似た者同士
フレデリカは、生まれて初めて悔し涙を流した。
その涙は敗けたからじゃない。最後まで戦って敗けたのなら、きっともっと清々しい気持ちになれただろう。
シャルロッタと走っている時間は、最高の歓びの時だった。
しかしそれは、一瞬の夢のように呆気なく終わってしまった。
突然のパワーダウン。
マシンのせいには出来ない。あの走りでゴールまで辿り着けないのはわかっていた。たとえエンジンがもったとしても、タイヤももうボロボロだ。
自分が敗けたのは間違いない。それは納得出来る。
やるせないのは敗けたことじゃない。もっと長く走っていたかった。
6,000回転以上吹け上がらなくなったマシンで、トップグループから置き去りにされてもコースを走り続けた。
下位グループのライダーたちにも次々に抜かれ、最下位になってもマシンを停めなかった。
青旗が示された(後続の速い車両が接近しているので進路をゆずりなさいの指示)時、遂にマシンも力尽きた。まるでバイクが、彼女たちには周回遅れになった姿を見られたくないと言っているようだった。
フレデリカはセーフティーゾーンにバイクを停めた。
観客の鳴らすホーンと歓声が、波のように押し寄せて来る。
つい数分前まで自分が先頭を走っていたトップグループが、目の前を通過する。
誰も自分には目もくれない。
自分がいなくなっても、レースは続いている。
彼女たちが走り去ったあとの静寂は、フレデリカの気のせいだけではない。
レースをしている者も観客も、レースから弾かれたライダーにいつまでも構っていられない。興味があるのは、誰が最初にゴールにとびこむかだけだ。
「次はゴールまで行こうね」
フレデリカはやさしく愛機に語りかけた。
フレデリカ脱落後、レースは、シャルロッタと愛華が先頭を引っ張っていたが、序盤からフレデリカとハイスピードバトルを繰り広げたシャルロッタは、終了間際にペースがガクンと落ち、愛華の懸命なサポートの甲斐なく、ラニーニとナオミにかわされてしまった。
ハンナとリンダを抑えられたのは、愛華には彼女たちがあまり本気でアタックして来なかったからのような気がした。エレーナとスターシアも見守っていただけだ。
バトルに参加しなかったアシストが、疲れ弱ったエースをゴール目前でとどめを刺すような勝ち方は、彼女たちのレース美学に反するのかも知れない。そういう誇り高い女性たちだ。
レース後、フレデリカの足はストロベリーナイツのパドックエリアの方へ向かっていた。別に用がある訳ではなかった。ただ彼女たちが気になった。
ストロベリーナイツのテント近くに着いた時、ちょうどシャルロッタと愛華が表彰式から戻って来る姿が目に入った。
フレデリカは咄嗟にヘルメットを小脇に抱えたエレーナの等身大パネルの陰に、その長身を隠した。
「もうっ、シャルロッタさんはいつもすぐ熱くなるんだから!レース中は自分を抑えることも、覚えてください」
三位表彰台でシャンパンを浴びてベショベショになったシャルロッタの髪をタオルでゴシゴシしながら愛華が小言を言いつつ歩いて来た。
「うるさいなぁ、あんただってホントはあたしとあいつのバトル見て楽しんでいたんでしょ?」
「……っ、それは確かにドキドキしましたけど、わたしたちの最終目的は、レースで勝つことなんです!感情に委せてメチャクチャなペース配分で走って、最後に抜かれちゃったら、意味ないじゃないですか!わかっていますか?」
「わかっているわよ、そんなこと!ハイハイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、エレーナ様アイカ様」
「ふざけないでくださいっ!」
「いや、ふざけてんじゃなくてさぁ、最近、アイカってだんだんエレーナ様に似てきてない?」
「えっ……、エレーナさんに?」
愛華は顔をポッと赤らめた。
愛華にとってエレーナは今でも憧れであり、目標とする女性だ。
「わたしなんてまだまだ……って言うか、そんなおだてで誤魔化そうったってダメです!」
「いや、おだててないから!大体エレーナ様が二人になったら、あたしはボコボコ×2で殺されるから。やめてください、勘弁してくださいィ」
シャルロッタは呟きながら、エレーナ等身大パネルに近寄った。
「そりゃぁ、あたしもエレーナ様は尊敬してるけど、ちょっと人の頭ポカポカ叩きすぎよ。暴力で人を従わせようとするのは文明人とは言えないわ」
そう言ってエレーナ等身大パネルの頭を小突いた。
「きゃっ!」
「「……?」」
シャルロッタと愛華は、パネルの裏に誰かいるのに気づいて、そっと覗き込んだ。
「あっ……コンニチハ、おひさしぶりですぅ」
ブロンドに赤ら顔した、如何にも田舎のヤンキー娘という感じだが、わりと整った顔立ちのフレデリカが挨拶をした。
「フレデリカさん?」
お久しぶりどころか、ついさっきレースで激しくやり合っている。素顔で話しするのは初めてだ。
「あんた、なにしてんの?」
「……ちょっと通りかかっただけよっ」
「ふぅ~ん、バイクに乗ってじゃ勝てないから、あたしを殴りにきたとかじゃないでしょうね?」
どちらかと言えば、先に殴ったのはシャルロッタと言えなくもない。
「そんなことする訳ないでしょ!じゃっ、失礼するわ」
「あっ、待ってください。あの、よかったらお茶でも飲んでいきませんか?あっ、冷たいジュースの方がいいですよね。わたし持ってきます」
「すぐ行くからいいわ」
愛華が走りだそうとしかけたが、フレデリカは断った。そしてそくさくと立ち去ろうと背中を向ける。
「待ちなさいよ!」
シャルロッタが背中に声を浴びせる。フレデリカがびくりとして立ち止まった。緊張した空気が充満する。
「あんた、変わった乗り方するわね。おもしろかったわ」
戸惑った顔で振り返ったフレデリカは、シャルロッタの顔を見つめて、フッと微笑んだ。
「あたいも楽しかったわ。今日はマシンに無理かけ過ぎたあたいの負けだけど、次は“あたいたち”が最後まで苦しめてあげるから。覚悟しといて」
「はあぁ?なに言ってるの、あんた?寝言は寝てから言ってよね。何度でも返り討ちにしてあげるわ」
台詞だけだといいライバル関係成立っぽいが、二人ともこめかみに浮かばせた血管を隠そうともせず、奥歯をぎしぎし言わせながらの会話である。どちらもベースは美少女だけに、壮絶なものを感じる。
「フレデリカさんも忙しいようですし、そんなに引き留めたら悪いですから、それではまた。シャルロッタさんも、エレーナさんが呼んでましたから早くいきましょう」
今にも飛び掛からんとする二人を、愛華が引き離した。
この二人がお互いを敵視するのは、相手を蔑視しているのではないとすぐにわかる。勿論シャルロッタとバレンティーナのような過去の経緯がある関係でもない。なんだかシャルロッタとフレデリカは、似ていすぎて相容れないんだろうと感じた。
フレデリカに手を振って、シャルロッタをチームのテントに押し込んだ。
「新人相手にムキになるなんて、シャルロッタさんらしくないですよ」
本当はじつにシャルロッタさんらしいと思ったが、一応言ってみる。
「あたしだって雑魚なら相手にしないわ」
意外にもシャルロッタさんらしくない深刻な表情で返された。
「あいつ、自分がマシンに無理かけ過ぎたから負けったって言った」
確かに敗けたのをマシンのせいにしていなかった。
「それに『次はあたいたちが』って言ってた。意味わかる?」
「たぶん『ヤマダのチームで』ってことですよね?」
「ちがうわ。『あたいたち』ってのは、あいつとあいつのバイクのことよ。あたしにはそう聞こえたわ。あいつ、バイクをただの道具なんかと思ってないのよ」
シャルロッタは驚異と認識した相手しか敵視しない。彼女は直感でフレデリカが自分と同じ感性を持っていると感じ取っていたのだ。
「まあバイクと完全同一体化出来るあたしには、絶対敵わないでしょうけどね」
その言葉に、愛華は真意に気づいた。
シャルロッタさんは、自分と被るキャラの登場が、面白くないんだ、と。
第2戦終了時点ポイントランキング
1ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J
45ポイント
2シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S
41ポイント
3ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J
29ポイント
4ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J
27ポイント
5エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S
22ポイント
6リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J
21ポイント
7アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S
18ポイント
8ケリー・ロバート(ヤマダワークス)Y
15ポイント
9アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)S
13ポイント
10アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS
11ポイント
11アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J
8ポイント
12エリー・ロートン(ヤマダワークス)Y
8ポイント
13バレンティ-ナ・マッキ(ヤマダワークス)Y
6ポイント
14ウィニー・タイラー(ヤマダワークス)Y
6ポイント
15マリアローザ・アラゴネス(ヤマダワークス)Y
5ポイント