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日帰り異世界

 私の祖父は異世界の魔法使いだった。そして私は祖父に弟子入りし、異世界に日帰り旅行ができる魔法使いになった。

 え? なんで日帰りかって?

 女の子が夜歩けるような治安の良い世界じゃないから、らしいよ。




「はい、レースのリボン三レットに赤の布一枚ですね。合計で二十二バームのところ、おまけして二十バームでいいですよー」


 にこにこにっこり。接客の基本は笑顔、それはどこに行っても同じらしい。

 ここはリンドル国にある、少し大きめの町、ダート。簡単に説明すると異世界です。終了。


「サヤ、いつものは無いの?」

「あー、すみません。もう売れ切れちゃって……次はもっと多めに用意しときますね」

「サヤ、酒をくれ! ショーチューをこの皮袋いっぱいに頼む!」

「はいはーい、ちょっと待って下さいねー」


 ダートの朝市に私は土曜か日曜の朝だけ出品している。私が定位置の隅っこに陣取ってシートがわりの布を広げたとたん、お客さんがやってきた。そのまま客足は途切れる事なく、なんと昼前に完売! うわー、自分で言うのもあれだけど、人気だなあ。

 品物は、主に百均商品だ。

 リボンやレース、布が女性に人気で、香り付きの石鹸もちょっと高め設定だけどよく売れる。

 男性に人気なのはお酒だね。焼酎とかブランデーとかを量り売りしてるんだけど、あっという間に売り切れちゃう。

 丸ごと一本売ってくれ! って人もたまにはいるんだけど、この世界まだガラス製品が高価らしくて、すごい金額になってしまうからめったに売れない。まあ、この市場の顔役さんには月に一本収めてるんだけどね。


「もう店じまいかい? いいねえ、あやかりたいよ」

「あはは、遠い国の物ですからねー珍しいんでしょうねー」

「サヤはお師匠様と外国で暮らしてるんだっけ?」

「あれだよね、山に籠もって修行してる魔法使いの師匠の為に、こうして資金を稼いでるんだよね。えらいねえ」

「あ、あははー」


 周りで野菜や籠やらを売っているおばさん達にいろいろ尋ねられるのを、ほぼ笑ってごまかす。

 周りの人には、私は偏屈で人嫌いな魔法使いの弟子で、たまにこうやって出稼ぎみたいな事をして資金を集めてるんですー、と、言ってある。

 だからマッチとかを売っても、魔法使いの作った品物、と認知されてるらしくて騒ぎにならない。良かった良かった。


 上に置いた品物が無くなってすっきりした布を片付けると、私は売り手からお客に変わる。


「おばちゃん、今日のお勧めはなに?」

「そうだねえ、このマデルとか、ああ、ナッシナもいいよ」

「ふうん、根菜と菜っ葉か。どうやって食べるの?」

「マデルの方はスープだね。こっちのガテーツを入れて煮込むと汗が出て身体に良いよ。ナッシナは炒めてもいいし、サラダにしてもいい。どっちも今が旬だよ」

「うーん、よし、買った!」

「あいよ、毎度あり」


 市場を回って食材を買い集めて、今日の用事は終わり。

 後は気ままに屋台を冷やかしたり、魔法具店を覗いたりしていると、空が赤くなってきた。


「そろそろ帰る頃か」


 腕につけている銀の腕輪が光を放ち出したのを見て、私はさりげなく人気の無い脇道に入った。光は次第に強くなり、私を包み込む。

 そして目を開けると、いつも通り私の部屋なのだ。




「はい、おじいちゃん。今日はマデルのスープとナッシナのサラダだよー」


 私が作りたての料理を持って部屋に入ると、おじいちゃんは嬉しいような困ったような顔をした。


「沙耶。またあちらに行ってきたんだね」

「うん、ちょっとだけね。ほら、それはいいから冷めたいうちに食べてよ。味付け、これでいいのかなあ?」


 あえて話を逸らして勧めると、おじいちゃんは苦笑しながらスプーンを取った。

 マデルは市場のおばちゃんに聞いた通りガテーツと、後お肉やじゃがいもとかを入れてスープにしたんだけど、なんか紫色の液体になったんだよね……いや、味は普通だったけど。

 ちなみに、調味料も向こうの世界の物を使ったし、味付けも向こうに合わせている。向こうの味付けは基本薄味。私にはちょっと物足りないけど、身体には良さそうだから、そういう意味でもおじいちゃんに食べてもらいたいんだよね。

 内心ドキドキしながら見守っていると、おじいちゃんはスプーンで紫色のスープを掬い口の中へ。


「……懐かしいな」


 皺だらけの顔がふわっと笑みに綻ぶ。それを見て、私は詰めていた息を吐き出した。


「美味しい?」

「ああ、美味いよ。ナッシナのサラダも久しぶりだな」

「あ、そのドレッシングはお母さんの手作りだよ。カロリー控えめ!」

「ははは、そうか」


 おじいちゃんが少しずつスープを口に運ぶ姿に、私は密かにほっとしていた。

 ……おじいちゃんが倒れたのは去年の暮れだった。

それから持ちなおして今は元気になってるけど、まだ一日のほとんどは寝たきりだし、食事の量もがくっと減った。

 それで私は考えて、おじいちゃんの故郷の料理を作ることにしたのだ。




 おじいちゃんが私を自分の故郷である異世界に連れていってくれたのは、私がまだ小さな子供だった頃だ。私は家族の中で一人だけ魔力を持っていて、よく暴走させていた。

 自分が怖くて落ち込む私を弟子にして魔法を教えてくれたのも、異世界の市場に連れていって元気づけてくれたのも、おじいちゃんだった。

 おじいちゃんは歳をとって次元移動が出来なくなっちゃったけど、私はまだまだいける。

 だからもっともっといろんな料理を教えてもらって、おじいちゃんに食欲を取り戻してもらうのだ!



「……ふう。ご馳走様、沙耶。だがなあ、気持ちは嬉しいがあちらは物騒だし……」

「はいはい、わかってますって。だからおじいちゃんも、私の腕輪には夕方までの制限をつけたでしょ? 夜になる前に帰ってくるんだし、大丈夫だよ」

「ううむ、しかしなあ」

「片付けてくるねー」

「あ、これ待ちなさい。まったく……」


 おじいちゃんはまだ何か言っていたけど、私は無視して部屋を出た。そして、空になった食器を片付けに行きながら、次はいつあちらに行こうかと考えるのだった。

 お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] おじいちゃん思いの優しい孫の話、読んでいて微笑ましかったです。 あっという間の文字数ですか、きちんと構成が練られていて、わかりやすくてよかったと思います。
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