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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
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明日の伝説

「ちょっと、なんでアンタばっかり目立っているのよ!最後の『せぇ~の』はアタシが発信者よ!」

 シャルロッタが、ストロベリーナイツの記事が載った雑誌を丸めて、愛華の頭をぽかぽか叩き始めた。

「わぁ、やめてください。知りませんよ、そんなこと」

 愛華たちストロベリーナイツのライダーたちは、ロシアへと向かう旅客機の中にいた。

「日頃の行いだろう。普段から魔術だか魔王だか言って意味不明の行動しているおまえが悪い」

 エレーナが後ろの席からシャルロッタの頭をどついた。

「確かに『ぽっち』の変人さんのイメージではありませんね」

「スターシアお姉様まで酷い……。孤高の天才と呼んで欲しいです」


 最終戦の劇的フィニッシュの際の苺騎士団の「せぇーの」の掛け声がインタビューで明かされると、たちまち皆でタイミングを合わせる時の掛け声として広まっていった。

 実際はシャルロッタがアニメで覚えた日本語で音頭をとったのだが、『日本語=愛華』のイメージで、ラニーニの追撃から逃げ切った絶妙なタイミングの掛け声は、愛華が発信者と思い込まれている。あれ以来、世界中で若い世代を中心に広く流行しているだけに、シャルロッタとしては非常に悔しい。愛華はブルーストライプスのラニーニと共に、ルーキーオブザイヤーまで受賞して、完全にシャルロッタより目立っていた。


 苺騎士団の人気は、かつてのレッドオクトーバー登場時を彷彿させる世界的ブームに成りつつあった。


 最終戦のあと、苺騎士団のライダーたちは、チャンピオンチームとして取材や各地のイベントに招かれて、スペインやイタリアを中心に西ヨーロッパに留まっていた。各地で熱烈な歓迎を受けて、愛華はびっくりする。特にスペインのGPアカデミーでは、つい4ヶ月前まで一緒にトレーニングしていた練習生の前での報告会に戸惑った。

 しかし、なにより驚いたのは、いろんなチームから来シーズンの契約オファーが殺到したことだった。勿論、愛華には苺騎士団以外のチームで走る気はない。たとえレギュラーライダーとして走れなくても、補欠でもテストライダーでも、それが叶わなければ雑用係でもいいからこのチームに居させて欲しいとエレーナさんにお願いしていた。


 エレーナは、愛華の心配を笑い飛ばした。ストロベリーナイツにとって、愛華はなくてはならない存在だ。逆にエレーナは、愛華とシャルロッタも来シーズンも苺騎士団のライダーとして走ってくれるように要請した。当然、二人とも契約金や細かい条件も聞かず、二つ返事で了承した。エレーナを全面的に信頼している。シャルロッタなど、もう少し条件を交渉した方がいいと提言したエージェントを解雇してしまった。


 ようやく彼女たちは、苺騎士団の本拠地であり、スミホーイの本社のあるロシアへ、正式契約と凱旋のために向かう途上にいた。



 そんな明るい話題とは別に、政治経済界では、ロシアの資源開発に関わる収賄と機密漏洩事件が発覚し、世界の注目を集めた。ロシアの国会議員と一部軍関係者、財界の大物が逮捕され、政財界、軍とマフィアの繋がりが明るみにされた。そこからロシアンマフィアとイタリアマフィア、イタリアマフィアとイタリア国会議員、企業との繋がりまで明らかにされ、世界的なニュースへと発展していった。そして遂にはイタリア最大のグループ企業、トエニ社の役員が逮捕されるまでに至っては、ヨーロッパ中の政財界を巻き込んだスキャンダルに発展した。

 大企業と政治家、そして両者とマフィアとの関わりと癒着は、誰もが知っていたが、口にする事が出来なかった。それはロシア側でも同じだ。

 世界を裏で操るアンダーグラウンドネットワーク。それを力づくで白日に曝したのが、世界で最もダークな組織と言われるロシア国家安全保障局であるのは歴史の皮肉な一面と言える。

 ロシアイタリア両国の捜査機関は、マフィアに報復の力を残さぬほど徹底的に潰した。事件に関わる逮捕者は、殺人や誘拐、脅迫や人身売買などの凶悪犯から、売春、麻薬密売、違法賭博などの小者まで、両国合わせると千人以上に及んだ。巨大な力が、容赦なく一掃した。


 その大清掃の端っこに、サッカーやボクシング、そしてモータースポーツの違法賭博と八百長事件も含まれていた。

 シャルロッタは、もし愛華がいなければ自分もその八百長リストに上がっていたのを自覚していた。そんな事情も愛華は知らず、ライダーとしてのシャルロッタに純粋な尊敬と友情を持って接してくれる。

 愛華に、その事は知られたくなかった。彼女はシャルロッタが不正ギャンブルに関わろうとしていたのを知らない。知ればおそらく軽蔑されるだろう。

 GPから永久追放されるより、愛華の瞳に映る自分の姿が曇ってしまうのが怖かった。


 フェリーニMCの買収話は白紙に戻されたが、シャルロッタの兄は姿を消した。エレーナの話では、証人保護プログラムにより、安全なところで暮らしているらしい。彼のような小者に証人保護プログラムが適用される事は通常有り得ないし、その事をたとえエレーナと言えど部外者が知り得る筈もない。エレーナが気休めの嘘をつくのはもっと有り得ない。シャルロッタはエレーナに感謝すると共に、改めて忠誠を誓ったが、愛華に対してはどうしてもツンデレになってしまう。


「まあ、アタシの伝説は、まだ始まったばかりだから、寛大なアタシは今回の手柄を、下僕であるアンタに譲ってあげるわ」

「はあ……、申し訳ありません」

 誰も、なぜ愛華が謝らなければならないかは突っ込まない。このシャルロッタのツンツンは、最大級の感謝とデレデレの証だと、チームの誰もが知っていた。



 政財界のスキャンダルに揺れるロシア国民に明るい話題を提供したのは、苺騎士団の凱旋である。大統領まで人気に肖ろうと大々的なセレモニーが開催される事になっていた。


 しかし、愛華が一番楽しみにしているのは、シーズン中に約束した、エレーナさんとスターシアさんが運営するジュニア選手養成学校を訪れる事だった。そこで、スターシアさんのお母さんのナターシャさんに逢ってみたかった。エレーナさんが誰よりも尊敬し、自分と同じぐらいの歳の頃、憧れていたナターシャさんは、どんな人だろう。きっと素敵な女性に違いない。

 そこには、スベトラーナさんも来てるらしい。エレーナさんとスベトラーナさんは、ニ十年ぶりに和解したそうだ。不仲になった経緯は、大まかには聞いていたけれど、エレーナさんはスベトラーナさんを許したみたいだった。お互いの誤解やすれ違いが解けたのかも知れない。

 愛華は興味があったが、安易に詮索すべきでないと思った。もしエレーナさんから話してくれるなら、真面目に聞きたい。



 エレーナはタイトル獲得の報告と共に、来シーズンのチーム体勢を発表した。


 エースライダーは、シャルロッタ・デ・フェリーニ。不安もあるが、やはりスピードは断トツだ。精神的にも成長した事に賭けた。


 シャルロッタをエースに据えたもう一つの理由は、愛華の存在がある。シャルロッタは相変わらずの上から目線だったが、実はすこぶる相性がいい。愛華に対して、いい具合に対抗心も持っている。投げ遣り癖のあるシャルロッタだが、愛華より先に諦めるのはプライドが許さないらしい。それでいて愛華に気づかいもしている。シャルロッタが他人を気づかうとは驚きだ。まわりも驚いたが、本人が一番困惑しているようだ。性格がねじれているので、素直に気持ちを伝えられない。いわゆるツンデレ全開と言う奴だ。時にはライディングのアドバイスまでしているが、シャルロッタのアドバイスが人間に対してどこまで有益かは疑問が残る。


 愛華の粘り強さは、エレーナすら一目置く。しかもその諦めの悪さはシャルロッタだけでなく、チーム全体を巻き込む。愛華の一途さがタイトルをもたらしたと言っても過言ではない。

 今はまだ、発展途上だが、高い身体能力と真摯な向上心は無限の可能性を秘めている。シャルロッタと言えども、うかうかしていれば追い越されるだろう。


 若い二人の危うさをカバーするのに、スターシアのオールラウンドな能力は不可欠である。本来、エースライダーとしてチャンピオンを狙える力を持ちながら、本人がそれを望まないのは歯痒くもあるが、チャンピオンに不可欠な条件は、エゴと勝利への強い執念である。神からすべてを与えられているように見えるスターシアにも、それだけは持ち得なかった。別の見方をすれば、これほど贅沢なアシストはいない。彼女一人で、トップクラスのアシスト数人分の仕事をこなすのだから。


 エレーナは監督兼司令塔として、来シーズンも走る。引退も考えたが、口にはしていない。「まだまだ若い連中には負けない」と嘯いたが、本心は彼女たちともう少し同じ速度で同じ時間を過ごしたかった。それに何よりもピットから見守るだけというポジションに、まだ耐えられそうになかった。

 エレーナは、女王としての最後のエゴを通した。


 必勝の体制と言えるが、世間を騒がせている事件に、チームのスポンサーの関わりも噂されている。マシン開発も問題が山積みだ。バレンティーナも雪辱を狙って、強化しているだろう。特にラニーニには要注意だ。愛華同様、急成長している。新しい勢力も台頭してくるかも知れない。日本のメーカーも参戦を表明している。すぐに勝てる体制は整わないだろうが、遠くない将来、強敵になるだろう。日本人の一途さは、侮れない。

 これからも、決して楽に勝たしてくれないだろう。だが、シャルロッタのピークはまだこれからだ。只速いだけでなく、自分の役割を自覚することを覚えれば、真の最速になれるだろう。そしてその頃には、愛華も、技術的にも一流になっているはずだ。ピークを過ぎた自分など、もう付いて行く事すら出来ないだろう。少し寂しくもあったが、これから始まる伝説を楽しみにしていた。


 チームに祝賀ムードは既にない。もう新しいシーズンが始まっていた。


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