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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
71/398

もう一人の日本人ライダー

 アメリカ、テキサスでのレース結果は、ヤマダにとって酷しいものであった。

 ワークスチームとして八台も出場させ、予選落ち一台、完走二台、最高順位八位と言うのは、大金を注ぎ込んでいる会社の役員とスポンサーをとても納得させられる成績ではない。ストロベリーナイツ、ブルーストライプスに次ぐケリーの単独八位は評価に値するが、天下のヤマダワークスとしては、屈辱的なチーム成績である。


 ヤマダワークスチームは、ケリーとバレンティーナを交えた協議の末、失敗作のYC213に見切りをつけ、最初のYC211に戻して熟成させていく方針を決めた。


 それとは別に、USヤマダからデーブ・カネシロをレーシングディレクターとしてGPチームに加え、フレデリカとYC212の独立チームを立ち上げた。

 登録上はヤマダワークスチームの一員であり、レース中の状況に応じて、他のヤマダライダーたちと支援し合う事になっているが、フレデリカとの連係は難しいだろうと、ケリー、バレンティーナ共に割り切っていた。

 それどころか、バレンティーナはケリーすら信頼しておらず、自分がブルーストライプスから連れて来たマリアローザ以外、頼れるアシストがいない状態だった。

 そのようなバレンティーナの態度に、ケリーも組織的な連係を諦め、自身がアメリカ国内レースから発掘した新人エリー・ドーソンとウィニー・タイラーに掛かりきりでコンビネーションを教え、日本のレースで活動していたオーストラリア人のミク・ホーランとヤマダ本社の後押しでGPチーム入りした片部範子は、テストライダーとしての役割以外果たせない状況に陥っていた。

 ヤマダワークスは、早くも贅沢なチーム体制のメリットよりデメリットを露呈したまま、二戦目のスペインGPを迎えなければならなかった。


 ヤマダワークスのマシン開発が迷走しており、チーム体制も単一のチームとして体をなしてすらいないのは知れ渡っていたが、そのワークスチームがスペインGPの予選前には注目の的となったいた。

 事実を正確に記するなら、ヤマダワークスチームでなく、チームカネシロのファースト・フレデリカひとりが話題をさらっていた。


 彼女は前日のフリー走行で、ヘレスサーキットのコースレコードを大きく上回るラップタイムを連発し、ぶっちぎりの速さを見せつけた。

 これには、エレーナやハンナたちライバルチームの者は勿論、ヤマダの人間すら驚きを隠しきれない様子であった。否、ヤマダの中には、ごく当然の事と予想していた人物も何人かいる。フレデリカ本人、デーブ・カネシロ、バレンティーナ……など。その中の一人に、愛華の知っている人物もいた。


「お久し振りね、愛華さん」

 予選当日の朝一番の練習走行を終えたあと、パドックのトイレで手を洗い、大雑把に髪を整えていた時、鏡越しに背後から話し掛けられた。

 最初は誰かわからなかった。現在のGPのパドックで、日本語で話し掛けられるのは珍しくない。

「……っ、範子さん!お元気でしたか?」


 範子と愛華は、GPアカデミーの同期生だった。

 バイク未経験だった愛華と違い、ミニバイク三年連続日本チャンピオンという華々しい経歴を引っ提げ、ヤマダからの推薦でアカデミーに来た範子は、同期の中でも期待のエリートだった。

 当然レベルが違うので、一緒に走る機会もなかったし、話し相手にもしてもらえなかった。

 他の国のコたちは、愛華のレベルに関わらず、割りと仲良くしてくれたが、範子にはどこか見下すような視線を感じたのは、自分が僻んでいるからかな?と反省したりした。それから愛華は、あまり日本人だからと意識しないようにしていた。


「今をときめく“ラブリーアイカ”さんに覚えててもらえて、光栄だわ」

 範子は皮肉たっぷりに言った。

『ラブリーアイカ』とは、日本の一般マスコミがつけたニックネームらしかったが、愛華としてはちょっと恥ずかしかった。どうせなら、もっと強そうな二つ名がいい。まあそれはそれで、シャルロッタ的で恥ずかしいかも知れないが。


「そういえば範子さんもヤマダワークスだったんですよね。凄いメンバーに名を列ねて、凄いです!」

「『凄い』『凄い』を重ねなくていいわ。苺騎士団のあなたが言うと、皮肉にしか聞こえないから」

「いえ、そんなつもりじゃ……」

 僻んでいたのは、範子の方だった。確かに愛華は開幕前、エントリーリストが発表された時には、範子の名前にも気づいていたが、開幕戦の時はほとんど忘れていた。とにかく自分とチームの事でいっぱいで、レース中、バレンティーナやフレデリカみたいに特に関わったライダー以外あまり覚えていない。

「そういえば、この前のレースはどうでした?」

「あなた、どこまで私を侮辱すれば気が済むの?決勝は走ってないわよ」

 つまり予選落ちである。

 愛華も予選でミスをして、フリープラティスクによる救済制度で決勝を出走出来たのだから、侮辱出来る筈もないが、それを言っても更に怒らせる気がしたので何も言わなかった。


 アカデミー生だった頃、愛華がようやく他の生徒と一緒にコースを走れるようになった時には、範子は既にアメリカで武者修行と称してGPアカデミーを離れていた。


 将来を期待された三年連続日本チャンピオンも、世界中から集まった才能の中では、平凡に過ぎなかった。

 ヤマダから全面支援を受けている優越感すら、入学してすぐに他の生徒やコーチから『その程度で?』と言う耐え難い蔑みの視線に崩れ去っていた。


 入学時、バイクの乗り方すら知らなかった愛華が、今やGP界のアイドルとなっている現実が許せない。

 本当なら、自分がそのポジションにいるはずだった。


「えっと、フレデリカさんは絶好調みたいですね。凄いタイムだ、ってエレーナさんたちも驚いてました」

 範子のネガティブなオーラに耐えられず、愛華は話題をフリー走行好調なフレデリカに振ってみた。

「別に凄くないわ。彼女のバイクは、他のヤマダのマシンより一割以上パワーを絞り出してるセッティングなんだから。でもね、あなたにだけ教えてあげるけど、フレデリカのマシンは決勝ではエンジンが最後までもたないでしょうね。私もテストで乗っているから間違いないわ」

 そんな情報を、他所のチームの人間に話していいのだろうか?聞かされた愛華の方が心配になる。

 しかし範子は、フレデリカのマシンの事情を、自分の事のように話し続ける。

「無理矢理パワーを絞り出してるから、耐久性がない上に中低回転ではスカスカ、ピークでは暴れだすから手に負えないの。オマケに車体はガチガチだからパワーで強引に曲げてかないと曲がらないという、とんでもない代物よ。アメリカではあれで予選を走らされたんだから、私の予選落ちも仕方ないわね」

 難しい事はわからないが、なんとなく乗り難いのは、愛華にもわかった。スカスカとかガチガチとかの表現は、シャルロッタ語に比べればわかりやすい。

「今回の私のバイクは、パワーを抑えてもう少しフラットなエンジン特性にしてもらったけど、それでも神経と体力をすり減らすマシンよ。手首なんか腱鞘炎になりそうなんだから。それをフルパワーで走りたいなんて、あの女、絶対頭のボルトが抜けているのよ。つき合わされる私は、いい迷惑だわ」

 愛華には、前回フレデリカと走った時は、まるでバイクとダンスをしてるように自由にライディングを楽しんでいたように見えた。

 たぶん範子の言うことに嘘はない。感覚が普通の人間と違うのだろう。そんなライダーを、もう一人知っている。


(フレデリカさんも中二病なのかなぁ?)


 愛華の心配も、凡人とは違っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] いやいや、コレ普通にあるよね⁈
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