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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
91/398

ヘテロクロミアと本当の本気

 エレーナたち後続集団が、たちまちシャルロッタに追いつき、追い越していく。

「シャルロッタ、どうした?何をしている!」

 エレーナの問い掛けにも応答がない。

 エレーナは、ペースを合わせて状況を把握したかったが、主導権を譲る訳にはいかなかった。

 シャルロッタが持ち直すにしろ、脱落するにしろ、バレンティーナたちを再び調子づかせる訳にはいかない。最悪シャルロッタがリタイヤになっても、他チームのエースに高ポイントを与えないようにせねばならない。

「アイカ!シャルロッタの様子を知らせろ」

 後方の愛華にシャルロッタを任せ、スターシアと二人で出来る限りのスローペースでレースをコントロールしようとした。



 愛華はほとんどトップグループに追いついていたハンナたちから離れ、シャルロッタに近づいた。

「どうしたんですか、シャルロッタさん」

「うぐぐぐぅ……」

 シャルロッタがまともに答えないので、愛華はヘルメットのシールド越しに顔を覗き込む。


 シャルロッタは、左目を固くつぶって、その閉じた瞼の隙間から涙を溢れさせていた。


「シャルロッタさん……!もしかして、またコンタクトにゴミが入ったんですか!」

「うっっ、ゴミじゃない。迂闊だったわ。まさかバカたれバレチンが、遠隔魔法で攻撃してくるなんて……、龍虎真眼が破壊された……の」

 バカちんはシャルロッタだ。コンタクトにゴミが入ったかズレたかで、眼を開けていられないほど痛いらしい。

 如何にバレンティーナが勝つ為に手段を選ばないとしても、遠隔魔法とか絶対使わない。さすがの愛華もちょっと頭にきた。

「まったく何考えているんですか!大事なレースなのに!だいたいカラーコンタクトなんて眼に悪いだけで、しかも色ちがいのコンタクトをレース中に」

『アイカ!状況はだいたいわかった。お仕置きは私があとでする。おまえはシャルロッタを……』

 愛華が説教を始めたところで、エレーナの声が聞こえてきた。しかしトップグループとの距離が離れて、途切れてしまった。


 今は説教している場合じゃない。しかしエレーナが何を言おうとしたのか、最後まで聞こえなかったのでどうしたらいいのかわからない。

 シャルロッタは、「うぅぅ、下僕に叱られた……アイカがエレーナ様みたいになってるぅ」と声まで涙ぐんでいる。


 エレーナさんならどうするかを考えた。


 このままではどうにもならない。無理に走らせても、片目が塞がっていては距離感が掴めない。スピード感も狂う。特にシャルロッタは、愛華たち(一般的ライダー)のように、ブレーキングやクリップなどのポイントを、舗装の継ぎ目とかゼブラの端とかを目印として覚える真面目さはなく、ほとんど感覚で攻めるライダーだ。どんなに超絶テクニックがあっても、肝心な感覚が狂えば、まったく使い物にならない。というより危険だ。とにかくシャルロッタの眼をなんとかしなければならない。


「シャルロッタさん、一旦ピットに戻ります!ついて来てください」

「悔しいけど今回はもう終わりね……。あたしはいいから、アイカはエレーナ様に早く追いついて」

 シャルロッタは完全にレースを諦めていた。

「いいからわたしについて来てください!」


 愛華は、エレーナが指示しようとしたことが、本当にこれでいいのか自信はなかったが、シャルロッタを率いてピットロードをめざした。シャルロッタはピットに戻ったらリタイヤするつもりで、愛華についていった。



 ピットに戻ると、何事かと担当のセルゲイとミーシャ、それにメカニック長のニコライまでが駆け寄ってきた。

 シャルロッタはグローブを嵌めたままの手で、眼を擦っているだけだ。愛華はバイクをミーシャに支えてもらい、グローブを脱いで無理やりにでもシャルロッタのコンタクトを外そうとした。

 しかし、自分でもコンタクトをした事のない愛華は、どうしたらいいのかわからない。


「退いて。私がやってあげるわ」

 振り返ると、エレーナの旧友にして、一時は裏切り者として忌み嫌われながらもエレーナを支えてきたスベトラーナがいた。


 彼女はシャルロッタがスローダウンした時からモニターで様子を観察し、いち早くコンタクトのトラブルだと察してストロベリーナイツのピットへやってきてくれた。

 自分でもコンタクトレンズを使用しているスベトラーナは、フルフェイスの開口部から手際よくコンタクトを外すと、自分の目薬をシャルロッタに差した。

「もう大丈夫よ」

「まだ痛い……」

 シャルロッタは目をぱちくりさせて、動こうとしない。一応見えるようになったみたいだ。

「すぐに再スタートします!」

「今から行っても、もう遅いわよ。追いつけるはずないでしょ」

 確かに今から戻っても、追いつくのは難しいだろう。下手すれば周回遅れになっているかもしれない。彼女は完全にレースに戻る気をなくしていた。

「諦めちゃダメです。早く行きましょう。イタッッッ!」

 愛華はシャルロッタを促すと、自分のグローブを嵌めようとして左手首の激痛に顔を歪めた。

「……?」

 シャルロッタもそれに気づいて、愛華の左手首を見た。

「ちょっと!あんたその手、どうしたのよ!」

「あっ、朝ちょっと転んじゃっただけで、なんでもないです」

「すごく腫れてるじゃない!骨折してるかもしれないでしょ。すぐに医務室行きなさいよ!」

「大丈夫です。それよりシャルロッタさんのレースの方が大事ですから。早く再スタートの用意してください!」

 しかしシャルロッタはまだ走る意欲が戻らない。愛華は焦れて、感情的に叫んだ。

「わたしの左手ぐらい、シャルロッタさんのためならどうなってもいいんですっ!わたしたちはエレーナさんに誓った、苺の騎士なんですから!」

 愛華の訴えに、シャルロッタの顔が、一瞬で真剣な表情になった。


「あんた、本当にその手、大丈夫なの?」

「だからなんでもないです。体操してた頃は、これくらい平気で練習してました」

 愛華は嘘をついた。

「ヤバくなったら、すぐにリタイヤしなさい。約束よ!」

「約束します」

 再び嘘をついた。

「あんた、あたしを本気の本気の本当の本気にさせたわね」

「すいません」

「あたしのスーパーウルトラハードバーニングライドを見せてあげるわ、いくわよ!」

「だあっ!死んでもついていきます!」

「だから、ヤバくなったらやめろって言ってるでしょ!」

 なんかめんどくさい人だ。

「なんでもいいから、早くいきましょう!」

 愛華に負けないくらいスーパーカッコいいセリフを言ったつもりだったが、意外とあっさり言われて、ちょっとがっかりなシャルロッタであった。


 しかし愛華は知っている。シャルロッタの本気が、絶対最速だということを。

 本気の本気の本当の本気になったら、きっと想像も出来ないほど速くて強いに決まってる。

 出来れば普段から、もう少しだけ本気をみせて欲しかったけど。


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[一言] 馬鹿につける薬はないが、キレた馬鹿は手がつけられない。
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