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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
62/398

愛華には無理なこと

「ハンナたちはスピード勝負は避けたいはずだ。徹底してシャルロッタを抑えようとするだろう。シャルロッタに先行されても、私たちと分断させ、孤立させてくる」

「あいつらがエレーナ様たちを抑えてる間に、あたし一人でぶっちぎりよ!」

「おそらくラニーニがおまえのマークに付くだろうな」

「あんなちっこいのなんて、あたしの敵じゃないわ」


 決勝を控えた最後のミーティングで、まずエレーナがレース展開を予想していた。

 シャルロッタがいつものように、いちいち会議の進行に水を差すが、エレーナは一つ一つ答えてやっていた。

 シャルロッタとしては、昨日の予選でラニーニに不覚をとったことが余ほど悔しいらしい。朝一番の練習走行からコースレコードを上回るタイムを連発していたが、決勝できっちりリベンジしたくて堪らない様子だ。

 見慣れたエレーナとシャルロッタのやり取りを、愛華は虚ろな瞳で眺めていた。彼女は予選を失敗に終わってからずっとこの様子で、朝の練習走行も精彩を欠いていた。


「ラニーニ相手にムキになったら、おまえの敗けだ。確かにおまえの方がスピードは上だが、簡単につき離せるほどの差もない。向こうとしては、しつこく付きまとい、おまえが苛立ってミスを犯すのを待てばいいだけだからな」

「あたしはミスなんてしないわ」

「予選で負けたのも、おまえの100パーセントの実力なんだな?」

「あれはちょっとアイカに手本を見せてあげようとしてやり過ぎただけよ!」

 シャルロッタはそう言って、愛華をちらっと覗いた。しかし愛華は心此処に在らずで虚空を眺めている。

「ちょっとアンタ、いつまで湿気た顔してんの?アンタのためにボケたんだから、アンタも何かツッコミなさいよ」

 ボケたと言うのが、ミスをした事なのか、「ミスなんてしない」と言って、エレーナからツッコまれた事なのかは不明だが、意外と愛華思いのシャルロッタである。ただ、どちらにしろ愛華は聴いていなかった。

「あっ、えっと、すみません」

「すみませんじゃないわよ!予選で失敗したくらいで落ち込んじゃって。下僕のくせにヒロインにでもなったつもり?」

「そんな!わたしヒロインどころか、決勝は最後列からのスタートなので、チームの作戦には何の役にも立てないので……」

 愛華の瞳から涙が溢れてくる。

「あ~、もうウザイわね。アンタあたしの下僕なんだから、最後列だろうと最下位だろうと、さっさとあたしの下まで駆けつけて仕えなさいよ」


 エレーナは、愛華と同じ場所でおバカなミスをしたシャルロッタには、しっかりとお灸をすえたが、愛華のコースアウトについては何も言わなかった。エレーナだけでなく、チームの全員が愛華に声を掛けるのを躊躇っていたが、このまま決勝を走らせるのは、チームの役に立たないだけでなく、愛華にとっても危険だろう。シャルロッタがそれを察したかは不明だが、きっかけとしてはちょうど良かった。

「シャルロッタが珍しく正しい事を言っているぞ。失敗は誰にでもある。私はそれを責めるつもりはない。私が許さないのは、失敗を怖れて無難な走りしか出来なかった場合だ。あと何も考えず、アホな失敗をするバカもな」

「あたしのは考えての失敗です!必殺のコーナーリングがあとちょっとで完成するところだったんです!」

「失礼した。シャルロッタは何も考えず、無心で走ってくれ」

「エレーナ様、酷い……」


「アイカちゃんは、公式練習の時からあのコーナーでいろいろ試していましたわね。何かにチャレンジするのは大切なことだけど、少し焦っているように感じました。確かにエレーナさんは少しでも早く成長して欲しいと仰いましたが、焦らせたのではありませんよ。あなたは自分の出来ることを、精一杯頑張ればいいのです」

 スターシアも、優しく励ましてくれる。しかし愛華にはその言葉に甘える事が出来なかった。


「わたし、頑張るだけじゃダメなんです。シャルロッタさんのような才能もないし、スターシアさんのように完璧にも走れません。もちろんエレーナさんのように強くもなれないけど、わたし、なにか欲しいんです。わたしにしかない、わたしだけのチームの役に立てるものが。シャルロッタさんから『アンタは何やっても二番止まりね』って言われて、自分には何も誇れるものがない、って気づいたんです」

 エレーナとスターシア、それにその場にいたスタッフ全員がシャルロッタを睨んだ。やはりこのバカが原因か。


「なっ、なに?あたしのせい?あたしはただ、アイカのやる気を燃え上がらせようとしただけで……、だって劣等感は最強の魔力に転化出来るのよ!あたしは悪くないから!」

「そうです!シャルロッタさんは悪くありません。シャルロッタさんの言ったのは、本当のことなんです。だからダメなのはわたしなんです。お願いです、シャルロッタさん!わたしに誰にも負けない必殺技を教えてください!」

 事態はエレーナの思っていたより、深刻なようだった。

 愛華まで中二病を発症しかかっている。すぐにでも愛華をシャルロッタから隔離して、適切な治療をしないとバカになってしまう。

 しかし、エレーナより先に答えたのはシャルロッタだった。

「そんな必殺技、あるわけないでしょ!もしあったとしても、アンタに教える前にあたしがマスターしてる訳だから、アンタは永遠にあたしの下ね」

 いったいどうなっているのか?今日のシャルロッタは、至極正しい事を言う。

 しかし愛華はがっくり項垂れたままだ。


「アイカ、おまえは器械体操をしていた頃、自分だけのオリジナル技を持っていたか?」

 エレーナの問いに、首を横に振った。なぜ今、体操をしてた頃の事を訊くのかもわからない。

「ではどんな選手がオリジナルの新技を編み出す?」

「それは、えっと、今ある、難度の高い技を完璧にこなして、もっと難しい技が出来る選手……ですか?」

 愛華は、宙返りやフィニッシュの技名になっている有名選手を思い浮かべた。

「そうだ、必殺技とかがあるとしたら、既存の技を完璧にこなした先に、自分だけの必殺技があるのだろう。おまえが平均台の端から端まで前転で転がっても、たとえ誰もやっていなくても新技とは言わない」

 愛華は頷く。

「自惚れかも知れんが、もしロードレースに転向しなければ、私は体操でオリンピック金メダルを獲得する自信があった。その私もオリジナル技など持っていない。世界一の体操選手と言われたスターシアの母親、ナターシャですらその名がつけられたオリジナル技はない。それではアイデンティティーがなかったのか?私はナターシャの演技を初めて見た時、感動で体が震えた」

 オフシーズンにエレーナとスターシアが運営するスポーツジムを訪れた時の、子どもたちに体操の指導をしていたナターシャさんの姿を思い出した。とっくに現役を退いていても、輝くような魅力があった。

「個性など、最初からめざすものではない。自分を鍛え、技術を研いていけば、自然と滲み出るものだ」

 エレーナの言う意味は理解出来る。半人前の自分が、自分にしか出来ない技術を求めていたとは、恥ずかしいくらい大それた事だ。もっとすべき事がたくさんあったはずだ。

 それでもまだ、なにかすっきりしない。去年までのように、『頑張るだけ』と開き直れなかった。


 愛華の釈然としない表情に、エレーナは尚も話しを続けた。


「体操をやっていたアイカならわかるだろう。大切なのはどれだけ技を研くかだ。一部の男子選手しか出来なかった高度な技も、数年もすれば女子でもする選手が現れる。10年もすれば当たり前になる。所詮同じ人間がする事だ。誰かが一度手本を見せれば、その瞬間から他の選手にも不可能でなくなる。わかるか?アイカの武器は、そこにある」

 そこにあると言われてもピンとこない。真似をする事が自分の武器なのだろうか?


「まだわからないのか?アイカはどんな走りをする相手でも食らいつき、相手が根負けするまで追いつめてきただろ。私はもうロートルだ。スターシアは勝利への執着が足りない。シャルロッタはアホだ。


 誰におまえの代わりが出来る?


 おまえは誰にも負けない武器を、もう持っている」


「アイカちゃんは、このチームには絶対必要なライダーなんですよ。自信を持ってください」

 エレーナから根性なし呼ばわりされたスターシアも、まったく気にせず愛華を励ました。

 ようやく愛華にも自分の武器の意味がわかった。エレーナさんもスターシアさんも、「愛華が必要」としてくれている。自分にも他の人にないものがあると教えてくれた。ただ愛華自身が忘れていただけだ。同じものを欲しがっても敵う筈がない。

「すみませんでした。わたし、ヘタなくせして何かシャルロッタさんみたいな必殺技とか、バカなこと考えてました」

 アイカはようやく自分には懸命に走るしかないんだ、と開き直ることが出来た。


「ちょっと!黙って聞いてれば、あたしのこと『アホ』とか『バカ』とか納得しないでくれる?」

「いえっ、そんな意味じゃなくて、わたしなんかじゃ、その……魔力が足りないというか、……必殺技とかは無理なんだとわかったんであって、けっしてシャルロッタさんをバカにしてるんじゃ……」

 まあ少しは残念だと思っている。

「魔力のない人間に限って、魔法とか魔術に頼ろうとするのよね。現実はアニメやゲームの世界とちがって、アイテムとか秘伝書さえ手に入れたら強くなれるって訳ないんだから、勘違いしないでよね」

 本当に今日のシャルロッタは真っ当な事を言う。ただし魔法や魔術の存在は否定していないあたり、やっぱり残念な子だ。

「よくわかりました。わたしがバカでした」

「シャルロッタはもっとバカだがな」

 エレーナの一言に、ムッとしたシャルロッタだったが、理不尽な怒りはいつも愛華に向けられる。

「まったくアンタのせいよ!罰として、決勝がスタートしたらすぐにあたしの下に駆けつけなさい。『最後尾だから』とか言い訳は許さないわ、3秒以内よ!」

「そんなぁ……それは無理です」

「『無理』とかも許さないわ!」

「私も許さない。さすがに3秒とは言わないが、言い訳は聞かない。アイカには必ずトップグループまで上がってきてもらう。最初に説明した通り、ハンナたちはスピードレースは避けたい筈だ。個々の実力ではまだ私たちの方が上だからな。だがその差は僅かだ。ラニーニ始め、リンダもナオミも急激に速くなっている。序盤は私たちを徹底して抑え込んで有利なポジションを築き、ラストスパートを仕掛けてくるだろう。予選結果でもわかるように短時間勝負に持ち込めば、今のラニーニならシャルロッタからでも逃げ切れる」

「あたしは逃がしたりしないわ!」

「オーストラリアの合同テストでも、私たちが四人で仕掛けてやっと突破口を開けた相手だ。向こうはあの時よりチームとしてのコンビネーションを確実にしている。こちらは一人少ない。正直勝てる要素が見当たらない」

 エレーナの表情に、ハッタリや誇張はなかった。しかし諦めている顔でもない。

「勝機は、ハンナが相手を私たち三人だけだと考えている事だ。おそらくアイカが勝負に絡んでくるとは思っていない。常識なら単独で最後尾にいるライダーなど考慮しない。そこにつけ入る隙がある。きっちり練習してきているだろうが、組んで日の浅いチーム故に、予想外の流れには脆さもある」


 エレーナは常識ではあり得ないと言っておきながら、愛華が追いつく事を当然のように言った。いくらおだてられた直後とはいえ、つい先ほどまで自分など作戦とは関係ないと思っていた愛華にとっては、いきなり勝負の鍵にされて戸惑ってしまう。


「大丈夫だ、アイカなら出来る」

 エレーナの言葉には、不思議なパワーがある。エレーナが出来ると言えば、どんな事でも出来る気がしてくる。愛華にとっては、まさに魔法の言葉だった。


「別にアンタが居なくても困らないけど、折角だからアンタにも手伝わせてあげるわ。早くしないと、アンタのライバルのチビ、あたし一人でコテンパンにしちゃうから、さっさと追いついて来なさいよね。3秒以内よ!」

 シャルロッタの言葉にも魔法が掛けられている。絶対に追いつきたくなってきた。


「だあっ!わたし、なにがなんでも追いついてみせます!」

 もう泣き言も言い訳も言ってられない。魔法の力に無理はない。


「でも無茶しちゃダメよ、アイカちゃん。無理そうだったら、私が助けに行ってあげるからね」

 スターシアさんが、程好く気負いを緩めてくれた。

「わたしの事は心配しないでください。もう大丈夫です。それに『無理』と言うのは、許されないそうです」


 もう愛華に、一片の迷いもない。現実に甘くないのはわかっている。追いつく前に、レースが終わってしまうかも知れない。それでも持てる力を全部出してやるしかない。

 それが愛華の出来ることだから。(3秒以内は絶対無理)


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[一言] 基礎と基本と技術と応用。私が少年サッカーを指導していた時の言葉です。基礎と基本ができていないものは、技術も身に付かず、その応用も出来ない。
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