両チームの本気
「でもエレーナ様、バレンティーナなんて今日のテストでも下の方のタイムしか出てないわ。ジュリエッタのサテライトチームにも負けてます」
「そうだ、現時点でのヤマダは、我々の敵ではない。しかし、彼らはこのセパンサーキットに、20台ものマシンを持ち込んで、発表されたバレンティーナ、ケリー、マリアローザの他に、10人ものテストライダーに走らせている」
シャルロッタのもっともな反論に、エレーナは冷静に答えた。
愛華とラニーニは、興味深そうに聞いている。
「駄目バイクと駄目ライダーをいくら揃えても、ちっとも怖くないわ。後ろの方でごちゃごちゃやってたって、あたしの引き立て役にもならないじゃない」
「マシン開発に必要なのは、高い技術力と優秀な人材、そして時間とカネだ。ヤマダの技術力は、他のクラスでも証明されている。人材も豊富だろう。ないのは時間だ。ヤマダのマシンがトップクラスに、何れ追いつくのは間違いないが、早くてもシーズン中盤以降だと予想していた。当然スミホーイにしろ、ジュリエッタにしろ、技術者たちも改良を重ね続けてくれるだろうから、現実的に対等なマシンに仕上がるのは、シリーズ後半になると見積もっていたが、ヤマダは資金力をもって時間を早送りするだろう」
時間を早送りするとは、もうシャルロッタの理解力を超えてしまっていた。ハンナとスターシアにはわかっているようだが、愛華たちにもピンとこない。
「昨シーズン途中に、ジュリエッタはニューマシン投入を早めて失敗したろう?」
ラニーニとナオミが頷く。
エレーナは、若い子たちにもわかりやすいように例をあげて説明を始めた。
「あれは開発の失敗ではなく、十分なテストと実戦での熟成が足りなかったからだ。どんなに完璧に設計しても、実際に走らせれば必ず問題点が出る。テストコースで問題なくても、レースでは問題がみつかる」
立場は違えど、ハンナ以外全員が昨シーズン経験して記憶に新しい。
「ヤマダがワークスチームとして、三人以外に実際何台エントリーするのか不明だが、おそらく最大規模のチームにするつもりだろう」
「何台きても、あたしには関係ないわ」
シャルロッタが自信たっぷりに口を挟んだが、エレーナは話を続けた。
「ヤマダの広告コピー『レースこそ最高のテストの場』とは真実だ。それはどのチームにとってもあてはまる。レースを開発側から視れば、ライダーの数しかデータの蓄積が出来ない事でもある。つまり我々なら四人分のデータしか得られないが、ライダーが八人なら倍のデータが蓄積出来る。しかも、本気で好成績を狙うグループと試験的技術を試すためのグループとに分ければ、開発スピードは更に飛躍するだろう。データの種類と量が多いほど開発には優位だが、実際には開発出来るだけのレベルのライダーや技術者の確保など、様々な問題もある。一番の問題はカネだ」
愛華にも、ようやく資金力で時間を早送りするという意味がわかってきた。つまり圧倒的な資金さえあれば、開発のスピードを速める事も可能になるという。
「それじゃあ、ヤマダは二つのチームで走るってことですか?」
「純粋に好成績をめざすAチームと開発専門のBチームみたいになるのか、バレンティーナとケリーを別々にして、2チームダブルエース体制にするのかは不明だが、私は二つのチームになると予想している」
「速い人だけ集めてチームを作って、あとは開発専門チームにした方が合理的そうですね」
「そうとも限らん。実戦テストはトップライダーがバトルして初めて判る事もある。違う仕様のマシンを高いレベルで比べるには、2チームにそれぞれのエースというのにもメリットがある。バレンティーナとケリーの相性もあるだろう。どちらもプライドが高いし、実力もある」
「あたしから見れば、どっちもどんぐりの背くらべね。小者同士、足の引っ張り合いして自滅するのがオチよ」
「シャルロッタの言う通り、過去にダブルエースを採用して成功した例はない。それでも私が監督ならバレンティーナチームとケリーチームに別けて、互いに競わせる」
「それじゃあ却って対抗心を煽られて、潰し合うじゃないですか?」
愛華がエレーナに意見するには勇気がいった。ケリーさんについてはよく知らないが、バレンティーナさんの性格を考えると、リスクが高いように思えた。ラニーニも愛華と同意見のように頷いてくれて、ほっとする。
「その可能性は否定出来ないだろう。だがヤマダ同士のタイトル争いを見せつけられる可能性もある。我々が気をつけねばならないのは、現状のヤマダを甘く見て、ストロベリーナイツとブルーストライプスで牽制し合っている場合じゃないという事だ」
愛華とラニーニとナオミが緊張する。シャルロッタも真面目な顔つきになった。
「私とハンナに、馴れ合うつもりも、ヤマダに対抗して共闘するつもりもない。小細工なしで正々堂々と正面からぶつかり合える強力なライバルとして、信用出来る関係でありたいと思っている」
ライバルと信用出来る関係とは、本当のライバルに巡り合った事のない者には理解出来ないかも知れない。
相手に勝つために、相手の長所も短所も研究し、性格や癖までも知ろうと必死になる。
ぎりぎりの接近戦の中、相手がミスすれば自分も捲き込まれる状況でも、或いは逆であっても、思いきり走れる相手。
ライバルが強ければ強いほど、互いを知り尽くし、相手に対する敬意と信頼も強くなる関係。
それは、戦い続ける以上切り離される事のない、恋人より深い繋がり。
強力なライバルは、自分を強くしてくれる。そして素晴らしいライバルは、更に強くなって自分の前に立ちはだかってくれる。
愛華はラニーニの顔を見た。
ラニーニも愛華の顔を見ていた。
(頑張ろうね!)
互いに視線で誓い合った。
愛華とラニーニの様子が気に入らないのが、シャルロッタである。
「ま、あたしのライバルチームのエースとしては、ちょっと物足りないわね」
バレンティーナすら見下しているシャルロッタにすれば、ラニーニでは役者不足と言いたいであろう。愛華が抗議しようとする前に、ハンナが先に口を開いた。
「あら、私はラニーニさんならあなたに勝てると思って、アレクセイ監督の要請を受けたんですけど」
「はあぁ?なに言ってるのこの人。あたしが負ける訳ないでしょ。寝言は寝て言って欲しいわね。いいわ、特別に目を醒まさせてあげる。アンタたち全員の魔力を合わせたって、あたしの魔力に及ばないってことを、明日思い知らせてあげるわ」
「アホ!おまえの単純で激情する性格を見抜かれて挑発されているんだ、このバカ。それからラニーニに対しては私も高く評価している。おまえもうかうかしていると、本当に負けるぞ」
「それはあり得ませんよ、エレーナ様。あのバレンティーナより下ですよ、ラニーニは」
「以前も言ったが、本来ラニーニはバレンティーナのアシストとしては相応しくない。劣っているのではなく、寧ろその逆だ。アシストとしてではなくエースとして使ってこそ、その潜在能力を発揮出来ると思っている」
エレーナから評価されて、ラニーニは驚きと嬉しさの入り交じった、それでいて恐れ多くて本気で喜ぶのも恥ずかしくて、照れたような顔になる。
「すごいね、ラニーニちゃん」
「私なんて、まだまだだよ。シャルロッタさんは、本当に速いから」
心の中では、女王エレーナに評価されて跳び上がるほど嬉しかったが、懸命に冷静さを装っていた。シャルロッタとは対照的だ。
「私には、アレクセイ監督がハンナをどうしても欲しかった理由が想像出来る。うちらと単に二強として競い合っていたこれまででも、ピットからの指揮だけでは限界を感じていたのだろう。バレンティーナにはチーム全体を冷静に指揮する能力がなかったからな。これからヤマダが力をつければ、三強、或いは四強時代に突入するだろう。そうなれば、レース中に臨機応変にチームの指揮が出来る司令塔の存在が不可欠となるのは必至だ。バレンティーナのように命令されるのは嫌うが、的確な指揮も出来ないエースを追い出して、ハンナを招き入れられたのは、寧ろ理想に近づいたと思っている筈だ」
「エレーナさんの言う通り、アレクセイ監督はそう言って私を口説きました。そして私は、ラニーニさんをエースとして育て、新生ブルーストライプスを、タイトルを狙えるチームにするつもりです」
ハンナの言葉に、「あなたとは、もう先生でも生徒でもない」と言われた気がして、愛華は少し寂しかったが、闘志も燃え上がった。
「ヤマダが資金力で時間を早送りするなら、セコい時間稼ぎなどしてもジリ貧になるだけだ。ストロベリーナイツとブルーストライプスは、無駄な牽制もコース上以外でのつまらん駆け引きも省いて最初から堂々と戦う。遠慮は要らない。潰し合うのではなく、本気でぶつかり合え」
エレーナの宣言に全員が頷いた。特にこんな宣言をするために集まった訳ではなかったが、親睦を深めるための食事会という訳でもない。これから始まるシーズンが、これまで以上に激しく厳しいものである事を誰もが覚悟した。
エキサイティングなレースは、全員が望むところだった。
これからのシーズン開幕に向けての話は、それで打ち切られ、エレーナたち年長組のテーブルは和やかな雰囲気で食事を楽しんだ。お互いをよく知り、尊敬と信頼を持ち合わせるベテランライダーたちには問題ない。
しかし、愛華たち未成年組は、ぎこちなく緊張したままだった。
愛華とラニーニはいつも通り話せるのだが、シャルロッタがどうしても浮いてしまう。
基本シャルロッタ語は、オタク専門用語が多く、愚民どもには理解しづらい上、愛華がシャルロッタに気を使うと、いつものツンデレ五割増で返し、そんなシャルロッタにラニーニもナオミも戸惑うの繰り返しで、益々会話が弾まなくなる。
その様子を眺めながらエレーナは思った。
どのチームも確実に強くなっているが、どのチームも不安要素も抱えている。
苺騎士団最大の不安要素は、やはりこのシャルロッタのおバカさ加減だろう。チームメイトであってもライバルであっても、先ずは舐めてかかる。そうして思わぬところで足を掬われる。
逆に言えば、実力さえ認めれば本気で向き合う。
シャルロッタの才能を最大限引き出すためにも、ハンナやラニーニたちに強くなってもらい、本気で競い合わせなくてはならなかった。
バカなシャルロッタに、言葉は通じない。実際に走り競い合ってみなければ、相手を理解出来ないバカなのだ。
(走らなければ理解出来ないという本質は、エレーナも実は同じなのだが、ここは置いておこう)