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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
47/398

避けられない、それとも望んだ闘い

 スターシアがリタイヤした事は次の周、ピット前をチームメイトたちが通過する際、サインボードで伝えられた。

 愛華たちは、スターシアの身を心配したが、リタイヤしたコーナーを通過する時、コースマーシャルの女性に鏡を持たせ、優雅に髪をすいている姿にホッとすると同時にエレーナなどは少々腹をたてた。


 エレーナにすれば、スターシアの果たした役割は、楽な仕事とは言えないが単純だ。燃費の計算もシャルロッタの動向も気にせず、全力で後続を抑えればいいだけである。勿論それはスターシアだからこそ可能な、高度なライディングテクニックと精神的タフさが必要な事は十分に承知している。

 しかし、自分の役割を終えた途端、ああも優雅にくつろがれると腹ただしい。こっちにはまだ仕事が残っている。エレーナから観ても、絵になるほど美しいのが、尚更腹がたつ。そのコーナーのスタンド席の視線は、すべてリタイヤしたスターシアに奪われているのだから。


 ラストラップ。

 遂にエレーナは、愛華の前へ出てシャルロッタに並んだ。

 勝負はワンラップだけだ。エレーナがチラリと視線を向けると、シャルロッタも頷いた。結局、愛華は何も出来なかった無力さを知った。しかし、誰も愛華を責める事は出来ない。エレーナとシャルロッタは、競い合いでしか理解しあえない人種なのだから。


 1コーナーのブレーキングでシャルロッタが競り勝ち、先にコーナーへ飛び込む。しかし、立ち上がりで大きく張らみ、エレーナが前へ。

 続く第二ターンでインに寄せたエレーナを、シャルロットが更にイン側縁石上のラインから半車身前に出る。

 しかしエレーナも退かない。無理なラインで速度を落としたシャルロッタに再び並ぶ。二台は並んだままアウトに膨らんでいく。

 今度は外側のエレーナが縁石に載るが、スロットルを弛めず、肩をシャルロッタに寄せて押し返した。

 小柄なシャルロッタは、エレーナの圧力から避けるようにラインを変えた。エレーナは尚もシャルロッタを追い詰めた。

 その時、愛華は後方から信じられない動きを目にした。シャルロッタの体がふわりと浮いたと思った瞬間、マシンだけが一瞬で右から左へと移動した。愛華の位置からだと、まるでマシンだけが瞬間移動したように見える電光石火の切り返しだ。エレーナからは、シャルロッタのマシンが突然消えたように見えたはずだ。しかしエレーナもほとんど遅れる事なく素早い切り返しでシャルロッタに追随する。


(ふたりとも凄すぎる!わたしなんかとレベルがちがいすぎるよ!)


 愛華は愕然とした。それでも懸命に二人を追う。追ったところで自分にはどうすることもできないのはわかっていても、離されたくはなかった。


 これほどトリッキーで高レベルのバトルは、GPデビュー以来、短期間とは言え幾多の厳しいレースを経験した愛華も見た事がない。二人ともいつ接触転倒してもおかしくない。体が震えた。


 愛華だけでない。液晶ビジョンに映る同じチーム同士の争いに、サーキット中がくぎ付けになった。ほとんどの者は、なにが起こっているのかわからない。ほぼ表彰台独占を手にした三人が、安全なペースで観客の声に応えながらのラストラップを予想していたのだ。ただ、自分のいる観客席近くに彼女たちが近づくと、総立ちになって歓声をあげた。最後の最後に、こんなすごいバトルが見られるとは思ってもなかった。


 愛華にとっては、いつまでも特等席で観戦を決め込むわけにはいかない。

 スターシアさんに託された。なんのために自分が此処にいるのか?シャルロッタちゃんとも約束した。その約束を果たしたい。


 エレーナさんのために

 シャルロッタちゃんのために

 わたしに出来ることをしなくちゃいけない。


 しかしどんなに気持ちを奮い起たせても、現実は愛華の思いだけでどうにかなるものではなかった。

 なんとか二人の間に入ろうと隙を狙うが、コーナー毎に、否、ひとつのコーナーで二度三度とトップを入れ替える二人に、愛華の入り込む余地はない。エレーナもシャルロッタも、まるで愛華など目に入らないかのように二人だけの死闘を繰り広げている。


 エレーナとシャルロッタのデットヒートは、ほぼ互角で展開した。

 タイトルに王手を掛けたチーム内での、余りにリスキーなゲーム。なぜこれほど危険なパフォーマンスを演じているのか、誰にもわからない。

 当事者すらその理由はどうでもよくなっていた。



 シャルロッタはエレーナに出会って、初めて自分より速いライダーがいる事を知った。その時受けた衝撃は忘れない。


 あの日以来、エレーナを尊敬するとともに、いつか女王を超える事を目標としてきた。ずっとエレーナは女王であり続け、目標として君臨してくれた。


 待ち望んだ一対一の真剣勝負。もはや理由なんてどうでもいい。女王とのバトルに全身の細胞が興奮していた。



 エレーナとて同じようなものだ。

 全盛を過ぎている事はわかっている。これまであらゆる記録を打ち立てたと言っていい。後継の育成が今の自分の役割だ。愛華という逸材も見つけた。だが、一人のレーシングライダーとしてやり残した事がある。


 長いキャリアの中で、天才と言われたライバルは何人かいた。その中でも、人とバイクの混血と自称するイカれた少女は本物の天才だ。


 血が騒いだ。自分の肉体は年毎に衰えている。ラストチャンスだ。GP史上最高の才能と競演出来るのは今しかない。タイトルより、真の最速を求めていた。




「シャルロッタ、おまえはやはり本物だ。才能だけでこれほど私を楽しませてくれるとはな。もう少し謙虚に経験を積み、良いチームメイトに恵まれれば、歴史に残るチャンピオンになれるぞ」


「さすがエレーナ様、その歳でアタシをここまで追い詰めるとは、やっぱり最高の女王様ね。もう少し若ければ、今のアタシでも勝てなかったかもね」


 エレーナは緻密な観察と経験から、シャルロッタは直感と本能からお互いの戦力を感じ取った。そして自分の力との比較で出した結論は、共に『自分が勝つ』だった。

 どちらの自己評価が正確か、答えが出るまで半周を切った。


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