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第十八話「敵中感察」

 組織対個人。

 多くの場合は前者に分があるがそうでない場合も存在する。

 個人はその者が居なくなれば終わりである半面、組織は誰が居なくなっても期間はどうあれ続いていく物。 

 失っては困る人物が狙われるという内容の情報があれば真偽はどうあれその護衛がどうしても最重要課題とならざる得ないのである。

 それはゲームオーバーすなわち死には繋がらない筈のイシュタルオンラインの中でもほぼ変わらない。

 これまで無敵を誇ってきたからこそ、三日後には復活するにも関わらず隊長を暗殺から護れないいう事は積み上げてきた大切な物を喪う事を隊員達は解っていた。




「隊員は全員が交替でこの宿を護る、今まで三階のみだった貸し切りフロアを二階まで、一階は従業員のスペースだからいわゆる全館貸し切りだ」

「これくらいは当たり前です、バリチェロ、あなたにもしっかり隊長を守ってもらいます」

「へいへい」


 土曜日の午前。

 討伐本部を置く煉瓦造りの三階建て宿屋を見上げるのはソラとバリチェロ。

 対ゲームオーバーの警備の内容を確認したバリチェロは気合いの入るソラにやや呆れ気味に手をパタパタと振った。


「でもよぅ、まだ隊長が目的と決まった訳でもないし、こういうのは隊長自体が嫌いそうな気がしねぇか?」

「あなたバカですのね!」


 バリチェロに対しソラは怒鳴り紅いマントを翻して右手を上げる。


「ゲームオーバーは火曜日までに決着をつけると言いましたの! ならば相手に少ない確率の勝利があるとしたら隊長を倒すだけですわ、隊長は私にそこは任せると言ってくれました、好む好まざるは関係ありません、もし隊長を討たれるような事があれば神聖騎士隊の名に関わります、存続すら危機になりますわ」

「まぁ名前は大切だわな、でもあんまり警備を強めたらゲームオーバーが感づいて襲撃を中止しかねないだろ?」

「それくらいわかってます、あくまでも表向きは今までと同じ風を装います、宿にも協力を得ていかにも貸し切りは三階のみに見せかけて、更に一階にも火曜日までは従業員に扮した隊員を警備につかせます、そして!」


 バリチェロの懸念にそんな事は解ってるとばかりに力説しソラは上げた右手をグッと胸元に下ろして握り締める。


「この宿屋の二階と三階はこの魔術騎士ソラの魔術防御の粋を尽くすわ! 暗殺者風情が騎士を襲撃しようなんて百万年早いと思い知らせてやりますわ!」

「ハイハイ……気合い入ってんな、まぁ俺も魔法は無理だが自分なりに知恵を絞らせてもらう事にするわ」


 語気を強める銀髪ツインテール魔術騎士をよそにバリチェロはもう一度宿屋を見上げ呟くのだった。



         ***



「どう?」

「明らかに警備のレベルが上がってる、おそらく人数も増えてるわね」

「なんでわかるのさ? 見た目は何も変わってないんだけど」

「気配が違うの、宿屋全体がピリピリしてる」


 ラフィアンにゲームオーバーは答える。

 二人は神聖騎士隊の宿から道路を挟んだ広場で開かれている青空市場の観衆に紛れていた。

 ラフィアンもそして当然だがゲームオーバーもいつもの格好ではなく地味な色の外套を身につけている。

 青空市場は比較的貧しい部類の冒険者や住民を相手にする物で雑多な品物が売られ、うろついている者も品が良いとはいえない者が多いので外套で顔まで隠した者など怪しい者の部類にはとても入らない。

 PCかNPCかは判らないが他に怪しい者など吐いて捨てるくらい周囲には居る。


「リオン・ルージュが本当に身を護りたいならこの街の富裕地区の城みたいなホテルにでも泊まればいいんだよ」

「あなたみたいな俗物じゃないんでしょ、富裕地区のホテルに泊まって街の何がわかるのよ、そういう事でしょ?」

「ひどいなぁ、ボクが俗物だったらとっくに君をリオン・ルージュに引き渡して彼女と仲良くしているよ」


 もっともな疑問を皮肉で返されたラフィアンは頬を膨らませる。


「ふふっ、そんな裏切り者を彼女が気に入ってくれるかはわからないわよ」

「多分ダメだね、だからボクは君とボロをまとって逃げ隠れしてるんだからね、さてこれからはどうする?」

「そうね……皮肉のお詫びと言っては何だけどラフィアンにも解るようにあの宿屋の今の警備状況を見せて上げるわ」


 ゲームオーバーは悪戯っぽい笑みを外套の奥から見せると、暇そうに広場の隅に座る男二人に近づいて、しばし言葉を交わす。


「何してんだろ? プータロー達になんて話しかけて」


 首を傾げるラフィアン。

 彼らはいわゆる貧民達だ、大部分は要領の悪いNPCがなってしまう者だが中にはPCもいるし、好んで貧民暮らしを楽しむPCすら存在している。

 話はすぐに済んだ様でゲームオーバーはラフィアンの元に戻ってきた。


「あいつらに調べてもらうの?」

「まさか、出来る訳ないじゃない……あいつらにも出来る事を頼んだわよ」

「何?」

「これとこれ」


 ゲームオーバーは銀貨を一枚手の平に出した後でもう一枚金貨を足した。


「銀貨と金貨?」

「ええ、あの宿屋の前で大声で喧嘩してくれたら銀貨を贈呈、さらに買った方に金貨を進呈って言ってきた」

「え……ああ、そういう事かぁ」


 驚くラフィアンだがすぐに意図を理解するとコクコクと頷く。

 男二人は揃って広場を出て石畳の道路に歩み出すと……いきなり奇声を上げ互いに殴り合いを始めた。

 反応は早かった。

 ほんの十秒もしないうちに軽装鎧に身を包み剣を持った男が四人も宿から飛び出して、喧嘩を始めた二人を取り囲む。

 唖然として喧嘩を止めてしまう二人。

 事情がわからずゲームオーバーの方を観てくるが……銀貨を渡してきた依頼主はすでにもう一人と市場の雑踏に姿をくらましていた。


「ね? すぐに来たでしょ? それに三階だけじゃなく二階の部屋の窓にも幾つか人影が見えたわ、あの宿は貸し切ってるわね」


 ラフィアンの手を取り足早に市場を抜けウインクするゲームオーバー。

 

「なるほどね、相手はやっぱり守備固めしてるんだ、よくわかった」

「そう、だから捜索の手は当然薄い、火曜日まではこっちも落ち着けるし街での情報収集だって出来るって事よ」

「それって……ボクがやるんだよね?」

「当たり前でしょ? 何の為にグレースにまで協力してもらったと思ってるのよ? 今度は言い訳させないわよ、ターゲットに繋がるいい情報を期待しているわ」

「やっぱり~」


 不安が的中した様に一度は頭を垂れてみせたラフィアンだったが、


「まぁ仕方ないか、君が珍しく素晴らしい頭脳プレーを見せてくれたんだからボクも頑張るしかないか」


 ゲームオーバーに曳かれた手をダンスの始まりの様にやや持ち上げて可愛らしい笑顔を浮かべたのだった。


   


                    続く


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