第二十話「階上射撃」
「ゲームオーバー……っっ!!」
五人の騎士達と階段下で倒れソラは呻く。
誰も殺されてはいない、ただし全員が膝を銃弾に撃ち抜かれている。
激しい痛みに立ち上がる事も出来ず、当然階段を上がる事も出来ない。
どうしてわざわざ膝を撃ち抜いたのか、動きを止めたいなら脳天や心臓を撃ち抜く方が遥かに簡単であるが、なぜそうされたのかを問い質す前に晴れていく煙の向こうに姿を消している。
「まさか二階にくるなんてっ」
警備の裏をかかれ完全に脚を止められたソラは這いつくばりながら床を思いっきり叩いた。
「二階だ、発煙筒みたいな物で煙だらけになっているみたいだ」
二階の異変は三階に詰めていた者達ももちろん察知していた。
相手が二階を攻撃してきたなら三階と一階からで挟み撃ち。
これが常套手段であるがバリチェロと三人の騎士達は迷った。
確かに一階のソラ達と挟み撃ちにすればいかにミス・ゲームオーバー相手といえども有利に展開するに違いない……だが彼等は直線的な思考に身を委ねる訳にはいかない理由があった。
リオンの警護である。
二階での立ち回りがもし二階に警護の騎士を集める陽動だとしたら、何らかの策略だったとしたなら、隊長であるリオン・ルージュの周りが薄くなりゲームオーバーにその隙を突かれるかもしれないのだ。
「どうする?」
「そうだな……煙が厄介だな、二階に向かったのは良いがやり過ごされて三階に上がられたらマズイ事にもなりかねん」
思考を巡らせるバリチェロ。
もちろん即決が必要な場合であるのは十二分に解っているが数秒は考えてしまうのが性という物であろう。
二階に行くか、行かないか。
大まかに言えば二者択一だが指揮というものはそこまで単純ではない。
警護は他の騎士に任せ自分だけが二階に様子を見に行くという方法もあるし、逆に自分だけが残るという手もある。
細かい手を考えるのなら行動は幾らでも浮かぶのだ。
思考と決断、そして行動。
この手順。
分かれた味方同士が二階という連絡路を断たれた時、各々のこの手順がピッタリ合うという事など滅多にないのだ。
ソラは迷わず動いたがバリチェロはそうでなかった、しかしそこでバリチェロという騎士の指揮能力を疑うのは早計だ。
一階のソラは相手を求めて行けばいい、しかしリオンを直接護るべきバリチェロは立場が違うのである。
「少し様子を見よう、三階の廊下で二階の反応を窺いつつ隊長を護るんだ!」
バリチェロの判断はこうであった。
正しい判断と言っていい。
だがそれは二階を襲撃してきたゲームオーバーの予想の手の中にあり、そして一階のソラの行動とは合致しない。
だからこそゲームオーバーは確実に階段を上がってくるであろうソラ達を階段の上で待ち受けたのである。
***
「ソラ達はやられたのか!?」
二階からの物音がしなくなり数分。
実際の時間としては短いが戦闘の中では長すぎる膠着に仲間の騎士達が逆に落ち着きを無くしてくる。
「待つんだ、時間の経過はこっちに有利に働く筈だ、騒ぐな」
「しかしな、ソラ達の様子も気になる! 俺は下に行くぞ!」
「俺もだ! 何がミス・ゲームオーバーだ、俺の連続斬舞の塵にしてやるよっ」
百戦錬磨の騎士達なのに取り乱しやがって。
残る四人の仲間のうち特に五月蝿くなった二人にバリチェロは心の中で舌打ちをした。
残る二人も冷静という訳でもない、かなり緊張した様子だ。
ミス・ゲームオーバーという相手のビックネームにいつもの調子でなくなっているのか。
神聖騎士隊の名前も負けないほどのビックネームに違いないが、それには=(イコール)リオン・ルージュという名前がつく。
あくまでも自分個人ではないのだ。
『そうだ、隊長!』
いつもなら以上になれば真っ先に飛び出して先頭に立つ少女がいない。
まさか部屋にいて異常に気がついていないという事はないだろう。
「もう行くぞ!」
「俺もだっ!」
「まてっ、隊長の安全確……」
二階には向かおうとする二人。
バリチェロが口を開いた瞬間、銃声と共に目の前の二人がわめき声を上げて廊下に倒れる。
「ぎゃあぁぁっ」
「い、痛いっっっ」
「!?」
一人は右足、もう一人は左足の各々が甲を撃たれていた。
二人はあまりの痛みにのたうち回り、一人は気絶した。
『まさかっ、床かっ!?』
廊下の木張りの床に小さな穴が開いていた。
宿は高級なレンガ造りだが床は木製だ、レンガは壁には向くが積み重ねていく工程から床材には向かない。
歩くだけでギシギシ鳴るような安普請ではないがある程度の威力の銃なら貫通は十分に可能である。
『コイツら興奮して声がデカかったし、足音も立てた……だからって下の階から撃てるモノかよ!?』
驚愕しながらも二人を制止していたせいで次点にうるさかったのは自分だとバリチェロは声を潜めた。
残る二人の仲間も騒ぐ事が自殺行為である事は理解できた様子で動く事をせずバリチェロに次の行動の指示を求める視線を向けてきた。
まだ脚を撃たれて騒いでいる者がいるがあえて相手はしない、仲間だが自業自得であるし騒いでくれた方が相手へのカモフラージュを果たしてくれるだろう。
「隊長の部屋に行くぞ、お前は後で治療してやるから待ってろ」
少し考え最低限の声を絞り出し残る二人とまだ床で転がっている負傷した仲間に指示を出すとユックリと歩を進めるバリチェロ。
二階を窺い階段を向いていた三人はリオンの部屋のある三階の奥に向き直り、静かに歩を進め始める。
下手な音を立てたら、まだのたうち回っている二人の様になってしまう。
慎重に、慎重に。
だが無情な銃声が鳴り響いた。
「うわぁぁぁっ!」
脚を撃たれて崩れ落ちる残る仲間二人。
「なっ……」
息を呑み振り返るバリチェロ。
そして信じられない物を見る。
「はぁい」
すぐ背後に両手にオートマチック拳銃を構えたゲームオーバーが薄笑いを見せながら立っていたのだ。
「お、お前……」
「下から撃たれたからって意識を下に向けすぎたわね、抜き足差し足で奥の部屋に向かうのも聞こえていたわ、後は普通に階段を上がってきちゃっただけ」
「なるほどな……だが」
流石は世界的ゲーム内で伝説級の強さを唱われるだけはある。
納得はしたし腕に自信がある筈の自分でもまともにやれる相手ではないかもしれない。
しかし銃を向けられたからといって敗北を認める程バリチェロは参っていなかった。
距離は数メートル。
幾ら床に気を取られていたとはいえ、三人の高レベル騎士に背後から近づく動きだけでも感嘆物だが、それだけ飛び道具にも腰の剣にも有効な射程になっている。
決めた……
「止めなさい」
落ち着きがあり高貴な印象のある少女からの指示の声。
バリチェロは剣に伸びかけた手を止めた。
自分を挟んでゲームオーバーの対極に立つ金髪の少女。
リオン・ルージュ。
紅い鎧に紅い鞘の剣を差した騎士とジャンパーにショートパンツに両手銃の暗殺者。
「エライ人達の間になっちまったぞ」
バリチェロはその状況にもう苦笑を浮かべるしかなかった。
続く




