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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
77/398

応援と重圧

 イタリアGP予選結果は、スターティンググリット、フロントロー四人のうち、三人が地元イタリア人ライダーで占められた。


 トップは予想通り、ストロベリーナイツのシャルロッタ・デ・フェリーニ。ポイントリーダーでもある彼女は、地元グランプリを制して一気にラニーニとの差を拡げると同時に、地元のファンに自分の存在を知らしめようと気合いが入り巻くっている。


 二番グリットには、彼女しか乗りこなせないと言われるハイパワー仕様のヤマダYC213を駆るフレデリカ・スペンスキーが並ぶ。既に定評ある彼女の予選での速さは、ここでも発揮されたが、決勝でムジェロの長いストレートをチームメイトとの連携なしでどこまで張り合えるかが注目される。


 そして三番手タイムを記録したのが、フレデリカと同じヤマダワークスでありながら、今やファンの間でも別チームと言われるユーロヤマダのバレンティーナ・マッキだった。彼女にとってムジェロは母国開催のグランプリというだけでなく、三年連続でここのレースを制している得意のコースだ。今シーズンからヤマダに移籍し、仕上がりの遅れから不振が続いていたが、久々のフロントローに、一旦離れたファンまで大いに盛り上がり、復活の兆しと騒がれた。


 四番手には、成長著しいラニーニが知り尽くした地元の強みを活かして、好タイムを記録した。


 後列には、スターシア、エレーナ、リンダと続き、愛華はセカンドロー端席の八番手だったが、単独フリー走行時の迷いからは、完全に脱け出したと言っていいだろう。恩師のハンナより一つ前のポジションを確保できた。ポールのシャルロッタから十番手タイムのナオミまで、0.7秒差という僅差の予選結果であり、決勝でもストロベリーナイツとブルーストライプスを中心としたトップグループが形勢されるのは間違いないが、ヤマダのフレデリカとバレンティーナの存在が、大量に誕生したプロ、アマの予想屋を賑わした。


 予選トップ3の会見会場でも、シャルロッタの「あたしのぶっちぎり優勝!」はいつものことであったが、フレデリカは「シャルロッタとのバトルが楽しみ」と答え、バレンティーナとの連携ついては一切触れず、バレンティーナも「ボクはユーロヤマダのライダー」とヤマダワークスが一つでない事を認める発言をした。

 バレンティーナの言葉が、真意か偽装かで盛り上がり、決勝ではどんな展開になるかと、レースファンの間では、サーキットでも、サーキットから自宅又は宿泊施設に帰る道すがら論戦を繰り返し、バーや茶の間でも、にわか解説者で溢れた。

 熱狂的バレンティーナファンでなくても、多くの者がここからのバレンティーナの巻き返しを期待しながらも、やはり優勝はシャルロッタだろうと予想していた。或いはシャルロッタ、フレデリカ、バレンティーナの三つ巴のバトルの末、漁夫の利で手堅くラニーニが優勝をさらうと予想する者もいる。

 これまでの流れからそこに辿り着くのは自然な事とも言えるが、日本製バイクに蹂躙されてきたイタリア人の認めたくない複雑な願望も根底にある。バレンティーナには頑張って欲しいが、日本製のバイクに、このクラスまで席巻されたくない。レースを面白くしてくれるのは大歓迎なのだが、最後はジュリエッタに乗るラニーニの優勝というのが、多くのイタリアレースファンの望みでもあった。


  一夜明けた決勝当日、いつものように愛華は早朝のジョギングをしようとホテルから出ようとして、ロビーでエレーナとラニーニに止められた。

 外には、まだ夜も明けきらないうちから決勝を観に来たファンが、ホテルの周りにも集まっているらしい。

 先ほど同じホテルに泊まっているラニーニも、朝のランニングに行こうとしてホテルを出たところで、彼女に気づいたファンに取り囲まれ、警備員に守られてようやくホテルに戻って来たそうだ。


「ラニーニちゃん、大丈夫だった?」

 見たところ大丈夫そうだったが、一応訊いてみた。

「うん、ぜんぜん大丈夫だよ。みんなレースファンの人たちだから、乱暴なことはしないけど、凄くたくさん握手とかサイン求められて、ちょっと驚いちゃっただけ」

「ラニーニは、今やジュリエッタ希望の星だからな。個人的にはバレンティーナのファンも多いだろうが、イタリア人としては、ここムジェロではジュリエッタに是が非でも勝ってもらいたいのだろう。だからって、私たちも負けてやる訳にはいかないがな」

「じゃあわたしは外に出ても大丈夫ですね」

 エレーナの説明に、愛華は柔軟体操を始めた。日課である朝のランニングを欠かすのは、どうしても目覚めが悪い。

「大丈夫じゃない!アイカも充分GPの有名人だ。第一おまえはラニーニのライバルだぞ」

「まさかそこまでは……」

 いくら熱狂的ファンと言っても、ライバルに危害を加える事ような事はすまい。

「ダメだよ、アイカちゃん。イタリアのファンの中には、熱狂的すぎる人もいるから。悪意はないにしても、すごい人に取り囲まれるよ。この国の人って、スポーツの事になるとちょっと狂っちゃう人も多いから」

 ラニーニは、熱狂的ファンの危険さを知っている。万が一愛華の身に不測の事故でも起きれば、愛華だけでなく、ファンにとっても不幸な事だが、親友であるラニーニにとっても、胸が張り裂けるほど悲しい事になる。

 ラニーニの真剣な心配顔に、愛華も仕方なく納得して、三人はホテルのジムで軽く汗を流す事にした。



 朝のフリー走行の時間には、スタンド席はほぼ埋め尽くされ、昨日の予選の時以上の熱気がパドックにも伝わっていた。

 愛華たちは最後のマシンチェックと共にストロベリーナイツとしてチーム走行の最終確認をする。


 バレンティーナとフレデリカは、相変わらず連係する事なく、バレンティーナが予選を上回るタイムを叩き出せば、すぐにフレデリカがそれを塗り替えるといった具合で、決勝での順位より、まるでヤマダの中でのエース争い、お互いのプライドをぶつけ合っているようだった。


 一方、ブルーストライプスのラニーニは、どこか走りが硬く、いつもの滞りなく流れるような動きがぎこちなかった。エースの硬さがチーム全体に影響して、ブルーストライプスのフリー走行は、観客の熱烈な応援に反して精彩を欠いていた。


 朝のフリー走行を終えると、Motoミニモの決勝は午後からなので、暫く時間がある。マシンにも特に問題がなかったので、愛華は他のクラスの走りの見学に、1コーナーインフィールドに行ってみた。


 一般の観客が入れないエリアに、カメラマンに混じって、ラニーニが、固い表情でMotoGPクラスのフリー走行を眺めていた。

「ラニーニちゃんも1コーナーの研究?」

「あ、アイカちゃん……」

 愛華が話しかけても、ラニーニは緊張した表情のままだった。

 愛華にはその理由がわかった。コースを挟んだアウト側スタンド席からも、熱狂的なイタリアファンがラニーニに向かって声援を送られている。

 ラニーニは昨日からずっと、その熱烈な応援に曝されていた。


 傲慢でお調子者のシャルロッタやバレンティーナと違い、真面目で心優しいラニーニの気持ちは、愛華にも痛いほど理解できた。さすがにあれだけ熱烈な応援は、凄いプレッシャーに違いない。


 応援してもらえる事に感謝しつつも、彼女はそれに応えようと必死なのだ。

 愛華も日本GPの時には、思わぬ応援に迎えられて戸惑ったりしたが、それは友人たちの心のこもった応援であり、一般の人も日本のファンは基本温かい。

 それに比べ、イタリアのファンの人たちの応援は半端ない。気の弱い者や自信のない者には、強迫にも感じるだろう。

 ラニーニは決して気が弱い訳でも、実力がない訳でもはなかったが、デビュー二年目にしてエースになったばかりで、イタリアンバイクの希望にまで祭り上げられていた。

 絶対に敗ける事が許さない暴力的とも言えるプレッシャーに、懸命に耐えていた。


「やっぱりバレンティーナさんは凄いね。ずっとこんなプレッシャーに耐えて来たんだ。私なんて、ぜんぜん弱いよ」

 ラニーニが弱気な言葉を口にした。愛華には励ます言葉が浮かばない。

「シャルロッタさんだって、周りの声なんかにぜんぜん動じないし」

 シャルロッタを称えるなら、愛華にも言える事はいっぱいある。

「えーっと、シャルロッタさんはもう少し周りの声を気にした方がいいかな?でもあの人は異世界の人だから、特別だよ」

 ラニーニは冗談と受け止めたらしく、少し微笑んだ。愛華は真面目に答えたつもりだったけど、笑顔を見せてくれたのはうれしい。シャルロッタさんも、きっと万全な調子のラニーニちゃんと勝負したいと思ってるはずだ。


 しかしラニーニはそれっきり、再び固い表情に戻ってしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 洗礼という言葉では足りないくらいの重圧でしょう。
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