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第二話「仮想自殺」

「ゲームオーバー、依頼主の佐橋夫妻から息子さんが意識を戻したという連絡を貰ったよ、とりあえずはあらゆるVRシステムにログイン出来ないように隔離病棟入りらしいよ」

「目標をゲームオーバーさせたその後には興味はないわ」


 騒がしい大衆食堂。

 ゲームオーバーと呼ばれた短い黒髪ポニーテールの少女は、木製のテーブルの正面に座るハンチング帽を被った少年に素っ気なく答え、コーンクリームスープをスプーンで口に運ぶ。

 ゲームオーバーの服装は先程、冒険者クロウを強制ログアウトさせた時のままだが、サングラスは外している。

 それを外すと十六、七歳の年齢相応の少女。

 瞳も丸目で美しいというより可愛らしい。

 相対する少年はやや色褪せたシャツにスボンとブーツ、全てが布製でこの世界の標準的な市民の格好。



 十五歳設定の美少年で名前はラフィアン。

 格好からも判る通り彼は冒険者ではない。

 このイシュタルオンラインの世界には冒険者としてでなく普通の市民としてゲームの人生を楽しむPCも数十万単位はいるし、NPCというコンピュータが造り出した世界を構成する者達は既に把握不可能な程に存在しているとまで言われている。

 皆が何かを装備した冒険者ではなく、この世界の社会を構成する人々なのだ。



「よくよく話を聞けば佐橋佑介くんも可哀想なんだ、会社でも居場所が無いらしくて上司から無理矢理押し付けられた難しい仕事で大失敗、半ば仕込まれた懲戒解雇で悩みまくってた三十二歳なんだって」

「この世界に逃げ込む事の正当化の理由には出来ないわ、VRヘッドギアをしたままログインした世界から還ってこない彼を両親は高い入院費を払って生命維持していたのよ、心身だけでなく金銭面での負担もわかる? ラフィアン」

「もちろん」


 ゲームオーバーの問いにラフィアンは肩をすくめて、テーブルの上のシュリンプを指でつまんで口にする。


「こらっ、欲しかったら頼めばいいでしょ? 行儀悪いわね」

「なかなかに美味しいね、この美味しさは信じられないけどヴァーチャル、でも今ヘッドギアをしている現実の僕は朝に食べた貧相な菓子パン以外は口にしてないし、もう二時だからお腹もかなり減ってる、例の佐橋佑介くんは二週間もログインしっぱなしでログアウトは一切なし、御両親がそれに気づいたのは三日目、飲まず食わずでかなり衰弱していた状態だった、もちろん大小だって垂れ流し」

「ヴァーチャルでも食事中なんだから言わないでいいわよ……とにかくVRヘッドギアに搭載されている身体の危険を察知して強制ログアウトさせる機能のメディカルアラートが作動してない、それを彼は無視できたって事よね」


 ゲームオーバーは小皿にシュリンプを幾つか取り分け、ちゃんとレンゲを添えてからラフィアンの前に出す。


「ありがと、そういう事、精神が入り込むVRプレイの心配事だった現実世界でのお漏らしが無いのは脳波から詳細に実際の身体の方を絶えず監視してるからさ、トイレが近い僕の友達なんかすぐにアラートがなって強制ログアウト、お腹が減っても強制ログアウト、その他も色々とあるよ、もちろんその機能を切るなんて出来ない」

「でも佐橋佑介……クロウのプレイヤーはアラートどころか、管理者からの強制ログアウトも受け付けなかった、唯一のログアウト方法は本人がログアウトを選択するか、HPゼロ以外での強制ログアウトだけ」

「だね……そしてこんな事件は確実に幾つも起きている、HPゼロ、いわゆる仮想世界で死ななければ現実世界から仮想世界への逃避がイシュタルオンラインで可能になってる、もちろん会社は事故は極々少数、マイノリティだと取り合ってないけどね……別段それだって本人がログアウトを選択すれば何の問題もなく還ってこれるんだしね」


 ゲームオーバーとラフィアンは見合う。

 イシュタルオンラインは今や世界で数億とも言われるプレイヤー人口を持ち、サービス開始当時マイナーだった管理開発会社イシュタルコーポレーションの企業経済規模は国連加盟国と比べてみてもかなりの上位にまで達した。

 無論、国家規模の経済力を背景とした政治力も相応で、多少の風聞には揺らがない。


「マイノリティ……まぁね、誰でも佐橋佑介の様に仮想世界に完全に逃げ込める訳じゃないものね、ごく少数だけ」

「ああ……」


 ラフィアンは分けられたシュリンプを片付けて指を軽くペロリと舐めて少年の瞳を鋭くさせた。


「非公式アイテム、シークレットレア……これを手に入れた者だけがイシュタルオンラインで現実逃避自殺できるんだよ」




                    続く


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