第二十一話「少年到着」
「バリチェロ、横に……壁に寄ってなさい」
リオンの短い指示にバリチェロは素直に従う、冗談の一つも混じえる余裕はない。
「はじめましてミス・ゲームオーバー、貴女の討伐をしているのは私達ですから襲撃されても文句は言えませんが今の扱いには大いに不満があって出てきました」
「噂のリオン・ルージュに会えて嬉しいわ、こちらこそ初めまして、いきなり何か不満!? 聞かせてみてよ」
「いえいえ、貴女の襲撃の可能性があるという推測から部下に警備を任せたのですが、どうやら部下達は少し思い違いをしたようで」
互いに挨拶を交わしてから案外にフランクに話し出すゲームオーバーとリオン。
バリチェロはそれを緊張の視線だけで交互に追う。
「部下達はどうも貴女を私に辿り着かせない方向で警備を固め貴女に不意討ちを受ける始末です、それでは怪我人が増えるだけ、もっとも効率的な方向があるのに気づかなかったのか、それを行いませんでした」
「待って……当ててもいい? 一番効率のよい私に対する対策」
「どうぞ」
ゲームオーバーが手の平を向けて解答権をせがむとリオンはアッサリとそれを赦す。
女子学生同士がクイズでも出し合うようなやり取りだったが、
「始めからあなたが私の前に立ち塞がる」
「……正解」
その答えから二人からフランクな雰囲気は消え去ったのをバリチェロは感じた。
「始めから誰が二階を護るとか、屋上に誰を何とかとか言わずに私が貴女を迎え撃てば良かっただけの話なんですよ、最小の犠牲であなたを倒せる一番確実な手段です」
「なるほどね、でもこういう考え方を部下がした可能性があるんじゃないかしら?」
「何です?」
「隊長じゃ負けちゃう、ってね」
「ああ……な……るほどっ!」
二丁拳銃と世界唯一の宝剣。
イシュタルオンラインでは他に持つ者はいない武器を躊躇なく互いが手にかけた。
「ネメシスッッッ!」
リオン・ルージュの叫びと共に抜かれた剣の紅い刀身から放たれた眩いばかりの赤い光が周囲に拡がり始める。
だが先制はゲームオーバー。
十数発の連続射撃、だが拡がりながら迎え撃つ赤い光の中にリオンを目指し飛び込んだ弾丸はいきなり消え失せる。
『防御魔法が付随してるっ!?』
そうじゃない。
そんな訳がない。
本世界唯一の宝剣がその程度の訳がない。
勘に従うバックステップ。
ゲームオーバーを追いかける様に拡がる赤い光が強烈な爆発に変わったのはその次の瞬間であった。
***
「ネメシスの爆発!?」
爆発音にソラは表情を変える。
彼女はまだ二階にいた、撃たれた脚に回復魔法を施しリオンを護る為に三階に向かっていた。
「リオン様っ!」
回復魔法をかけたとはいえまだ痛む脚を引きずりながら二階の廊下を駆ける。
こういう時は何にしろ現実に忠実なイシュタルオンラインを恨む、大抵のゲームは回復魔法をかければ数秒前の大怪我でも関係ないのに妙な所で強い現実感を持たされる。
更に三階に駆け上がるとそこには廊下の横の壁に座り込むバリチェロがいた。
「バリチェロ! リオン様は? ゲームオーバーは!?」
「まぁ待てよ」
リオンとゲームオーバー。
探し求めている両方がいない事に声を荒げるソラをバリチェロは手で制しながら立ち上がる。
「あのゲームオーバーという女は普通じゃねぇな、大した予備知識無しだろう筈なのにネメシスの爆発を避けやがった」
壁の蝋燭の照らす廊下には既に殺気はない。
突き当たりのガラス戸だけが割れていた。
「あそこから外に?」
「ああ……隊長はそれを追った」
「戯れを、あんな鼠とリオン様では格が違うのよ、そこまで相手をする必要もないのに」
「どうだかな」
「バリチェロ!」
「いやいや……」
何を失礼なとばかりに怒鳴るソラ。
バリチェロは壁に背をかけ懐から煙草を取り出すと壁の蝋燭に近づけて一服する。
「いや人間的には解らんよ? ただ……」
「ただ何よ?」
「戦闘能力の格というだけなら俺にはどっちが上とは断言できないよ、出来るか? 今、一杯食わされたばかりのお前も?」
「……」
多数対一で大将を引っ張り出された失態をしてしまったソラには答えられない。
「でも負けないわ、リオン様には世界唯一の宝剣ネメシスがあるわ」
「アイツも銃を持ってる、おそらくアイツ以外に誰も持っちゃいない」
「私はリオン様を追いかけるわ」
「邪魔になるぜ、いかない方を勧める」
リオンに加勢しようと外に出ようとするソラだったバリチェロに振り返る。
「私が邪魔に?」
「誤解すんな、俺たちだって弱くない、このイシュタルオンラインの中で上から数%と言ってもいい力があるだろう……しかし」
そこまで話してバリチェロはフゥと煙草の煙を大きく吐き出す。
「あの二人は違う、おそらくあの強さはこのオンライン上には十人もいないさ、行っても邪魔になるだけだし、そんな二人が闘うんだ、何か意味がある気がしてきた」
「リオン様とゲームオーバーの一騎討ちに何か意味がある? あなたは何を言ってるのよ!?」
「だから何かだよ、気がしてきただけだからな、詳しくは聞くな、勘だよ勘」
「バカみたい! 私は行くわよ、万が一があったら……」
踵を返したソラの言葉が止まる。
ただ言葉を止めた様子ではなかった。
「どうした……んっ?」
ソラの視線を追うバリチェロも煙草を吸う手を止めた。
二階からの階段。
そこにはいつの間にか一人の美少年が立っていた。
「はぁはぁ……やっと来たのに、どうやら遅かったみたいだ」
走ってきたのか、激しい息を整える少年にソラはすぐに反応を見せる。
「あなたはゲームオーバーのパートナーのラフィアンッ!」
「待ってくれ、待ってくれ、違う違う、違うんだよ!」
「手配の画面は見たのよ、見違えるわけない」
「そういう意味じゃない、ボクはラフィアンだよ、それはあってるけど違う、大変なんだ! とにかく話を聞いてくれっ!」
プレイヤーとしての情報収集時にゲームオーバーの数少ない仲間であるラフィアンの顔をソラはちゃんとチェックしていたのだろう。
魔法を使おうと右手を上げる彼女にラフィアンは慌てて両手を振る。
「頼むよ、君達の隊長に関係する大切な事なんだよ、聞いてくれっ!」
「問答無……」
「聞いてやれ!」
構わず魔法の詠唱を始めようとするソラだったがバリチェロが鋭い声で制止させる。
「な、何でっ、コイツはゲームオーバーの仲間なのよっ!」
「さっきも言ったろ? お前はこの世界でも十二分に強い分類なんだ、情報屋相手に闘いをがっつくなよ、殺りたければ話を聞いた後でもどうにでもなる! だろ?」
煙草を再び吸いだすバリチェロ。
ソラは右手を下げた。
「……わかったわ、三十秒だけリオン様には余分に待ってもらうわ」
「話せよ、その代わりつまらない話や嘘だったら俺はソラをもう止めないぜ」
「あ、ありがとう」
渋々と話を聞く事にした様子のソラ。
話を促し視線に向けてくるバリチェロに緊張ぎみに礼を言うと、
「僕たちは闘うべきじゃない、闘うべきじゃないのに闘わされてるんだ」
ラフィアンはそう強い口調で切り出した。
続く




