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最速の女神たち   作者: YASSI
フルシーズン出場
54/398

合同テスト

 二月に入ると、マレーシアのセパンサーキットにおいてGPに参戦するチームによる合同テストが行われた。Motoミニモのクラスもほぼすべてのチームが参加した。

 オフシーズンの間、それぞれのホームコースでテストやセットアップをしていても、実際にGPが開催されるサーキットで、ライバルたちと直接比較できるのは、開幕前の重要なテストである。シーズンを占う上でも貴重な機会なので、マスコミも本番レース並みに取材に力を入れる。

 しかし今年の合同テストは、いつもとは少し様子が違っていた。例年であれば、どのチームも来るシーズン開幕に向けて、ほぼ体制が決まっている時期であったが、今年は一月に発表されたヤマダワークスのMotoミニモ復帰とそれに伴うバレンティーナの電撃移籍によって、ライダーの決定が遅れるチームが続出していた。


 問題は、バレンティーナとマリアローザの抜けたブルーストライプスのシートを誰が跨るかであり、野心と自信のあるライダーは、そこを狙って中堅クラス以下のチームとの契約を躊躇っていた。

 そんなライダーたちからの売り込みを受け流し、ブルーストライプス監督のアレクセイが熱烈なラブコールを送り続けていた相手は、現在第一線から遠ざかり、GPアカデミーで指導をしていたハンナ・リヒターであった。


 若いライダーや新しいファンには馴染みがない名であったが、九〇年代後半から二〇〇〇年代前半にかけて、エレーナがGP四年連続制覇を達成し、第二期エレーナ王朝と呼ばれた時期にアシストを務めていたドイツ人女性である。

 あまり目立たず、印象に残り難い存在であったが、アシストとして絶えずエレーナを陰から支え、『女王エレーナ』の名を不動のものにした名参謀としてコアなファンの間では『アシストのお手本』と評される隠れた名ライダーである。

 明確な引退宣言すらせず、世界の表舞台から退いていたが、現在でも時折アカデミー生を指揮してローカルレースには出場していた。


 バイク未経験の愛華をオーディションで発掘し、基礎から鍛えたのも彼女であり、ストロベリーナイツのマシンが、昨シーズン後半から採用したインジェクションシステムを供給しているリヒターモトスポルト社は、彼女の父親の会社であった。

 いろいろな意味で、ストロベリーナイツとはゆかりのある人物である。


 ハンナのブルーストライプス加入が決定し、今季のチーム体制が、エースライダーをラニーニとした四人体制である事が発表されたのが、今回の合同テスト直前であった。

 自分こそがブルーストライプスのシートをものにすると疑っていなかったライダーたちは慌てた。この時期までライダーの決まっていないチームは、マシン開発やスポンサー集めに支障をきたしており、いつくかのチームは既に新人や引退したライダーと契約を交わしていた。

 残されたシートをめぐり、セパンサーキットのパドックは、契約を保留していたライダーたちの椅子とりゲームの場となった。

 常勝チーム加入を夢見た彼女たちの何人かは、今シーズン走る事が出来なくなるだろう。

 大物ライダーの移籍時に、稀に起こる混乱である。



 昨シーズン途中からのデビューだった愛華にとって、シーズン前の合同テストは初めての参加であった。


 ヤマダのワークス活動再開とバレンティーナの移籍、ケリーとハンナという二人の名ライダーのカムバックとそれに伴う各チームの混乱で、パドックはチーム関係者からライダー、マスコミまでがレース本番以上の血走った眼で走り回っている。


「例年だと、もっと落ち着いた雰囲気なんだがな」

 エレーナが戸惑い気味の愛華に教えてくれた。一連の騒動からは離れた立場にいるストロベリーナイツは、逆にテストに集中出来ていた。テストの合間の休憩時間にも、しつこく取材を受ける事もない。

「ディフェンディングチャンピオンのチームで、新しいエースであるシャルロッタ様の取材を差し置くなんて、いったい何考えてるの?まったく迷惑な女ね、バレンティーナってのは」

 シャルロッタは、注目をさらわれたのが余程悔しいらしい。

「おかげでウチらは落ち着いてテストに集中出来るんだ。まだシートの決まってない連中には悪いが、それもこの世界にいる以上仕方ない事だ。それよりシャルロッタ、おまえ新しいエースと言ったが、去年もそう言っていたな」

「……あっ!エレーナ様、見て下さい、午前中のラップタイムが発表されてます。あたしが断トツなのはわかっていたけど、アイカもまあ頑張ったんじゃ」

「去年も新しいエースだと言っていたよな」

「……、ラニーニってのも、なかなかやるわね、スターシアお姉様にコンマ02秒差なんて」

「去年のエースは、本当は誰だった?」

 エレーナは、昨シーズン途中のシャルロッタ欠場によりエースを引き継ぎ、苦労させられた事を根にもっていた。というよりシャルロッタが調子に乗りすぎないよう手綱を絞っている。まあ既に本日も問題を起こしていたのだが、昨今は体罰に対して風当たりが厳しくて、あまりおおっぴらにドつけなかったのが、エレーナを尚更イラつかせていた。


 このバカは、口で言ってもまったく反省しとらん。


 シャルロッタは、今日午前の走行でいきなりサーキットベストのタイムを叩きだすとピットレーンでいきなりバーンアウト(停止状態でリアタイヤをホイルスピンさせて白煙を上げるパフォーマンス)を始めて、たったワンラップしかフルアタックしていないタイヤをバーストさせてしまった。カメラマンと見学にきていた地元ファンは歓んだが、コース係りから厳重注意されるわ、タイヤメーカーのサービスから苦情はくるわで、エレーナにすればシャルロッタこそ迷惑な女である。他の皆にとっても迷惑女である。

 メディアへの露出は、スポンサーに対する義務とも言えるので、マスコミへのサービスは大切であるが、シャルロッタの場合、常識というものがない。サービスではなく、いつも自分が話題の中心にいたいだけだ。首に縄つけて両手両足縛って丁度いい。


 その辺りの経緯は愛華も知っていいたが、ネチネチ責められるシャルロッタが、ちょっと気の毒になってきた。

「あの、シャルロッタさんが欠場しなかったら、わたしはこのチームに入れなかったわけで、今頃、入れてくれるチームさがして途方に暮れてたかもしれません。だから、その……」

「そうよ!アンタ、めずらしくいいこと言うじゃない!」

「それとおまえがバカなのは、別だ!」

 “パコン”

 やっとシャルロッタは軽く頭を叩いてもらえた。

「そんなにシャルロッタさんを責めないであげましょう。アイカちゃんと引き合わせてくれたのは、シャルロッタさんがおバカだったおかげなのだから。いつまでも根にもつなんて、エレーナさんらしくありませんですよ」

「スターシアまでこのバカを庇うのか?こいつは甘やかすとすぐに調子に乗る。私の予定をいつもめちゃくちゃにする」

「まあまあ、結果的に良かったんですから」

 スターシアがエレーナをなだめると、すぐさまシャルロッタは調子づいた。

「そうです、エレーナ様。『レースに絶対はない。唯一確かな事は、予定通りには絶対にいかないという事だ』って言うじゃないですか」

「難しい格言を知っているな。誰の名言だ?」

「偉大なるライダーにして、エレーナ女王の忠実なるしもべ、カルロタ・デ・フェリーニのお言葉です」


 結局シャルロッタは、エレーナにフルボッコにされた。



「お取り組み中のようですけど、お邪魔してもよろしいですか」

 エレーナにボコボコにされるシャルロッタを傍観していた愛華の耳に、聞き覚えのある声が聞こえて振り返った。

「リヒター先生!お久しぶりです」

 話題の人、ハンナ・リヒターがトレーラーハウスの入り口に立っていた。

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