表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
56/398

試し合い

 スターシアがブレーキングを始めるのと、ほとんど同じタイミングで愛華も減速をした。

 前を走るスターシアと愛華の車間は、僅かに30センチ以下。少しでも愛華の減速が遅れれば、即追突してしまう距離だ。愛華だけでない。その後ろにはシャルロッタとエレーナも同じようにピッタリと連なっている。


 美しいフォームで最終コーナーを回るスターシアの後ろを、四連結のトレインのように牽かれていく。


 右手を目一杯捻り、フルスロットルで立ち上がる。愛華がシフトアップすると、二速のままギリギリまで粘っていたスターシアが、スッとラインを譲った。愛華はエンジン回転の上昇そのままに速度を上げ、先頭に立つ。


 長いストレートの空気を切り裂きながら加速を続け、回転が頭打ちし始めた時には、真後ろで先に四速に入れたシャルロッタが、スリップストリームを出て真横に並んでいた。


 合同テスト初日、午後の走行からストロベリーナイツの四人は、くるくるとポジションを入れ替えながら、セパンサーキットのベストタイムに近いペースでラップを重ねていた。

 多くのチームが、エースライダーの決定が遅れ、十分なチーム走行も出来ない状態で合同テストに参加していた。

 バレンティーナの移籍したヤマダワークスチームは、20台以上のマシンを持ち込みながら、未だにマシンセッティングに手こずっている様子だった。


 昨シーズン終了してすぐ、ライダーそのままの四人チーム体制存続を発表したストロベリーナイツは、改めて打ち合わせするまでもなく十分連係が出来ていた。マシンも多少の変更はあるものの、大きく特性が変わるようなものではない。

 その上で、ホームのテストコースをしっかりと走り込んできた。コースを走れない時期も、出来る限り一緒に行動していたので、マシンもチームワークも仕上がりも、他のチームと比べ断トツである。




 エレーナに先頭ローテーションが巡ってきた時、前方にブルーストライプスの一団が見えた。


 ハンナたちもペースを上げてきてるようだ。

 ハンナの加入がテスト直前だったとはいえ、他は昨シーズンからの残留だ。ハンナの実力とライディングスタイルを考えれば、合わせるのにそれほどの手間はかからないだろう。


 エレーナは、ブルーストライプスのペースに合わせ、後ろから様子を伺った。

 先頭にいたハンナもそれに気づき、少しだけペースを上げた。


 ブルーストライプスのペースアップに、突然シャルロッタが一番後ろから飛び出して、ブルーストライプスの集団にマシンを並べた。

 一番後ろになった愛華は、どうしたのかわからず、エレーナを伺うが動きがない。取敢えず愛華も静観する。


 シャルロッタは、ハンナに向かってヘルメットのシールドに貼ってある『捨てシールド』を剥がして見せた。

 パタパタと高速の風圧に煽られて一瞬で飛んでいった捨てシールドが見えて、愛華は不穏な空気を感じた。捨てシールドを剥がして見せるのは、シャルロッタがよくする“本気モード”を示すサインだ。


 ハンナもその意味を理解したのか、なんと彼女も自分の捨てシールドを剥がして見せた。

 誰がいつから始めたか謎だが、ライダー同士だけに交わされる秘密の言語。


 シャルロッタが勝負を挑み、ハンナがそれを受けた。


「ええっ!?リヒター先生、シャルロッタさんからの挑戦、受けちゃうんですか!?」

 冷静なリヒター先生が、シャルロッタの挑発に乗ったことに驚いた。

「エレーナさん!すぐにシャルロッタさんを止めないと」

 慌ててエレーナを促した。

「心配ないだろう。シャルロッタはバカだが、勝負に卑怯な真似はしない。大丈夫だ」

「いえ、そういうことじゃなくって、いきなりケンカ売ってんですよ、ぜんぜん大丈夫じゃないです!」

「そうか?確かにあのバカひとりでは大変かもしれんな。向こうは四人だし、アイカも手伝ってやるか?」

「エレーナさんを見損ないました。昔のチームメイトと今のチームのエースがケンカしそうなのに止めないなんて、そんな薄情な人とは思いませんでした。わたし一人でも止めてきます」

「しっかり頑張ってこいよ」

 愛華はエレーナの励ましの声を無視して、シャルロッタに追いつこうとスロットルを捻った。


「いいんですか、アイカちゃんまで行かせて」

 スターシアがエレーナに尋ねる。しかし、本気で心配している様子ではない。

「ハンナはおそらくシャルロッタを研究しているだろうからな。アイカの事もよく知っている。逆にシャルロッタはハンナを知らない。一度手合わせしてもらうにはいい機会だろう。これまでの相手とは違うスタイルに、どう反応するか私も興味ある。アイカも“ハンナ先生”のもうひとつの顔に戸惑う事だろう」

 エレーナは人が悪そうな微笑みを浮かべた。


  愛華が追いついた時点で、シャルロッタはディフェンスライダーのリンダ・アンダーソンとナオミ・サントスに挟まれていた。ハンナとラニーニは、その前にいる。

 本気モードのシャルロッタにすれば、容易く振り払える相手だ。彼女がハンナとラニーニに迫る前に、割って入ろうと愛華は急いだ。しかし、愛華の動きより早くシャルロッタが仕掛けた。

 ブレーキング勝負で競り勝ち、先にコーナーに入る。オーバースピードも構わず、強引に曲がりきり、立ち上がり体勢に入る。あとは加速で置き去りにするだけ。

 その時、シャルロッタは自分の加速ライン前方に、ハンナがいるのに気づいた。

「邪魔くさいわねっ!」

 唯でさえ無理な立ち上がりラインから、更に内側への変更を余儀なくされた。

 僅かに加速が鈍った隙に、再びリンダとナオミに追いつかれていた。


 後ろから一部始終を見ていた愛華にも、ハンナがブロックしたようには見えなかった。

 たまたま周回遅れ(バックマーカー)に詰まって、パス出来なかっただけのような印象だった。


 一旦下がって立て直すと、シャルロッタはもう一度同じようにアタックした。

 そして又してもハンナに詰まる。


「ちょっと、アンタ!わざとやってるでしょ!」

 当たり前である。バトルしているのだ。

 自分から挑発しておいて、自分でイラついたシャルロッタが怒鳴った。

 ハンナは、悠々とバトルの最中であるのも感じさせない自然さで、シャルロッタのラインを塞いでいた。


「アイカもぼけーぇと観てないで、手伝いなさいよ」

「えっ?あっ、だあっ!」

 止めにきたはずなのに、思わず返事をしてしまった。

「アンタが先に仕掛けて惹き付けておいて!」

 言われて愛華は、アウトからパスするラインで仕掛けた。

 リンダもアウトに膨らむ。ナオミは愛華を気にしつつも、シャルロッタを警戒してインを空けない。しかしシャルロッタにとってはないに等しいブロックだ。あっという間にナオミの前に出た。

 だが今回もハンナが立ちはだかった。しかも今度はラニーニまでマシンを並べていた。

 気がつけば、リンダに外側に並ばれ、後ろにはナオミに貼り付かれていた。


 フリーになった愛華はいつの間にか先頭に出ていた。

 ラニーニが追ってきたが、シャルロッタと分断された愛華は、ラニーニとのバトルに集中出来ない。

 エースになったラニーニと競いあうのは楽しみにしていたが、自分のチームのエースが抑えられていては、たとえラニーニに勝ってもチームとしては負けだ。エースを勝たせられなければ、愛華が負けたも同然である。


 愛華は、ハンナの気を引こうと前でうろちょろするが、ハンナは愛華への対応はラニーニひとりに任せ、最初と同じようにリンダとナオミを追い抜くシャルロッタの動きを読み、絶えず先回りして抑え込み続けていた。


 結局、シャルロッタがブロックを強引に突破して愛華に追いついたのは、勝負を挑んでから8周を要していた。勢いでラニーニもかわした時に、走行終了のフラッグが振られた。


 ハンナが今日初めてチームに加わった即席チームである事を考慮すると、決して喜べる勝ちではなかった。

 エレーナとスターシアが手を貸せば、もっと早く決着がついたであろうが、開幕までには向こうもチームワークをみっちり練り合わせて来るだろう。


 何れにしろ、シャルロッタにとっては、バレンティーナのいた時以上に戦いづらい相手であるのは、間違いなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ベテランとは単に歳を重ねた者の事では無い。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ