日本の休日
チャンピオンチームであるストロベリーナイツのライダーたちは、ツェツィーリアのテストコースが雪に覆われて走れなくなっても、毎日フィジカルトレーニングのメニューをこなし、オフロードバイクで雪上を走ったりして肉体と感覚を磨いていた。その他にも各地のイベントや広告撮影などに引っ張り出されたりして、結構忙しかった。
それでも、クリスマスからお正月にかけて三週間近くの休暇がもらえたので、愛華は日本に帰国する事にした。日本GPの時は、スケジュールが詰まっていて家にも寄れなかったし、応援に駆けつけてくれた旧友たちともゆっくりお話しがしたい。
エレーナに相談すると、すぐに航空機の手配をしてくれた。そこまでしてもらうのは恐縮なのだが、ツェツィーリアからモスクワの国際空港に行くにも、愛華だけではどうしようもない。今は民間人も乗れる鉄道もあるらしいが、モスクワまで行くだけで何日も掛かるそうだ。エレーナは事務仕事などが溜まっている上、年明けにはメーカーやスポンサー、国の偉い人たちへの挨拶と報告とお願いに回らなくてはならないそうで、長期休暇は望めないらしい。それでも部下には「気にせずリラックスしてこい」と送り出してくれた。
エレーナが話をつけてくれた軍の輸送機には、スターシアとシャルロッタも同乗していた。彼女たちも家族や友人と過ごすのだろうと思いあまり気にしなかったが、その輸送機は途中二回の給油と荷の積み降ろしをして、着いた先はロシアの東端、ウラジオストックだった。
「どうしてスターシアさんたちがここまで来てるんですか?」
「クリスマスの休暇ぐらい私も、レースを忘れてゆっくり休みたいですよ。ツェツィーリアからだとモスクワに行くのもウラジオストックに行くのも、それほど変わりませんから」
「いえそうじゃなくて、スターシアさんのお母さん、モスクワにいましたよね?」
スターシアは、そうですが何か?という顔をしている。
「お母さんには先月、アイカちゃんも一緒に会ったじゃないですか。今日はここから民間機で日本に行くんですけど。珠にはエレーナさんだけに仕事をおしつけて、アイカちゃんと一緒に温泉でのんびりしたいですわ。アイカちゃん、私と一緒は嫌ですか?」
「そんなことないです!滞在先教えてください。わたしも行きたいですから」
スターシアさん、温泉好きだったんだ。まあ、何日か一緒に温泉で過ごすのもいいかも。
でもシャルロッタさんはなんでいるの?この人、ライダーとしては尊敬してるし、一緒にいると面白くて楽しいんだけど、とっても疲れるんだよね。
「シャルロッタさんの故郷ってイタリアですよね?全然方向反対ですよね?」
「べ、別にあたしはアキバで買い物したかっただけなんだから、一人でさみしいからアンタについて来たわけじゃないんだからね、勘違いしないでよね」
さみしかったんだ、シャルロッタちゃん。
それにしても、暖房のあまり効いてない輸送機では分厚い防寒具着てたから気づかなかったけど、二人とも防寒具の下はちょっと変な格好をしていた。
左右色違いのコンタクトレンズを入れたシャルロッタは、例によってゴスロリファッションのフル装備で武装している。期待通り、空港の危険物チェックで魔剣だの魔導銃だの魔導弾だの隠し持っていたのを取り上げられ、ぷんぷん怒っていた。いくらおもちゃでも機内に持ち込めないのはわかりそうなものだ。というか、年中世界を転戦していても、シャルロッタにとって空港に於ける恒例行事となっていた。確信犯なのか、単に学習能力がないのか?たぶん後者だろう。
まあ、シャルロッタにはある程度予想していたけど、スターシアまでがアニメキャラの女子高生がよく着てるような、襟とスカートがピンクのセーラー服を着込んでいたのには驚いた。愛華の通っていた白百合女学院の制服と色違いの同じデザインだ。
スターシアさんが美少女アニメオタクなのを忘れていた。ヨーロッパでは有名人のスターシアさんは、あれで変装しているつもりらしい。スタイル抜群の金髪美女であるスターシアさんのコスプレは、似合い過ぎるほど似合っているけど、一歩間違えれば危ない人だよ。
二人とも完璧に似合っているから許されるものの、逆にそんな格好の二人がウロウロしてたら目立ち過ぎる。一緒にいる愛華の方が恥ずかしくて耐えられそうになかった。
成田空港には、スミホーイモーターサイクルの日本代理店の人が迎えに来てくれていた。これもエレーナさんが手配してくれたのだろう。成田から東京まで行くのは、慣れてない愛華には結構面倒だ。コスプレの二人をこれ以上公共交通基幹に乗せるのも目立ち過ぎる。エレーナさんにもう一度感謝した。
「あの、わたしは東京駅から新幹線でそのまま名古屋へ行く予定ですけど、お二人はどちらに向かわれるのですか?」
「あら、私も新幹線で名古屋に行くつもりです。アイカちゃんと一緒ですね」
スターシアは、偶然のように言ったが、最初から愛華と一緒に名古屋に行くつもりだったのはさすがに愛華でもわかる。
「シャルロッタさんは秋葉原が目的だったんですよね。それじゃあ、ここでお別れですね」
シャルロッタは、顔を赤らめて口ごもった。無言で愛華の袖を“ぎゅうぅ”っと掴んでいる。
「あの……シャルロッタさん?どうしたんですか?帰りの予定はいつですか?よかったら一緒に帰りましょう」
「……っ!ア、アンタ、こんなゴチャゴチャした町に、言葉もわからないあたしを、一人きりで放り出す気?いくら氷の魔女の眷属でも、冷酷過ぎるんじゃない?」
シャルロッタさんも、はじめからついて来るつもりだったんだ。なんとなくわかっていたけど……。
あまり苛めると、あとで仕返しが面倒そうなので、結局できるだけ上着を脱がないようお願いして、三人揃って新幹線に乗り込んだ。愛華は年末のこの時期に、予約なしで宿泊出来るちゃんとしたホテルがあるのか心配したが、どうやら二人とも愛華の家に泊まる気満々である。
愛華の実家は、その土地に昔からある、古いが割と広い作りの日本家屋で、今は祖父母夫婦が住んでいるだけなので、二人ぐらい連れて行っても泊まれる部屋はあるのだが、VIPのお二人をおもてなしするには、ちょっと恥ずかしい。
近くの駅まで迎えに来てくれた祖父の小さな軽自動車に、荷物と一緒に三人がぎゅうぎゅう詰めに乗り込み(スターシアもシャルロッタも結構な大荷物だった)、愛華の実家に到着した。
愛華の心配を余所に、時代劇や日本のアニメに登場する畳に障子の部屋を、スターシアもシャルロッタも大喜びしてくれた。よくホテルにあるような、舞台セットのような和室と違って、生活の一部なのがいいらしい。古いのもテイスティーだそうだ。
「アンタ、日本人なのにこの良さがわからないの?それより隠し扉はどこ?カタナとか甲冑はないの?」
日本文化に憧れる外国人お約束の反応だった。
そんなこんなで、愛華の友だちに再会したり、一緒に初詣や温泉に行ったりして、ワイワイがやがや愉しく日本での休暇を過ごした。
愛華の両親が居ない事について、二人とも何も尋ねないでいてくれた事に、愛華は“ほっ”とするより、二人の優しさを感じた。
両親について訊かれたらと、どきどきしていた。別に悲しい思い出がある理由ではないが、愛華自身知らない事が多かったし、育ててくれた上、いつも心配ばかりさせている祖父母を困らせたくなかった。
シャルロッタさんも、あんな風に見えて意外と気をつかってくれるんだ。
シャルロッタの場合、単に愛華の両親が居ないことすら気づかなかった可能性もあるが、毎朝愛華が仏壇の彼女によく似た女性の写真に手を合わせていのを見ていたので、たぶんスターシアが愛華から話さない限りふれないよう言い聞かせたのだろう。それでも気づかってくれた事にかわりない。
楽しい時は瞬く間に過ぎ、三人揃って来た時と同じルートを逆に辿って、ツェツィーリアに戻って行った。
愛華たちが日本を離れるのと入れ違うように、最大のライバルであるバレンティーナが成田に到着していた。




