育てたのは、誰か?
グランプリオブジアメリカ決勝レースの行われた夜、ストロベリーナイツとブルーストライプスのライダーたちは主催者のパーティーを早めに切り上げてホテルに戻った。
シャルロッタと愛華、ラニーニとナオミたちはレースの余韻と華やかなムードに酔いしれ、まだパーティーに未練があったようだが、さすがに疲れていたらしく、送迎の車の中でうとうとし始めていた。
エレーナたち長老組(?)は、まだ飲み足りなかったので、エレーナとスターシアの部屋に集まって、バーボン片手に今日のレースを振り返っていた。
ライバルチームと親密な関係を築くというのは、馴れ合いになるのとは違う。互いに理解しあうことで、命を預けるようなバトルが出来る。
それに話しをするという行為には、自分の考えをまとめ、自分と違う視点からの意見に、思いもつかなかった考え方に気づかされたりするので、エレーナは意外に話し好きだった。他のチームの人間を交えて話すのは、スターシアや愛華たちだけの時とはまた違った意味のある時間である。
ホテルのバーでもよかったが、やはり人目を気にせず、ライバルにして友である尊敬すべき女性たちと語り合いたかった。
「今日のレースは、完全に若いコたちに主役を奪われましたね」
「そうですね。でもスターシアさんの存在も大きかったですよ。観てる人たちには目立たなかったかも知れませんが、実際に走っている相手にとっては、とても厄介な存在でした」
ほとんど活躍の場面のなかったスターシアを、ハンナが褒めた。
「それにしても、アイカさんは凄いですね。私なんて引き立て役にもして貰えませんでした。ああっ、私なんて要らんコですね」
アメリカ人のリンダは、このメンバーの中では存在の薄い印象だが、バーボンで口が軽くなっているようだった。
「いえ、リンダさんとナオミさんが、絶えず後ろから正確な相手の位置を知らせてくれるので、私が適格に動けるのです」
ハンナの後ろに眼があるかのようなディフェンスは、後ろにいるリンダ或いはナオミが、自分をパスしようとする相手のラインを正確に知らせているから可能な連係プレーだ。言うのは簡単だが、相当なスキルとトレーニングがなければ、上手く連係出来ない。
「リンダもナオミも、昨シーズンとは別人のように手強くなった。おそらく元々優れた能力を有していたのだろうが、昨年までは有効に機能させられなかったのだろう」
「いえ、それほどでもありません」
エレーナもリンダたちのアシストとしての練度の高さに感心していたのだが、ハンナが照れたように答えた。
「イヤ、今のはリンダを褒めたのだが?」
確かにアレクセイの考案したこのディフェンスシステムは、これまで幾多のチームに採用されて来たが、ハンナほど効率的にブロック出来た者はいない。
「その私でさえ、アイカにはすっかり騙されました。あのコの走り方は知りつくしていたはずなのに、それを逆に利用されるとは思いませんでした」
「私もナオミも、エレーナさんとスターシアさんの動きについていくのに精一杯でしたから、アイカだと気づいたのは、シャルロッタが普通にコーナーをまわっているのを見てからです。まったく、してやられました」
ハンナもリンダも、まんまと裏をかかれたというのに、どこか清々しい様子であった。
「アイカちゃんの知略と勇気は素晴らしかったです。あれでまわりきれていれば、もう完璧でしたね」
スターシアはいつものように愛華をベタ褒めする。
「いえ、私はむしろアイカがあそこで転んで良かったと思います。誤解しないでください。敵としてではなく、アイカの元指導者として、あのコには正しい技術を磨いていって欲しいのです。シャルロッタが間違っているとは言いませんが、彼女の乗り方は彼女だけのものです。偶然上手く出来たとしても、『それはまぐれなんだから、勘違いしないでよね』です」
ハンナはシャルロッタの口真似を入れてスターシアの意見を訂正した。スターシアを含め、全員が声をあげて笑った。ハンナもだいぶバーボンがまわって、陽気になっているようだ。
「確かに上手くいってしまっていたら、それに頼るようになる危険性はある。所詮シャルロッタにしか出来ない異端の乗り方だ。アイカもよくわかっただろう」
「シャルロッタさんが二人もいては、私たちも大変ですしね」
エレーナとスターシアも納得した。
「異端と言えば、ヤマダの新人フレデリカも、相当なようですね」
「私もビデオを観て呆れた。合同テストの時は気づかなかったが、シャルロッタ以上に異端だな」
「レース中の最速ラップは、彼女が記録したみたいです」
「その上、アイカの話では、シャルロッタより走りは安定していたらしい。シャルロッタは頭から不安定だからな。タイヤトラブルがなければ、アイカと一緒に我々に追いついていただろう」
「私はよく知りませんでしたが、アメリカでは『ファースト・フレデリカ』と呼ばれてるそうです。ケリーを越える逸材と期待されていると、こちらの友人が言ってました。どうせ私にはスター性なんてありませんけど。でも私だって確実性なら……そもそも堅実さと華やかさは相容れないものであって、私だって華麗に走ろうと思えば……」
リンダは酔うとイジけるタイプらしかった。
「リンダのスター性はともかく、彼女の速さは本物のようだ」
「エレーナさん!さらっと私のこと流さないでください」
リンダは酔うと絡み癖もあるようだった。
「リンダは私の信頼するプロフェッショナルのアシストライダーです」
ハンナが替わりにフォローすると、途端に「エヘヘ……」とデレた。プロフェッショナルにしてはちょろかった。
「バレにケリー、そしてフレデリカ、これだけの超エース級を揃えておきながら、本当のエースを決められない事がヤマダにとっての最大の悩みだろうだろうな」
「マシンに対する要求も、三人がそれぞれ主張し合い、方向性が定まらないようですしね」
「開発はケリーが主体となっていたはずだが、フレデリカの才能とアメリカ国内での人気に、ヤマダ首脳部が欲を出したらしい。それに加え、バレまで加わって現場はてんてこ舞いだろう」
「バレンティーナの人気は世界的ですからね。噂では彼女の契約金は、サッカーのスター選手並だそうですから、無駄にはしたくないでしょう」
「どこのメーカーも、宣伝効果を見込んでのレース活動だからな。ヤマダの首脳部を一概には責められない。メーカーやスポンサーの利益あってのプロだ。幸い、私もアレクセイも、ライダーの起用に関しては任されている。その点では、ヤマダのような巨大ワークスチームより自由には動ける。資金操りの苦労はあるが」
「ヤマダの首脳部には、是非頑張って口を挟んで貰いたいところですね」
バレンティーナから移籍を誘われなかったリンダとしては、何としても移籍したバレンティーナやマリアローザには負けたくなかった。
「エースを決めたとしても、ヤマダにはリンダのようなプロフェッショナルのアシストが、マリアローザぐらいしかいない。個性的なスターばかり揃えても、我々には簡単に勝てない事にも気づかせてやるだけだ。バレンティーナという際立つスターのいなくなったブルーストライプスが、対照的にチームとしてより強敵になったというのも、Motoミニモの面白さだと、世界中に証明してやろう」
エレーナの言う事は、単なるリンダへの励ましではなかったが、それ故にリンダも誇りが持てた。
「それにしても、あのフレデリカというのは、本当にシャルロッタ以上にイカれてるみたいですね。『シャルロッタのアシストやれ』って言われても無理ですけど、フレデリカのアシスト務まるライダーなんて、いるんですかね?」
「忘れていませんか?アイカちゃんはレース後半、フレデリカと一緒に私たちに追いついて来たのですよ。絶対にいないとは、言い切れません」
スターシアは可能性を言ったまでだが、全員寒気がした。シャルロッタ&アイカのコンビ同様、フレデリカにまでそれに見合うパートーナーが付けば、相当な脅威となる。
「フレデリカが本来の速さを発揮出来ていなかったのもあるが、アイカがあの異色なライディングと歩調を合わせていたのも事実だ。本人はそれほど大した事と思ってないようだが、考えてみれば類希なる異端児二人を相手に、どちらとも合わせられるアイカこそ、最強の天才かも知れない」
エレーナのアイカ最強説には、『そんなライダー、絶対に二人もいない』という意味が込められていた。シャルロッタとフレデリカという二人の天才が、同じ時代に登場しただけでも異常事態なのに、愛華まで二人も居られては堪らない。それはもう人間では勝てないレースになってしまうに違いない。
「言っときますけど、アイカを見出だし、ライディングを教え、エレーナさんに紹介したのは私ですから、お忘れなく」
唐突に、ハンナがその天才を育てたのは自分だと言い出した。
「何を今さら言っている。ハンナは基礎的な事を教えただけだろう?アイカの才能を引き出し、GPライダーとして育てたのは、この私だ」
今さら生みの親がしゃしゃり出て来られても迷惑である。
「アイカの才能が開花したのは、私がしっかりと基礎を造ったからです。それがなければ、今頃エレーナさんに潰されていたでしょう」
「確かハンナは、『アカデミーの女ゲシュタポ』と呼ばれていたそうだな。歪んだ欲望を、アカデミーの若い娘たちをイビる事で晴らしていたんじゃないのか?」
「あら、光栄ですわ。『氷の魔女』にお褒めいただけるなんて。仰る通り、アイカには、私が徹底的に基礎を叩き込みました」
「ハンナはたまたま、私より早くアイカに出会ったに過ぎない。元々アイカは、私に憧れてこの世界に入ったのだからな」
「いえ、アイカがこの世界に来たのは、生まれる前から定められていた運命です。エレーナさんを知ったのも、シナリオに従ったに過ぎません。そのシナリオを書いたのは、私ですから」
「ほお、おもしろいことを言う。ではアイカが生まれる前から、ハンナはアイカを知っていたと?」
「もちろんです。何度も言いますが、私の作ったストーリーですので。エレーナさんに殿方が近づかないのは、私の知った事ではありませんけど」
この一言で、エレーナの表情が変わった。おそらく普通の神経を持った者なら、恐怖に凍りついていたであろう。
「表に出ようじゃないか、ハンナ。おまえの言うシナリオを書き直してやろう。『ここでハンナは、エレーナに叩きのめされた』とな」
しかしハンナはにっこり微笑んで、
「私の父は、日本文化に大変興味を持っており、娘の私にも子供の頃からカラテを習わせました。私がブラックベルトなのは、ご存知でしょ?」
と応じた。
「舞踊のマスターなのは知っている。それより世界最強のソビエト空挺部隊仕込みの特殊格闘術を教えてやろう」
ハンナの隣でいい気分でいたリンダは一瞬で酔いが醒め、「大変な事になった」とおろおろし始めた。しかしスターシアは「やれやれ、まるで子供のけんかですね」と素知らぬ顔だ。
スターシアとしては、愛華を巡る争いには自分も是非加わりたいところだが、エレーナとハンナの仲に割って入るのは余りに危険であった。一見、礼節あるゲルマン美人のハンナだが、ブラックベルトとは控えめな申告で、本性はエレーナと同等に危険な女なのを知っている。そしてこの争いに、まったく意味のないことも。
アカデミー出身でハンナの元教え子のリンダもハンナの怖さを知っていたが、これが二人の親密さを示す過激な友情表現だとは、まだ知らない。
尊敬すべき女性同士の意見のぶつかり合いは、妥協を許さなかった。
翌朝、両チームの若いライダーたちは、人違いかと思ったほど顔を腫らしたエレーナと、杖を使わないと歩けないハンナを目にして、「絶対に二人には逆らわないでおこう」と心に決めた。
第1戦終了時ランキング
TOP10
1.シャルロッタ・デ・フェリーニ(ストロベリーナイツ)S 25p
2.ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)J 20p
3.ハンナ・リヒター(ブルーストライプス)J 16p
4.エレーナ・チェグノワ(ストロベリーナイツ)S 13p
5.リンダ・アンダーソン(ブルーストライプス)J 11p
6.アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)S 10p
7.ナオミ・サントス(ブルーストライプス)J 9p
8.ケリー・ロバート(チームヤマダ)Y 8p
9.アルテア・マンドリコワ(アルテミス)LS 7p
10.アンジェラ・ニエト(アフロデーテ)J 6p
S=スミホーイ、J=ジュリエッタ、LS=リヒター・スミホーイ、Y=ヤマダ