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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
49/398

激闘の果てに

 フィニッシュラインをエレーナが通過した瞬間、愛華の横をジュリエッタが掠め抜いていった。しかし、それはブルーストライプスのエースライダー、バレンティーナ・マッキではなく、アシストのラニーニ・ルッキネリだった。


 最終コーナーを抜けたバレンティーナは、ゴール目前でスローダウンしているエレーナたちを目撃した。

 諦めかけていたタイトルにまだ手が届く。スロットルを全開にフル加速した。チーム内で一番体重の軽いラニーニが先頭で風を裂き、猛烈な勢いでエレーナたちに迫っていった。

 しかし、エレーナもフィニッシュライン間近に達しようとしていた。間に合うかどうか、ぎりぎりだ。バレンティーナは、ラニーニにそのまま先にゴールするように伝えた。

 ストレート半ばのフィニッシュラインまでの短い区間では、スリップから抜け出てラニーニの前に行くのは困難だ。バレンティーナを先にゴールさせようとすれば、ラニーニはスロットルを弛めねばならない。その余裕はない。要はエレーナを優勝させなければいい。自分が3位以内に入るより可能性が高い。そう判断した。


 ラニーニも限界までマシンを走らせた。その差、ほんの数センチ。ゴールライン直前の「せぇーのっ!」がなければ、タイトルはバレンティーナのものだったろう。


 優勝、エレーナ・チェグノワ、ストロベリーナイツ

 2位、ラニーニ・ルッキネリ、ブルーストライプス

 3位、シャルロッタ・デ・フェリーニ、ストロベリーナイツ

 4位、河合愛華、ストロベリーナイツ

 5位、バレンティーナ・マッキ、ブルーストライプス


 サーキット中が大歓声に包まれた。歓声と爆竹とホーンがレーシングマシンのエンジン音すら掻き消す。実況のアナウンスが大音響でがなりたてるが、まったく聞き取れない。それでもその瞬間を目撃した者たちはわかっている。GPの歴史に新たなページが書き加えられた事を。


 愛華は表彰台を逃したが、そんな事はどうでもいい。エレーナの10度目のチャンピオンが決定したのだ。若き苺騎士たちの勝利への執念とエレーナに対する思いの勝利だった。


 ブルーストライプスにとっては、あまりにも屈辱的敗北だった。マシンの性能でも、数でも上回っていた。ハードでは敗ける筈がなかった。バレンティーナは悔しさの余り、エレーナのフィニッシュにクレームをつけようとしたが、スタッフに止められた。他者の力を借りてゴールというのは、2年前のイタリアGPでバレンティーナ自身の前例があった。当時、物議を醸したが結局三位入賞を認めさせていた為、抗議したくても出来る筈もない。



 ウイニングランをエレーナはシャルロッタの後ろに跨がって回った。後ろと言っても80cc レーサーのリアに人が乗れるスペースはない。シャルロッタはステップに立ち上がり、腰をタンクの上あたりでキープしてフロントに体重をかけ、エレーナがシートに足をぷらぷらさせて座った。それでもリアサスは大きく沈み、フロントは浮き上がりそうだ。

 シャルロッタは調子にのって、エレーナを載せたままウィリーを咬ます。

「バカ!やめろ、落ちる!」

 握るグリップもなく、踏ん張るステップもないエレーナは、仕方なくシャルロッタの腰にしがみついた。

「エレーナ様、大勢の観てる前でなんて大胆な!でもシャルロッタはうれしいです」

「殺すぞ、ボケ!今すぐ停めろ。私はアイカに載せてもらう」

「ダメです!アイカなんかに大切なエレーナ様を委せられません」

 シャルロッタは更にフロントを高く上げた。エレーナは後ろから頭をドつくこうとしたが、手を放せない。

 それでもウィリーが一定の角度に落ちつくと、エレーナも巧にバランスをとって、安定するポジションを見つける。シャルロッタも立ったままピタリと姿勢を安定させた。ほとんどスタントレベルの乗り方だが、最高のマシンコントロールとバランスを持った二人がすれば、なんでもない事に見えてしまう。


「レース前、アイカに私のことを頼むとか言ったらしいな。本当はアイカを信頼しているのだろ?それとも妬いているのか?」

 ウィリーを続けていたが安定した体勢に落ちつくと、まるでタンデムツーリングを楽しんでいるようにエレーナが冷やかした。

「ち、ちがいます!……っ」

 シャルロッタはフルフェイスの中で顔を真っ赤にして否定した。


 アイカのおしゃべり!

 エレーナ様もここは気を使うところでしょっ!


 シャルロッタとしては、自分が最初からエレーナを差し置いて優勝を狙っていたなんて、なかった事にしたかった。せっかくの美談が台無しだ。

「あれは、同じチームの一員として、足を引っ張らないように言っただけです」

「なんだ、アイカはおまえの事をすごく心配して、それでもおまえから託された信頼に応えようと一生懸命だったのに、おまえはアイカを全然信頼してなかったのか……、アイカが知ったらすごくガッカリするだろうなぁ」

「べ、別に信頼していないなんて言ってないわ!……です。勘違いしないで……ください」

 シャルロッタがキョドるのを、エレーナは明らかに楽しんでいる。

「それでアイカは足手まといにならなかったか?」

「まあ、居て邪魔ってことは、なかった……ってところね」

「そうだな、別にアイカがいなくても、おまえだけで私をカバー出来たからなぁ」

「……っ!」

 シャルロッタのヘルメットから湯気が吹き出しそうなほど、パニクっている。

「ごめんなさい、エレーナ様。あたしが悪うございました。もう苛めないでください」

 シャルロッタは半泣きで敗北を認めた。愛華のおかげでこうしてタンデムを楽しめる。愛華がいなければ、シャルロッタはエースのタイトルを売った裏切者として、苺騎士団だけでなく、どのチームからもハブられていたとこだろう。


 シャルロッタが大人しくなった。エレーナは話題を替える。

「祖父の会社が奪われる事になってしまったな」

 シャルロッタが勝負を挑んだそもそもの原因に触れた。

「知っていたんですか?」

「おおよそはな」

「いいんです。フェリーニMCは既に無いも同然でした。ジュリエッタのブランドとして名前だけ使われるマシンに未練はありません。連中がいくら弁護士つけてもあたしの名前まで奪う事は出来ません。商標とかどうだろうと、あたしこそが本物のフェリーニで、ケンタウロスの血を受け継ぐ者だと世界に知らしめてやります。だから、どうか今回の事はお許しください。あたしが愚かでした」

「バカな真似をしたと?」

「はい、つまらないことをしました」

「なんだ……私は凄く楽しかったのに……。おまえにとっては、私との勝負はつまらなかったのか。がっかりだな」

「エレーナ様っ!あ、あたしも本当は凄く楽しかったですっ!」

 シャルロッタをいじるのは愉しい。


 シャルロッタとエレーナのタンデムウイニングランは、コース途中で終わった。シャルロッタのマシンも燃料が尽きたのだ。エレーナは今度は愛華の後ろに乗り換えた。

「あたしはどうすれば?」

「回収車に拾ってもらえ」

「そんな……、あたしも表彰式出なくちゃならないんですよ。アイカ、あんた降りなさい」

「おまえがウィリーなんかしてガソリンを無駄に使うから悪い。歩いて帰ってこい」

「エレーナ様、酷い……」

 そこで優しい愛華は二人に提案する。

「だったら三人乗りすれば……」

「さすがにそれは無理だ。バカはほっておいて、さあ出発だ」

 悪戯な微笑みを浮かべると、エレーナは愛華のウエストに腕をまわし発進を促した。

 愛華も今回はずいぶん心配させられた。最後はシャルロッタのおかげでタイトルを獲得出来たが、それくらいの罰は与えてやりたい。

「だあっ!」

 シャルロッタを置き去りに発進させた。


「エレーナ様の冷血魔女!アイカの裏切者!」

 エレーナにぎゅっとされた愛華の耳に、シャルロッタの罵声が届いた。いつもの彼女だ。愛華は幸福だった。


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