、あくまでも必要な時、必要な事だけの時に最大限に働いてもらうように気を利かせるさ、普段からはあれこれは言ってこないよ」
「証拠がありませんわよ!」
「なきゃ断言なんてしない、ボクはリオン・ルージュがあるキャラクターから大金を譲り受けている事を突き止めたんだよ」
声を上げたソラに自信満々に答えるラフィアン。
「あるキャラクター?」
「君達の騎士隊にロンバルディアって騎士がいるよね? ソイツがスポンサーから騎士隊に送られた番犬兼金庫番さ」
「ロンバルディア!」
ソラは声を上げた。
騎士隊の中でも中堅クラスレベル。
班長クラスを連れてきた今回の任務にはついてきていない少年騎士だ。
「ロンバルディアは大したレベルでもありませんし、リオン様とも親しくありませんわ! せいぜい中堅ですわよ!」
「レベルは必要ないよ、あくまでもスポンサーの意向をリオンに伝える伝達役だ、まぁ神聖騎士隊に入るだけでも凄いんだけど、入隊からしてスポンサーからのごり押しの可能性だってあるよね? 中で目立つ必要も発言権も必要ない……もちろんリオンと親しくなくてもいい、むしろリオン・ルージュがスポンサーの意向に従わなくてはいけない、資金が無くてはどうにもならないジレンマを抱えているなら伝達役となんて仲良くはなれないだろ?」
「……でも」
ラフィアンの突拍子もないと言える説明に迷いを隠せないソラ、バリチェロも同様、タバコをくわえて腕を組む。
「で……結局は何が言いたいのですの?」
「わかってないな……今回のゲームオーバー討伐はスポンサーの意向さ、ボクたちの追いかけていたターゲットがそうだと踏んでるんだ、会社社長でリッチマンだよ、ちなみに君達の隊長が大嫌いなシークレットレアの使用者で現実からの逃亡者という困った大人さ、ソイツを現実世界へ抹殺するためにゲームオーバーが動き出したから慌てて君達という最高の手札をゲームオーバーに仕向けたんだよ」
「そ、そんな事……バカな、あり得ませんわ」
今までの正義の戦いに曇りが存在するとは。
受け入れがたい事実にソラはあからさまに狼狽えてしまう。
「データーで観たいなら、リオン様のマイページのプレゼントされた履歴ページを君のマイページのメッセージに送ってあげようか? ロンバルディアから毎月バカみたいな金額が入ってるからね、ボクが言ってるのは絵空事じゃない、事実からの推理なんだよ」
「そんな……そんな」
世界規模のシステムを持つイシュタルオンラインは当然、対ハッキング防御も万全だ。
ある先進国の省庁レベルにもあるとも噂されている。
半端なハッカーには他人のマイページを覗くなどは絶対出来ないのだが、情報屋達のごくごく一部には可能な者がいるという。
ラフィアンがそこまでの相手だとはあまりにも意外だったが、しかし……あまりのショックによろめくソラにはそのような事はどうでもよかった。
傍らのバリチェロはフゥと大きくタバコの煙を吐く。
「本当の話なんだな?」
「バリチェロ!!」
「本当なんだな!?」
こんな話を受け入れるつもりか?
念を押すバリチェロにソラが眼を見開くが、彼はソラを無視してラフィアンに視線を集中させていた。
「本当さ……」
一閃!!
だが……ラフィアンは素早く後転して飛び退き躱した。
「ちっ!!」
「バリチェロ!?」
舌打ちするバリチェロ。
殺気に満ちた瞳。
混乱したソラ。
対するラフィアンは床に片膝をつきながら不敵に笑う。
「クックック……本当さ、ご察しの通りだ、もちろんロンバルディアのマイページも観たよ、スポンサーからのお金をリオン・ルージュ以外にも流していたよ」
「バリチェロ……」
信じられないといった顔を浮かべるソラをよそにバリチェロはラフィアンに詰め寄る。
「君はさしずめスポンサーの手先のロンバルディアの更に手先、正義感が強いリオン・ルージュへの隠れた監視役だね?」
「わかっていたなら何故、ここで、俺が居る場面で話をしたんだ?」
照らす壁のランタンの明かりにバリチェロの剣の刀身が鈍く光る。
ラフィアンの笑みは消えない。
「もちろんソラさんに信じてもらう為さ、データーなんて最終的には改竄や捏造とか言われたら水掛け論だからね、こう出てきてくれたら幸いだね」
「頭のいい切れるガキだな」
バリチェロは唇の端を吊り上げた。
引っ掛かってしまった事への怒り。
初めからラフィアンはバリチェロのこの行為を待ってソラに説明をしていたのだ。
「どうかな?」
「なに?」
「お互いに中身はわからない、ボクが実は人生経験豊富な初老の紳士って可能性を無視しちゃ困るな、少なくともこの程度の罠にかかる君は中身は中学生より上じゃ無いよね?」
「貴様……っ!」
もう容赦はない。
バリチェロは大上段に剣を振り上げてラフィアンに飛びかかる。
ソラが味方になってくれるのをラフィアンは期待していたのだろうが、ソラは混乱した思考と状況を整理できずに動けずにいる。
ならば相手は所詮は情報屋一人。
負けようがないのだ。
「多少は頭が切れようが……こうなれば手足も出まいっ!」
一撃目は躱されたが二度目はない。
確実に殺れる……三日の死に追い込めば!
だが生意気な美少年ラフィアンはまだ笑みを続けていた。
「ボクの頭の切れは多少じゃない、そして頭程じゃないけど手先の器用さにも自信があるんだけどな」
「なにっ……」
現れた時から徒手空拳であった筈の少年の手には……二つの魔法石が握られていた。
「えっ?」
慌てて自分のマントを見やるソラ。
さっきだ!
寄付の不自然さを説明する時にラフィアンはソラの魔法石を仕込んだマントをたくし上げてそれを指摘した。
その時に然り気無く抜いたのだ!
魔法石があれば魔力が無くとも詠唱さえすれば魔法が使える。
対ゲームオーバー用に一流の魔術師ソラが込めた魔法を無力な情報屋でも使えるのだ。
「しまったぁぁぁっ」
「遅いよバカ……リベレイション」
飛び込んだ所に投げつけられた石が詠唱と共に解放され、氷結と風の最大級魔法がバリチェロの胸元で発動した。
「あらら……君の魔力はスゴいね、守ってもらわなかったらボクも巻き添えだったよ」
十数秒荒れ狂った魔法の後、氷づけになり倒れたバリチェロと周囲を見てラフィアンは肩をすくめて見せる。
「あなた程じゃないわ」
マントを開けるソラ。
ラフィアンはそこにいた。
魔法が発動した瞬間にソラがラフィアンに駆け寄り高い対魔法防御を持つマントで護ったのだ。
「まさかバリチェロがそんな奴等に買収されていたなんて」
「仕方ないさ、お金で買収なんて現実でもよく聞くでしょ?」
「咄嗟に動けなくてご免なさい、私もバリチェロとは長かったから信じられませんでしたの」
「いいよ、勝手に魔法石使っちゃったしね」
「でもバリチェロはあなたを殺そうとしたし、おそらく話を聞いた私もその後で只では済まさないつもりでしたのでしょうけど……」
口封じにラフィアンを殺そうとしたのは解る、しかしソラには腑に落ちない。
「たとえあなたがゲームオーバーになったとしても、三日すれば再ログインして……」
「ソラさん」
言葉を遮ってラフィアンは振り返る。
「奴等はイシュタルオンラインのそのルールを変えようとしている……いや、既に少しずつ変えている、もうイシュタルオンラインというゲームだけの問題じゃない、もっと重要で深刻な現実と仮想が待ち受けているんだ……奴等にそんな勝手をさせない為にもゲームオーバーもリオン・ルージュも必要なんだ」
「……あなた」
少年のその表情にソラは息を呑み、只ならぬ事態が起きつつある事と少年が自分よりも大人であろう事を悟った。
続く




