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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
96/398

彼方のゴールをめざして

 優勝者と二位入賞者がなかなか現れず、表彰式は予定より大幅に遅れて行われた。

 それでも観客たちは、エレーナとラニーニが姿を見せると、熱烈な歓声で迎えた。メインレースのMotoGPのスタートが遅れることに不平を洩らす者は、ほとんどいない。

 開幕以来、ヤマダの新人が連勝を続けるMotoGPクラスより、毎レース白熱したデッドヒートを繰り広げるMotoミニモの人気が上回ってきている。

 久しぶりに表彰台頂点に立つ女王エレーナと、写真判定までもつれ込んだラニーニの追い上げは、おそらく今回も同じレース展開であろうMotoGPより興奮させてくれた。


 ロシア国歌が流れるとラニーニは再び悔し涙を溢れさせた。エレーナに負けた悔しさもあるが、チームのみんなの思いに応えられなかった自分が、どうしようもなく悔しい。

「フィニッシュラインを越えた時、私のエンジンは止まっていた。今日ほどゴールが遠いと感じたレースはなかった。ラニーニにとっては、少しだけ近すぎたようだったな」

 それがレースだ。エレーナの言葉には、敗者に対する優しさと厳しさが込められていた。

「わたしのゴールは、まだまだずっと先だとわかりました。いつか必ず辿り着いてみせます」

 ラニーニは涙を拭い、懸命にエースとしての誇りを保とうとした。しかしすぐに堪えきれない涙が溢れだす。唇を噛みしめ堪えようとするが、鼻水まで垂れてくる。

 飾った言葉ではない。いい顔をしている、とエレーナは思った。

「簡単には辿り着かせない。私も全力で塞ぐ。だがその前に、応援してくれた人たちに笑顔で応えてあげようじゃないか」

 顔をぐちゃぐちゃにして泣くのを堪えるラニーニに、エレーナは頭からシャンパンを浴びせかけた。


 滴るシャンパンで涙を誤魔化し、必死で笑顔を作ってシャンパンをかけ返す。


 やっぱり自分はまだエレーナさんたちには及ばない。今日は運がなくて負けたんじゃない。テクニックも届かないけど、ライダーとしての大きさが違う。

 レース結果は数センチの差だったかも知れない。しかしエレーナさんとの間には、まだまだ届くことのできない大きな差が拡がっているのを改めて感じた。

 それでも硬かった作り笑いが、自然な微笑みに替わっていく。

 少なくても、女王から全力で塞ぐ相手と認められた。



 エレーナとラニーニが表彰式に向かったら、眠そうにしているシャルロッタの目を盗んで、すぐにベッドを脱け出そうとしていた愛華だったが、二人と入れ替わるようにスターシアがやってきてしまった。

 上手く誤魔化してパドックに戻ろうとしたが、先にシャルロッタが『しばらく安静』というドクターの言葉と『逃げないように見張っておけ』というエレーナの言葉まで伝えてしまう。

 さすがの愛華も諦めるしかない。アイカちゃん大好きなスターシアさんが、逃がしてくれるはずがない。下手に抵抗すれば、添い寝で子守唄なんか聴かされそうだ。

 そんな失礼なことを考えていた愛華に、スターシアは着替えを渡してくれた。初めて気づいたが、愛華は皮ツナギの下に着ていたタンクトップとスパッツだけの姿である。医務室を脱け出そうとしていたが、こんなんで外に出たらメチャメチャ恥ずかしいところだった。パドックには大勢の観客やカメラマンもいる。もっと露出度の高いレースクィーンやキャンペーンギャルもいっぱいいるけど、観せるコスチュームと汗まみれのアンダーウェアはちがう。体型もちがう。

 とりあえずスターシアさんに感謝して、着替えることにした。シャルロッタも着替えるためにパドックに戻っていった。

「着替えるんでカーテン閉めますね」

 愛華がそう言うと、スターシアはベッドのまわりのカーテンを閉めてくれた。

「あの……、スターシアさんも外に出てくれますか?」

 なぜかカーテンの内側にいるスターシアさんに、お願いをしなければならなかった。たぶんそうするだろうとはわかっていたけど。

「左手が使えないアイカちゃんの着替え、手伝うようにエレーナさんに言われてるのよ」

「大丈夫ですから、外に出ててください」


 そういえば、気づいた時からこの格好だけど、もしかしてエレーナさんたちにツナギを脱がされた?うわぁ、恥ずかしいよぉ、どうしよう。


 真っ赤になって押し出そうとする愛華と脱がそうとするスターシアで、きゃっきゃっ、うふふ、とやっていたが、ロシア国歌が聞こえてきて、二人ともふざけるのをやめた。

 並んで窓から眺めると、メインポールにロシア国旗が掲揚されていくのが見える。右にラニーニのイタリア国旗、左にケリーの星条旗も揚がっていく。


 エレーナとラニーニが同タイムだったと聞いて、愛華は少しだけ嫉妬した。ラニーニが自分より前に行ってしまったような気がした。ランキングトップのエースなのだから、ラニーニの方が自分より格上なのはわかっているが、エレーナさんに近づいたのがちょっと悔しい。そんな愛華の心中を、スターシアが察する。

「今度は日の丸を真ん中に揚げましょうか?」

「そんなんダメです。次は絶対シャルロッタさんのイタリア国旗です!」

 スターシアの本気とも冗談ともつかない問いに、愛華は強く否定する。スターシアはますます愛華をイジりたくなった。

「あらあらシャルロッタさんが羨ましいわね。私、来シーズンはエースにしてもらおうかしら。アイカちゃんは、私とシャルロッタさんのどちらがいい?」

「えっ?えっと……それは……」

 愛華は本気で困っているようだった。

「冗談よ。今はシャルロッタさんのためにがんばりましょ」


 エレーナが本当に後継者として期待しているのは、愛華であることは、まだ言わない方がいいと思った。彼女にとってエレーナの存在はまだ大きすぎる。重すぎる期待を背負うより、のびのびと成長して欲しい。きっと愛華ならエレーナに並ぶライダーになれるにちがいない。スターシアはそれを見届けたかった。



  多くのハプニングと感動を残してカタロニアGPは幕を閉じた。

 終わってみれば、やはりストロベリーナイツとブルーストライプスの争いだった印象が濃い。

 ストロベリーナイツは、ライダー全員が(愛華を含め)、優勝を狙える実力であることを見せつけ、ブルーストライプスは、チームワークでそれに対抗出来ることを証明した。華やかさがないと言われていたラニーニだったが、一般のファン、多くの天才ではない人々から好感を持たれた。

 その一方、ケリーが復帰後初の表彰台に上がった事は、それほど話題にならなかった。





 第5戦カタロニアGP終了時点のポイントランキング


1 ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J

            105p      

2 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S

             73p            

3 ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J

             64p 

4 ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J

             59p

5 エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S

             58p

6 リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J

             48p

6 バレンティ-ナ・マッキ(ユーロヤマダ)Y

             48p

8 ケリー・ロバート(ヤマダインターナショナル)Y

             46p

9 アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S

             32p

10 アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S

             27p

10 フレデリカ・スペンスキー(USヤマダチームカネシロ)Y

             27p

12 アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J

             26p             

13 アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS

             18p

13 マリアローザ・アラゴネス(ユーロヤマダ)Y

             18p

15 エリー・ロートン(ヤマダインターナショナル)Y

             14p

16 ウィニー・タイラー(ヤマダインターナショナル)Y

             12p

17 エバァー・ドルフィンガー(アルテミス)LS

             8p

17 ソフィア・マルチネス(アフロデーテ)J

             8p

17 ジョセフィン・ロレンツォ(アフロデーテ)J

             8p

20 ミク・ホーラン(ユーロヤマダ)Y

             2p

21 アンナ・マンク(アルテミス)LS

             1p

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― 新着の感想 ―
[一言] 非凡にしか見えない天才ほど厄介なものはない。
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