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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
59/398

グランプリ オブ ジ アメリカズ

 マレーシアのセパンサーキットで行われた三日間の合同テストは、タイム的には前評判通りストロベリーナイツの強さが際立つものであった。

 それでもバレンティーナの抜けたブルーストライプスが、チーム一丸となってシャルロッタと愛華を抑えるシーンが何度も観られ、レースでは今シーズンもこの二チームが、熱いバトルを繰り広げる事を期待させてくれた。

 それに対し、ヤマダワークスのバレンティーナとケリーは、ほとんどの時間を単独でのマシンテストに終始し、まだヤマダYC-213の仕上がりが十分でない事を示していた。


 その二週間後に行われたオーストラリア、フィリップアイランドでの合同テストでは、ヤマダからバレンティーナ、ケリー、マリアローザの他、テストに参加していたアメリカ人三人とオーストラリア人と日本人一人ずつが正式にエントリーリストに加える事が発表されたが、相変わらず集団での走行は見せず、どのような構成になるかは不明のままだった。


 フィリップアイランドでも、ストロベリーナイツとブルーストライプスの対向は、よりヒートアップして、前回よりチームワークを密にしてきたブルーストライプスに対して、シャルロッタ、愛華だけでなく、エレーナとスターシアも加わっての、本番レースさながらのポジション争いを展開し、苺騎士団独断のシーズンとはならない事を印象付けた。




 MotoGPの開幕戦は、近年は中東のカタールGPが恒例となっているが、Motoミニモだけは、ずっとシリーズ第二戦からの開幕となっていた。


 砂漠と酷暑の中東地域では、モーターサイクルを日常の移動手段として利用するのは現実的ではない。この地域の人々がモーターサイクルに求めるものは、ステイタスである。

 この地域の王族たちは、古来から誰よりも速い馬や駱駝を所有する事を、富と権力の象徴してきた。現在でもその伝統は残り、オイルマネーに物言わせて、乗り物に大金を惜しまず、より強く速いものを欲しがった。

 自動車でも、破格のスペシャルマシンが飛ぶように売れるのは、今時世界的にも中国と中東地域だけと言っていい。ウイニングマシンを、カネに糸目をつけず欲しがる輩もいる。

 中国では、二輪は貧乏人の乗り物というイメージがあるが、中東砂漠地帯において、四輪の方が速くて快適にも関わらず、モーターサイクルには古の英雄たちの跨がった、馬や駱駝に重なる憧れがあった。

 自動車メーカー同様、世界のオートバイメーカーにとって、中東地域には、とてつもない上客のいる市場なのだが、その人気は、最速最高峰クラスのMotoGPに限られていた。

 軽いマシンとライダーによる軽快なコーナーリングワークも、ハイレベルなチーム戦術も、あまり受け入れられていない。パワフルで誰よりも速い事にこそ、ステイタスがある。


 そしてもう一つは、女性が目立った活躍する事を是としない、この地域主流の宗教的思想がある。

 以前、エレーナに対して過激なグループから脅迫状が送りつけられたりした事もあった。エレーナはそれほど気にはしなかったが(デビュー当時からこの手の脅迫はよくあった)、警備上の理由と他の女性ライダーの多くがカタールGP出場を拒んだため、Motoミニモの開幕は、一戦遅れてのスタートとなっていた。


 Motoミニモ開幕戦は、MotoGP第二戦にあたるグランプリ オブ ジ アメリカズからとなる。開催されるサーキット オブ ジ アメリカズは、この年から初めてシリーズに組み込まれた新しいサーキットだった。

 ほとんどのライダーにとって、初めてのコースであり、一部では地元のケリーが有利とも囁かれたが、新設されたばかりのコースで、ケリーもほとんど走った事がない。

 メインと裏の二本のストレートの他は、高速のS字の連続と回り込んだ複合コーナーで構成され、高低差も大きいテクニカルなサーキットであり、純粋に技術と経験のあるベテランが力を発揮すると予想された。


 最初のフリー走行でも、やはり愛華は初めての難コースに悪戦苦闘するが、エレーナやスターシアを掴まえると後ろに付いてなんとか走れるラインを探っていった。


 ライバルのラニーニも難コースに手を焼いていたが、チームの司令塔であるハンナに先導されると、すぐに好タイムを記録し始めた。


 シャルロッタに関しては、初めてのコースであってもいつも通り、自在にひらりひらりと舞うように難しいコースを抜けて行く。彼女に言わせれば、コーナーがあれば曲がるだけだそうだ。


「アンタ、なにコース上で迷子みたいにおろおろしてるのよ。あたしがお手本を魅せてあげるから、付いて来なさい」

 彼女は、愛華がなかなか自分を頼らないのが不満らしい。

 本人すら、どう走っているのか意識していないのだから、手本としてはまったく相応しくない。参考にはあまりならないが、見ておく価値はあった。

 なんだかんだと愛華は、シャルロッタと同じようなラインを辿って、なんとか付いて行く。


 批判する事で権威を保とうとするかつてGP出場経験のある解説者から、愛華は器用なだけで自分の走りが出来ないライダーと酷評されたりしていたが、彼女を単なる真似上手と言うのは明らかに間違った認識だ。


 エレーナと走れば、エレーナのように力強い走りを、スターシアと走れば、スターシアのようなスムースな走りをする。そしてシャルロッタの変則的なリズムにも合わせられるとなれば、もう特殊な才能である。

 確かに自分のライディングスタイルというものが確立出来ておらず、器用だが飛び抜けてはいないというのは事実だが、バイクに乗り初めてまだ三年目の少女が、GP界きってのタレントたちを同等レベルで模倣出来る事自体、驚異と言える。


「アンタ、魔力ではあたしに及ばない、圧倒する威圧感ではエレーナ様に敵わない、美しさではスターシアお姉さまの足下なんて、結局なにやっても二番止まりね。あたしの下僕なら、なんかこう絶対負けない必殺技の一つくらい編み出しなさいよ」

 シャルロッタの無茶な要求が、愛華の心に刺さった。


 エレーナに憧れ、他のライダーより遅くからバイクを始めた愛華にとって、このメンバーと対等に評価されるだけでも夢のような事だ。酷評した解説者に反論する気などない。自分自身が一番よくわかっている。

 それでも、今のままでいいのかとの不安もあった。勿論、この三人に勝てるものがあるとは思えない。だが、苺騎士団の一人として、自分にしか出来ない『なにか』が欲しかった。


 昨シーズン途中から、人数合わせの代役としてチームに加わった。

 足手纏いにならないように、ただ夢中で頑張った。

 実力以上の結果も残せた。でもそれはエレーナさんやスターシアさん、そしてシャルロッタさんたちのおかげだ。メカニックの人たちにも助けられた。

 自分は、たまたま運に恵まれていただけで、誰だってこのチームに入れば、当たり前の結果なんじゃないだろうか。いや、本当ならもっと相応しい人がいたかも知れない。


 『ネガティブな考えを、頑張りの糧に代える』

 エレーナを目標にしてから、愛華がずっと心がけてきた人生訓だ。


「わたし、絶対に誰にも負けないわたしだけの武器を見つけよう!」

 圧し潰されそうなプレッシャーの中で、勇気を奮い起こして誓った。

 しかしこの時愛華は、大きな勘違いをしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ライダーは一人じゃない。たくさんの協力してくれる仲間達がいないと成立しない。
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