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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
43/398

結局、戦いは避けられない

 決勝当日、朝のフリー走行では、ブルーストライプスのジュリエッタ勢が軒並み好タイムを記録した。予選でつまずき、崩れかけたモチベーションを、見事に立て直していた。バレンティーナを中心にした五人のフォーメーションも調和がとれており、優勝でチャンピオンを決めようという闘志を撒き散らしている。

 昨日の予選結果を受けとめてなお、士気を取り戻すのはさすがだ。エレーナたち相手に安全なタイトル獲得はあり得ない。そのあたりに経験豊富なアレクセイ監督の手腕が伺われる。


 ストロベリーナイツの側は、どちらかと言うと決勝に向けたマシンの最終調整に専念しているようで、そこそこのアタックしただけで、あとは軽く流しているように見えた。


 決勝の時間が迫る中、エレーナはメンバーを集め、最後の作戦会議をする。


 最初の作戦通り、スタート加速優先のプログラムされたマシンのエレーナとスターシアを、レース中可能な限り燃料を消費しないようにシャルロッタと愛華が引っ張る。


 最後にエレーナが全員に確認を求めた。

 愛華は悩み続けていた。昨夜のシャルロッタとの会話を、エレーナに話すべきか、どうか。

 シャルロッタは、愛華に「エレーナ様を護って」と言った。彼女のエレーナさんへの忠誠は変わらないはずだ。何か事情があるのは確かだけど、エレーナさんを絶対に裏切ったりしない。そう信じたかった。


 エレーナがシャルロッタに対して確認を採る。

「了解しました」

 愛華はシャルロッタの顔を見つめた。彼女は無表情で答えた。

 …………


「アイカ!わかったな?」

 エレーナの呼びかけられ、慌てて「だあっ」と答えていた。


 エレーナは、少しの間二人の様子を見ていたが、再び口を開いた。


「泣いても笑ってもこれが最後のレースだ。シーズン途中からだったが、私はチャンピオンをめざしてここまで来た。私の力だけでは、到底不可能な事だ。それどころか、私が皆の足を引っ張ったレースもある。自分がチャンピオンに相応しいライダーかどうか、何度も自身に問うてきた」

 愛華は心臓が高鳴った。もしかしたらエレーナさんは知っているかも知れない。次の言葉にそれは疑問から確信に代わった。


「不甲斐ない私をここまで支えてくれたチーム全員の為にも、このレースのストロベリーナイツの勝利は譲れない。早い段階でバレンティーナたちを振り切る。そしてその後は各自、自由に走れ。私より先にチェッカーを承けて構わない。それでタイトルを逃しても悔いはない。このメンバーの誰かに敗けるのなら、今の私はチャンピオンに値しないという事だ」


 エレーナは、シャルロッタを見つめて言った。その瞳は、青白い炎が豪々と燃えていた。炎は高温になるほど赤から青に変わる。氷の女王の瞳は鉄をも融かすほどの高温で燃えているようだった。


 チームオーダーは解禁した。怒りも同情もない。世界最速の女を賭けて、ケンカを売ったのだ。

 タイトルも、おまえの家の事情もどうでもいい。どちらが速いか、決めようじゃないか、と。


 蒼白の視線がシャルロッタを貫く。

 虚ろだったシャルロッタの瞳も一瞬、真っ赤に燃え上がった気がした。


 愛華は、自分の心臓の鼓動が聴こえるほど緊張した。スターシアに助けを求めて視線を向ける。しかし、彼女は何も言わない。エレーナとシャルロッタは視線をぶつけ合ったままだ。誰も何も言わなかった。


 長い沈黙の後、シャルロッタが立ち上がり背を向けた。愛華はその背を茫然と見送るしかなかった。


「もうすぐ決勝の時間だ。アイカも、ぼうとしてないで準備しろ」

 はっ、としてエレーナへ振り返る。なにか言おうとしたが、氷のような蒼い瞳がそれを拒否していた。


 エレーナにとっても、苦しい決断だった。スターシアの意見も訊いた。スターシアは、裏の事情もすべてシャルロッタに話すのが最良だと言った。すべてを話して、もう彼女の中のフェリーニモーターサイクルは失なわれた、真のフェリーニの名は、シャルロッタが残せばいいと説得するのが最善だと主張した。

 正論だ。たとえフェリーニのブランドが復活したとしても、それはシャルロッタの守ろうとしているフェリーニではない。おそらくジュリエッタにフェリーニの名前を被せただけの出来の悪い偽物が登場するだけだろう。シャルロッタもそれくらいわかっている。わかっていながら、自分の力でなんとかしようともがいている。


 シャルロッタは正論では動かない。彼女が信じるのは、スピードだけだ。エレーナとスターシアに従ってきたのも、自分が敵わない実力を認めたからであった。


 シャルロッタを説得するには、実力を示すしかない。それが叶わなくとも、シャルロッタがレース界から追放される事だけは避けたかった。薄汚れた取引の犠牲となって、その類い稀な才能を終われせたくない。そして……。



 バレンティーナは、グリッドに並べられたマシンにから一旦降り、ポールポジションのシャルロッタへと向かった。今日は絶好調だ。朝のフリー走行では、ライバルを圧倒した。昨日までとは一転して、心理的にも余裕が生まれた。

 逆にストロベリーナイツの連中は、朝から精彩がない。全員がどこか深刻そうな顔をしている。軽くからかってやろうと思った。


「やあ、カルロタちゃん。これでシーズン最後のレースだから、勝っても負けても悔いのないようにしようよ」

 しかし、彼女はじっとストレートの先を睨みつけているばかりで、まったく反応しない。

 ガン無視されたバレンティーナは、二番グリッドの愛華に話しかけた。

「カルロタちゃん、どうしたの?カラコン失くして、魔力が使えなくなったとか?」

「……」

 自分では結構おもしろいジョークのつもりだった。しかし、愛華も無反応。いくらライバルチームとは言え、シカトはつらい。

「ねぇ、アイカ。聞こえないのかい?」

 バレンティーナは、愛華の目の前に顔をつき出して呼びかけた。

「うわっ!……バレンティーナさん、びっくりするじゃないですか。どうしたんですか?」

 どうやら意図的に無視していたのではないらしい。

「どうしたじゃないよ。キミらこそ、どうしたんだ?カルロタといい、アイカといい、自分の世界に入っちゃってさ。確かにライバルだけど、締めくくりなんだから、クリーンにやろうよ」

 バレンティーナは、シャルロッタの事情について、まったく知らなかった。

「はっ、はい!レースに集中しちゃって、気がつきませんでした。よろしくお願いします」

(レースのこと考えてるなら、もっとボクのこと警戒しろよ!)と毒づきたくなったが、なんだかバカらしくなってやめた。この子はスタート前ですらユルいこと言ってるくせに、レースになればエレーナ顔負けの根性を見せる。警戒するのは自分の方だ。バレンティーナは二列目にいるエレーナを視たが、氷のようなクールな眼差しをピクリとも動かさず、じっと前を見つめている。スターシアまでも、まるで自分などいないかのように、ちらりとも視線を向けない。バレンティーナの自尊心は傷つけられた。


(いいさ、レースが始まれば嫌でも気づかせてあげるから)

 バレンティーナは、圧倒的なパワーで捩じ伏せてやると決めた。


 今の愛華にとってバレンティーナのことは、失礼ながらほとんど頭になかった。彼女の頭の中では、このレースを制すのはエレーナとシャルロッタのどちらかしかない。


 しかしそれは、どちらが勝ても、シャルロッタはチームに居られなくなるという酷しい運命を背負った勝負だ。いくらエレーナがチームオーダーなしを宣言しても、シャルロッタが勝つ事は許されない。たとえ指示がなくても、今回、絶対にエレーナを優勝させなくてはならない事は、わかっているはずである。もしシャルロッタが先にゴールして、タイトルを逃したとしたら、もうチームには居られない。エレーナが許しても、メーカーやスポンサーからの非難は免れられない。エレーナの監督責任も問われるだろう。

 エレーナが勝っても、シャルロッタはチームを去る予感がした。彼女のエレーナ崇拝は、愛華と同等だ。ある意味、愛華以上と言える。敬愛するエレーナに反旗を翻すなら、最初からその覚悟はしているにちがいない。どちらにしても救いがない。


『もしアタシが暴走したら、アンタがアタシを抜いてエレーナ様をチャンピオンにして』

 昨夜のシャルロッタの言葉を思い出す。


 彼女の忠誠心は変わりないはず。何かの事情で、勝たなくちゃいけなくなったんだ。


 そこで愛華は気がついた。


 シャルロッタさんは、どこかで敗けることを望んでいる。だからわたしにあれほど頼んだんだ。そうだ、わたしに抜かれれば、エレーナさんと争う機会を失う。エレーナさんを差し置いて優勝を狙おうとした事は、無かった事になる。


 確かな根拠がある訳でもない。むしろ論理的に無理がある気もしたが、本能はそうしろと囁いている。他に出来る事が思い浮かばなかったから、そう信じただけかも知れない。それでも確かにシャルロッタは、愛華に頼んだ。

 今の愛華に、シャルロッタと競り勝つ力はない。それでも、でもやらなくてはならない。シャルロッタを背信者にしない為に……。そしてシャルロッタとの約束を果たす為に。


 フォーメションラップが動き出した。

 スターシアは、自分の予感に間違いがなかったことを認めざる得なかった。前を走る愛華の背中が、つい先ほどまでの不安に脅え、畏縮したものから、強い意志と自信に満ちたものに変わっている。

 エレーナも気づいたのだろう。愛華にマシンを寄せ、抑えつけようとする。

『これは私とシャルロッタの問題だ。邪魔するな』

 愛華まで巻き込みたくない。シャルロッタだけでなく、愛華まで失ないたくなかった。しかし、エレーナの思いは、愛華に届いていない。

『だあっ!わたしとシャルロッタさんで、エレーナさんを優勝させます!』

『余計な事をするな』

 スターシア同様、エレーナも愛華のやろうとしていることがわかっていた。

『自由に走らせてもらいますっ』



 エレーナに、愛華を説得すべき言葉がないのはわかっていた。愛華に掛ける言葉は、エレーナ自身に掛けるべき言葉なのだ。


(やっぱりアイカちゃんも、そういう形でしか、理解し合えないのね)

 スターシアは、愛華がそういう結論に至ることは、はじめから予想していた。やはりエレーナと同じ人種だ。戦う血が流れている。

 しかし、スターシアはもっと深い部分まで見抜いている。なんだかんだ言っても、彼女たちはシャルロッタと競い合いたいのだ。シャルロッタもまた、エレーナと、そして愛華と戦いたいと望んでいる。


「困った人たちね」

 スターシアの推察は、競走馬(レーシングライダー)の本質を突いている。

 三人ともチームメイトを思う気持ちに偽りはない。このチームを本当に愛している。それでも本能として、どっちが速いかはっきりさせずにいられないのだ。無益で栄光もない、むしろ栄光も未来までも捨てて、己れの力を試したい。自己満足のために。そういう種なのだ。


「いろいろ屁理屈言ってるけど、結局走らないとわからない人たちなんだから。せめて舞台に邪魔が入らないよう、お掃除するしかないわね。私ならエレーナさんに貯金全部賭けるんだけど」


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