選ばれし者の恍惚
「シャルロッタさん、その人速いですっ!油断しないでください!」
愛華が思わず叫んでいた。そんなこと言われなくても、予選タイムでわかっている。そして最初のコンタクトで常識はずれなのも承知していた。
「こいつはあたしの獲物よ、あんたは手を出さないで」
シャルロッタの返事に、正直愛華は“ほっ”とした。この人たちのバトルに絡むほどの勇気はない。純粋にその走りだけでも近寄り難いのに、二人のバトル空域から説明できない不穏な空気が溢れ出している。
「前にアイカが世話になったそうね、礼を言っとくわ。でも勘違いしないでよね。アイカは苺騎士団四天王の中では最弱の騎士見習いなんだから、あたしたちのホントの実力があんなものなんて思ったら怪我するわよ」
恐るべし、苺騎士団四天王!
しかし苺騎士団にライダーは四人しかいないので、四天王とか言うのはどうなんだろう?
確かに自分でも最弱だと思うけど、『下僕』から『騎士見習い』に昇格してもらえたのはちょっとうれしかったりする。
「アイカちゃん、シャルロッタさんをとめて!今の台詞は『すぐ殺られちゃう』フラグが立っているわ!」
スターシアの声がヘルメットの中に響いた。
「突っ込むとこ、そこっ!?」
そう言い返したものの、愛華も『下僕』から『騎士見習い』に格上げしてもらい、よろこんでいたので、あまり偉そうなことは言えない。なんだかどんどん毒されていくのを感じる。あまり絡みたくない空気とは、このことだったのか。
「なんかこの人たち、愉しそうだな」
ストロベリーナイツチーム内の通話は聴けなくても、その雰囲気はフレデリカにも伝わっていた。
ケリーやバレンティーナを見ていて、GPを戦う連中とは表向きはともかく、腹の底ではもっとギスギスして、どす黒いと思っていた。ましてストロベリーナイツは、昨シーズンあのバレンティーナからタイトルを土壇場でかっ攫った連中だ。もっと陰湿でいつも算術ばかりしてる連中とばかり思っていた。
愛華とシャルロッタの走りを見たらわかる。
二人のベクトルは微妙にずれているが、純粋に勝利をめざしている。そして間違いなく、走ることを楽しんでいるのを感じた。
「あたいと同じじゃん。そうだよ、あんたたちみたいなのに出逢えるのを、あたいは捜していたんだ!やっぱりこの舞台はサイコーだよ」
フレデリカは、それまで以上にアグレッシブな走りでシャルロッタを挑発した。レース序盤からそんな走りをすれば、万全なマシンであってもトラブルを招き兼ねない。それでもフレデリカにはまだ余裕があった。
それはシャルロッタにもわかる。適当に追いかけて、自滅するのを待てばいいだけなのは承知していたが、そんな真似はシャルロッタのプライドが許さない。
「あとで『マシンが壊れなかったら勝てた』とか、絶対に言わせないように、こてんぱんに叩きのめしてやるわ」
エレーナ様の許可も得ている。愛華には、ラニーニたちが絡んで来ないようにブロックを頼んだ。どんな魔力を身につけているか知らないけど、フェリーニの名に懸けて新興魔女なんかに絶対敗けられない。
シャルロッタの容赦ないアタックに、たちまちフレデリカはコーナーとコーナーの間の区間すら緊張を弛める事が出来なくなってしまった。バイクの反応を味わっている暇もない。
一瞬でも気を抜けば、狂暴な牙に喉元を咬みきられてしまいそうな鋭い斬りこみに、何度もインに潜り込まれる。
辛うじて前で立ち上がれるものの、恐怖と興奮にゾクゾクする。
シャルロッタもフレデリカも、ライディングスタイルこそ違うがともにイカれた天才肌の性格で、攻撃にはやたら強いが、守りはお粗末というところも共通していた。
当然シャルロッタのアタックをフレデリカがブロックしきれるはずはない。
一旦、シャルロッタを先行させようかととも考えたが、そうなると後続にいる、相手のチームメイトまで意識しなくてはならなくなる。
今のところ、仕掛けてきてるのはシャルロッタだけだ。もしかして様子を見てるだけかも知れないが、挟まれるよりマシだ。
ブロックなどを考えず、全力で逃げることだけを考えよう。
シャルロッタをタイマン相手にして、ほとんどのライダーのたどり着くのと同じ結論に至った。
フレデリカがそれまでのような、相手の動きを牽制したり、タイミングをずらすような“レースの走り”から、単独でタイムアタックする時のような“最速の走り”に切り替えても、シャルロッタを引き離せなかった。むしろ更に激しくプッシュしてきた。
シャルロッタのアタックに邪魔されてペースがあげられないのではない。ファステストラップは毎周更新されている。
まるでシャルロッタに「もっと速く走れないの!」と追い立てられているような気がしてくる。
後続の集団まで、自分を追いつめる猟犬の群れのように思えた。
「クレージーだわ!どうしてそんなにムキになってるの?こんなペース最後までもたないのは、わかってんでしょっ?あたいがミスしなくても、マシンがもたないわよ!自滅するのを待ってればいいじゃない!チーム体制も整わず、孤立したあたいに本気で相手するなんて、あんたたち、最高にクレージーだわ!」
フレデリカはこれほど追いつめられた事がなかった。これまで経験した事がない異常事態に、大量のアドレナリンが脳内を満たす。
危機的状況にありながら、恍惚感に浸っていた。
こんな興奮が世の中にあったんだ。
この時間が永遠に続いて欲しいと願った。
シャルロッタとフレデリカのバトルを後方で見守っていた愛華にも、不思議な感覚にとらわれていた。
前方で繰り広げられる異次元のバトル。観てるだけで緊張してしまう熾烈な攻防。それにも増して、その異常なペースに、自分が普通に着いていっていることが不思議だった。
エレーナさんやスターシアさんならともかく、自分の実力を遥かに超えたハイペースに、誰かに引っ張られるのでなく、普通に着いていっている。
自分だけでなく、ラニーニちゃんやナオミさんにとってもこのペースは相当きついはずなのに、そこで走っているのが当たり前のように続いていた。
なんだかシャルロッタさんの魔力が、本当にこの空間を異世界にトリップさせてしまったように錯覚に陥った。
スポーツとオカルト、或いはスポーツと宗教は、まったく無関係に思えて、実はすこぶる相性がいい。シャルロッタのような中二病までいかないまでも、一流選手にも信仰心の深い者は多い。
頂点をめざすというのは、神に近づく、或いは人の域を超えて神の領域に踏み込むに等しい行為とも言える。
その為には、過酷な修行と禁欲的な生活に耐えねばならない。
絶望的状況にあっても、自分の可能性を信じ、指導者と仲間を信じた者に、時に本当に奇跡が起こる。
選手たちは、頂点に近づくほど、自分の経験と崇高な宗教家たちの言葉との共通点に気づく。
決して悪い意味ではない。多くの文化圏で、信仰とスポーツは健全な人間形成に共に重要とされてきた。
ただ、あまり一般に語られない真実がある。
「神は決して平等ではない。神の領域に踏み込めるのは、神に選ばれし者だけ」
愛華は、選ばれし者同士の戦いを間近で見るのは、これが二度目だなとふと思い出していた。