思いを秘めて
スタートは、両チームともきれいに決めた。前二列の8台のマシンは、スタートグリッドほぼそのままの隊列で1コーナーに吸い込まれていく。
立ち上がりで、ラニーニがアウトからやや前に出るが、ストロベリーナイツの4台は、イン側でシャルロッタ、愛華と並び、ぴったり後ろにエレーナとスターシアがスクエアの形で密着している。バレンティーナはラニーニの後ろでチャンスを伺っている。
2つ目のターンでラニーニは、前に出ようとするが、4台にインを塞がれて大回りになってしまう。その上、立ち上がりでアウト側ゼブラまで圧しやられ、スロットルを弛めざる得ない。バレンティーナ共々、一旦4人の後ろに下がり、同じチームのマリアローザも加わり、何度もアタックするが、トップはおろか4台の中に割り込む事すら叶わない。
そのような展開がレース開始早々から繰り返された。シャルロッタと愛華が交代でエレーナを引っ張り、スターシアが後ろからのアタックをブロックする。少しばかりマシンの性能や数で上回っていても、簡単に崩す事の出来ない息の合った完璧な布陣だ。シャルロッタと愛華は、並みのライダーではついて行くのも儘ならないペースで飛ばした。彼女たちの必勝パターンだ。早くもこのままのストロベリーナイツペースでずるずると最後まで流れていきそうなムードすら漂い始めていた。
しかし、バレンティーナはまだ様子見を決め込んでいる。ラニーニとマリアローザがストロベリーナイツの布陣を突き崩そうとアタックするが、序盤からのハイペースはマリアローザにとってややオーバーペースである。それでもベテランらしく、ラニーニのように積極的なアタックには出れないものの、連係して守る側の嫌なポジションにマシンを寄せてくる。長いストレートに差し掛かると立ち上がりを抑えられていても、パワーにものを言わせてストレートエンドではスターシアを追い越し、エレーナにまで並び掛けるが、ストロベリーナイツは割り込む隙を与えず、コーナー進入で再びアウトへと弾かれる。
シャルロッタと愛華は競いあうようにファーステストを刻み、スターシアは背後を守る。その間、エレーナはマシンと体力を温存していた。エレーナのチャンピオン奪取に向けて、唯一にして最強の布陣を構築してレースを進めた。
ストロベリーナイツの一矢乱れぬフォーメンションに、さすがのバレンティーナも手が出せない。それでも、バレンティーナは落ちついていた。
(焦る事ないよ。スターシアがいつまでもブロックし続けられないのはわかっている。パス出来なくてもじわじわとプレッシャーを与え続ければ、必ず力尽きる筈さ)
バレンティーナはほぼ正確に状況を把握していた。ストロベリーナイツは、バレンティーナたちのジュリエッタのパワーに対抗するために、スミホーイのチューニングマージンを限界まで削っている。おかげでスピードで致命的な遅れはないものの、燃費を犠牲にしているのはバレンティーナの予想通りだった。小柄なシャルロッタと愛華には余裕があるが、エレーナとスターシアにとってはゴールまでギリギリの燃費計算でのセッティングだろう。エレーナがひたすら負荷を避けた走りに徹しているのが、それを裏づけている。
事実、スターシアがレース途中で燃料が尽きる可能性もかなり高くなっていた。トップで風よけになっているシャルロッタと愛華の方が負担が大きいように思われるが、彼女たちは理想のラインを走れる。最速の走りとは、つまり最も効率的な走りとも言える。対して後続のアタックをブロックするには、ベストとは違うラインで、無理なブレーキングと加速を強いられる。それは最速タイムを刻むより、マシンにもライダーにも大きなストレスとなっていた。
ラニーニは、愛華と並ぶ若手成長株だ。マリアローザにしても長年トップクラスのチームでアシストとして地味ながら確実な仕事をこなしてきたベテランライダーである。スターシアの鉄壁のブロックを崩せなくとも、確実に消耗させる事が出来る。ディフェンダーとして一番厄介なスターシアをガス欠リタイヤさせられれば、表彰台は大きく近づく。
バレンティーナは、表彰台に上がりさえすればチャンピオンを得る事が出来るのだ。ただこの余裕に、何度も足を掬われてきただけに、全力で優勝を狙っていた。
さすがのバレンティーナも、シャルロッタがエレーナより先にチェッカーを受ける可能性には、思い至っていない。




