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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
48/398

最速を賭けて

 最終コーナーへ先にアプローチしたのはエレーナだ。マシンを寝かせ、クリップへ向かうエレーナのサイドに、シャルロッタが明らかなオーバースピードで飛び込んでいく。エレーナはシャルロッタのラインに気づいているが動じない。

 後方から見ていた愛華が、「ぶつかる」と思った瞬間、シャルロッタはマシンの向きを変え、エレーナの鼻先を掠めた。エレーナはシャルロッタがすぐ目の前に跳びだしても、一瞬足りともスロットルを弛めず、クリップを通過する。シャルロッタはコーナー半ばでアウトに膨らんでいたが、最小限の減速でマシンをストレートへと向けた。

 エレーナより僅かに先行している。しかしスピードは無理のないラインにいるエレーナの方が乗っている。シャルロッタの目論みでは、もう少しエレーナが減速してくれるのを期待していた。やはりエレーナ相手にブラフは通じない。それも想定内だ。シャルロッタはマシンを起こしきらないまま、彼女しか通れないラインで目一杯スロットルを捻った。


 最終コーナーからストレートに向けての立ち上がりは、レース中ほとんどのライダーがほぼ同じラインを通っていた。トップスピードまで効率的に加速出来るラインだ。エレーナは正当なラインで加速しようとしている。


 今はトップスピードまで加速する必要はない。フィニッシュラインまで先行出来ればいい。エレーナの加速ライン上に先に立ちはだかればいいのだ。


 しかし、シャルロッタが最後に選んだライン上には、レースを通じてほぼすべてのライダーがフル加速する際に撒き散らしたタイヤのゴム屑が溜まっていた。

 極細のリアタイヤは、タイヤカスに載って空転する。路面を思ったより掴んでくれない。一瞬リアをスライドさせながらも、素早く態勢を立て直す。

 僅か一瞬のホイルスピンであったが、極限レベルの競り合いでは致命的となる。その出足の遅れがエレーナとの位置的アドバンテージを帳消しにしていた。

 スピードに乗ったエレーナは、既にシャルロッタに並び、更に前へと進んでいく。ようやくシャルロッタのマシンがスピードに乗った時には、完全に先行されていた。


「敗けた……」


 エレーナの背中を追いながら、シャルロッタは敗北を認めざる得なかった。言い訳は出来ない。コース状況を見落としていたのは自分のミスだ……。そう思ったその時、反射的にブレーキレバーに指をかけ、マシンを振った。


 最終コーナーから立ち上がり切ったところで、エレーナが急にスローダウンしたのだ。

 すぐ後ろにいたシャルロッタが沫や接触というところで、ぎりぎりに避けエレーナの前で速度を落とし振り返っている。ゴールはもう見えている。


 愛華は惰性で走るエレーナに近づき速度を合わせた。

「どうしたんですか、エレーナさん!」

「ガス欠だ。まさかこんな所でチャンピオンを逃すとはな。エース失格だ」

「ええっ!そんなっ……」

 思わぬ幕切れに愛華も言葉が浮かばない。

「せめてシャルロッタとワン・ツーで飾ってくれ。バレンティーナにそこまで譲るのは癪だからな」

 エレーナは、自分のライダーとしての終焉を悟った。リーダーでありながら、自ら同じチームの者同士の熾烈なバトルを演じた揚げ句、ガス欠でタイトルを棒に振るとは情けないにも程がある。

 が、停まりかけていたバイクが、再び動きはじめる。エンジンは停止したままだ。

 驚いて後ろを振り返ると、愛華がバイクに跨がったまま左手で懸命にエレーナのシートカウルを押していた。しかし、低速トルクのほとんどない80ccレーサーの上、体重の軽い愛華に合わせたセッティングを組んだマシンでは、ノッキングしかかって思うように進まない。これ以上速度が落ちれば愛華のマシンもエンストする。

「もういい、やめろアイカ!後続が来るぞ。このレースの優勝まで奴らにくれてやる事はない」

 最終コーナーの方から、エンジン音が近づいて来ている。しかし愛華はエレーナを押し続けた。

 こんな終わり方は嫌だ。愛華はこのレースでなに一つ役割を果たしていない。

「最後まであきらめちゃダメです!エレーナさんを守る、ってシャルロッタさんに約束したんです。スターシアさんにも誓いました」

 そのシャルロッタも15メートルほど先でマシンを停めて振り返っている。あそこまで行けば、シャルロッタも力を貸してくれるはずだ。愛華はそう信じて小さな腕で懸命に押した。


 なんとかシャルロッタの真横まで進んだ。しかしシャルロッタは動かない。愛華と目が合った。

「シャルロッタさん!なにしてるんですか、手伝ってください!」

「私に構うな、早くゴールラインを越えろ!」

 エレーナが二人に怒鳴る。

 シャルロッタは最終コーナーを振り返った。バレンティーナたちが今まさに立ち上がって来ようとしている。


「エレーナ様!あたしの肩に掴まってください」

 エレーナの左側に並べるとシャルロッタが叫んだ。

「構うなと言ってる!おまえが勝者だ。トップでチェッカーを承けろ!」

「早くしてください!お小言はあとでアイカがまとめて聴きます。とにかく早く!」

 えっ!なんでわたし?

 どさくさ紛れのシャルロッタの言葉に異議を唱えたかったが、そんな暇はない。

「もうなんでもいいからシャルロッタさんの肩に掴まってください!」

 愛華の声にようやくエレーナは左手を伸ばした。


 両手の使えるシャルロッタは、半クラッチでアクセルを煽りながらエレーナを引き始めた。先ほどまでとは比べものにならない勢いで進み始める。愛華は最初からああすれば良かったと気づいたが、今さらである。

 ある程度スピードに達すれば、半クラッチなしでもパワーバンドに入り、二台分の推力で更に加速する。それでもジュリエッタのエンジン音が迫って来る。ゴールラインは目前だ。


「エレーナ様、『せえの』でゴールに飛び込んでください!アイカもいいっ!」

「だあっ!」

「いくわよ!」


「「「せぇーの!」」」


 ぐっと力を込めて上体を固めたシャルロッタの肩を、エレーナはおもいっきり引き寄せる。同時に愛華もエレーナのリアを力いっぱい押し出した。


 その直後、ジュリエッタのリミットを超えた高周波のエンジン音が、愛華の鼓膜を震わせた。


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