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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
6/398

愛華のグランプリ

 スタート時刻が迫るにつれ、愛華の緊張も徐々に高まってきた。しかしそれは、決してネガティブなものでなく、集中力の高まりでもあり、身体の動きもいつも以上にキレがいい感じがする。


 フォーメーションラップを回りながら、エレーナの言葉をもう一度おさらいする。


『隣のライダーを気にするな。フライングを誘われるぞ』


 メインストレートに戻り、1コーナーに最も近いスターティンググリッドにバイクを止めた。


「シグナルと自分のグリッドから1コーナーまでのラインだけに集中」


 心の中で呟くと愛華の五感から聴覚が失われ、視界はシグナルのレッドと目の前から真っ直ぐに1コーナーに伸びる路面以外の色が失われていく。


「いきますっ!」


 フルフェイスヘルメットの中で大声で叫んだ。体操をやっていた時からの気合いを入れる時の習慣だ。その声に応えるように、愛華の視界にグリーンの光が飛び込んできた。


 愛華は絶妙なタイミングでクラッチをミートさせた。小さな身体を更に小さく畳んで、カウルに隠す。モトミニモのライダーの中でも、最も小柄な部類の愛華を乗せたスミホーイsu-31はぐんぐんジュリエッタ勢を引き離していく。


 後方では、エレーナとスターシアも完璧なスタートを決めていた。スタートでバレンティーナの前に出られれば、かなり楽なレースが運べたであろうが、さすがバレンティーナ、彼女も完璧なスタートを決め、グリッドそのままの位置関係で三台が並ぶ。

 バレンティーナ、エレーナ、スターシアの三台が並走したまま1コーナーに雪崩れ込んでいく。前方のブルーストライプスのアシストライダーのテールが目前まで迫っていた。

 エレーナが僅かにスロットルを戻したが、バレンティーナはそのままコーナーの奥へ突き進んでいく。前を走っていたジュリエッタが、まるで後ろに眼があるかのようにスッとラインを開けた。

 エレーナも後に続こうとするが、バレンティーナが抜けるとすぐにイン側のラインは塞がれてしまう。


 絶妙なコンビネーションだ。敵ながらよく訓練され、統率がとれている。エレーナは敵将の手腕に舌を巻いた。


 ブルーストライプスを率いるアレクセイ監督は、かつて自分がいたレッドオクトーバーの監督をしていた男だ。

 それだけに手の内も知っているが、怖さも知っている。


 回り込んだコーナーの先に、愛華が後続に差をつけて、懸命に逃げているのが見える。

 彼女は本当に初めてのレースで、GPの猛者たち相手にホールショットを決めたのだ。なんとか応えてやりたい。

 だが、彼女がバレンティーナたちに追いつかれるのは時間の問題だろう。


「私たちが追いつくまで、なんとか頑張れ」


 エレーナは愛華の小さな背中を励ました。


 エレーナたちがブルーストライプスのブロックを突き崩すのは容易ではない。エレーナとスターシアからすれば、バレンティーナ以外は格下と言えたが、あの男に統率されたチームの手強さは身を持って知っている。

 このポジションで手こずっている間に、先頭の愛華はバレンティーナ相手に単独で戦わなければならない。予選でベストラップを刻んだとは言え、愛華の経験はあまりにも無さすぎる。


 ブルーストライプスは、バレンティーナがサポートライダー一人を従えて愛華を追い、残りの二台でエレーナたちを足留めする作戦のようだ。特に意外性もない基本的な布陣だが、数で勝る状況なら非常に有効的だ。スターシアの後ろには、もう一台が隙を伺っている。

 先頭こそ愛華が抑えているものの、完全にブルーストライプスのペースに陥っていた。


 愛華が如何に軽量で、スミホーイの性能を持ってしても、単独では交代でスリップストリームを使いあいながら追って来るバレンティーナたちから、到底逃げ切れるものではなかった。

 愛華がアドバンテージを築けたのも、スタートから僅かな区間のみで、メインストレートに戻ってくる頃にはもう真後ろにまで迫まれていた。


 愛華は絶対にトップを譲らない覚悟でいた。

 バレンティーナと彼女のアシストを先行させれば、いくらエレーナさんでも追い上げるのは困難だ。せめてエレーナさんたちが追いつくまでは、自分が踏みとどまるしかない。

 しかし、バレンティーナのプッシュは、愛華の想像以上に激しいものだった。


 1コーナーから延々と続く、深く回り込んだ下りのコーナーの連続に、スミホーイのフレームがカッ、カッとカーボン特有の嫌な軋みを伝えて来る。カーボンはアルミのようなしなやかな撓み方はせず、限界を掴みづらい。

 だが、確実に限界はカーボンの方が高い筈だ。愛華はスミホーイの剛性を信じ、自分のバランス感覚と反射神経を研ぎ澄まして横Gに身を預ける。


 ザザーッ


 ぴったりインを塞いで、フルバンクまでバイクを寝かし180度コーナーを回っている最中に、突然イン側のお尻に何かが触れた。


「熱ぅ!」


 思わず愛華が振り返ると、バレンティーナが愛華とイン側ゼブラの間に強引にマシンを捩じ込んできていた。バレンティーナのフロントタイヤが愛華のお尻に接触したのだ。


「ちょっ、ちょっと無理です!」


 愛華は叫んだが、声は届く筈もなく、更にもう一度革ツナギのお尻の部分を擦られる。

 明らかに故意でやっていると感じた。

 しかし、あんな事してよくハンドルとられないものかと関心してしまう。テクニックでは、やはり相手が上だ。


 切り返しての右コーナーでも、執拗にインを攻めて来る。 関心している場合ではなかった。


「この人、頭おかしいの?絡まったりしたら、二人とも転倒しちゃうじゃないですか!」

 愛華は怯みかけたが、エレーナの話を思い出した。


 『バレンティーナは先ずメンタルで追い込んで来る。自分にはかなわないと相手の心に刻み込ませるのがやつのやり方だ』


 バレンティーナは愛華を脅かしているだけだ。だとしたら、此処で怯んだら、ずっと舐められてしまう。

 たぶんバレンティーナは絶対ミスしない自信があるにちがいない。よく見ると愛華が譲らなくても、絶対巻き込まれない位置をキープしている。

 だったら自分もバレンティーナのテクニックを信用しよう。


 愛華は奇妙な信頼をバレンティーナに寄せて、絶対退かない覚悟を決めた。

 バレンティーナは、尚も執拗に当ててくる。それだけのテクニック差があれば、無理しなくても抜けるポイントがある筈なのに、じわじわと愛華をいたぶり続けた。それでも愛華は、インを空けず、バレンティーナのアタックを受け止め続ける。

 一度抜かれたら、もう抜き返すなんて無理だ。向こうから自分の相手になってくれるなら、それだけエレーナさんたちが追いつく時間が稼げる。

 エレーナに絶対の尊敬と信頼を寄せる愛華に、怖いものはない。


 愛華が怯まない事に、バレンティーナも苛ついてきていた。あまりやり過ぎれば、ペナルティーが課せられるのも構わず、次の周回には更に激しく、しかもアシストと交代しながらぶつけてきた。

 既に愛華のツナギの両方のお尻には、黒々とタイヤの跡がついている。


 必死にがんばっていても、愛華の気力と体力は徐々に削り取られていた。


「うわっ!」


 今度は太ももの部分に当てられた。ハンドルから左手を離し、擦られた大腿部に手を伸ばして確かめる。

 そこはストロベリーナイツのトレードマークである、苺に二対のピストンとコンロッドを海賊旗のように交差させたエンブレムが貼られているところだ。剥がれかかったエンブレムが、バタバタしていた。


「もおぅ、もおぅ、絶対許さないんだから!新品のツナギだったのに!あんたたちなんか、エレーナさんとスターシアさんが来たら、コテンパンにやっつけてくれるんだからぁ!」


 愛華は精いっぱいの強がりを叫んだ。強がるしかない。

 しかし、その強がりもいつまで言っていられるかわからない。


「エレーナさん、スターシアさん、わたし頑張ってます。だから早く来て下さい」


 自分の実力では、どうにもならない限界を感じつつも、エレーナに仕える騎士としての誇り、そしてチームへの忠誠心と信頼だけで必死に耐えていた。



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