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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
41/398

シャルロッタの異変

 翌日、愛華が目覚めた時、となりのベッドに寝てるはずのシャルロッタの姿がなかった。夜中に彼女が部屋に戻ったのは、寝惚けてはいたが確かに記憶がある。ベッドにも先刻まで人が横たわっていた痕跡があった。いつもは愛華が先に起きて、ランニングとストレッチを終え、朝食の時間にシャルロッタを起こすのが日課なので、少し戸惑った。が、頭が覚めてくると、バスルームからシャワーの音が聞こえているのに気づき、(夕べお酒飲み過ぎたのかな?)などと想像した。とりあえず安心するが、トイレが使えないことに困った。しばらくしてもバスルームが空かないので、エレーナとスターシアの部屋に借りに行くことにした。


 シャルロッタは愛華とあまり変わらない歳なのにお酒は強い。一応18才なのでイタリアでもスペインでもは違法ではないはずだった。ウォッカは苦手みたいだけど、ワインはジュースみたいなものと、匂いだけで酔っ払う愛華はいつも馬鹿にされてていた。

 エレーナの部屋で用を足し、そのまま彼女と二人でジョキングに向かった。

(いつも馬鹿にしてる仕返しに、からかってやろかな)などと考えながら、早朝のサーキット周囲を、エレーナと二人でランニングする。スターシアは低血圧気味で、朝はあまり強くない。


 ランニングから戻ると、シャルロッタは再びベッドにもぐり込んでいた。シャワーで汗を流して着替えても、まだベッドから動こうとしない。

「シャルロッタさん、朝食の時間です。起きてください」

「……いらない」

 シーツを頭から被ったまま、聞き取れないほど弱々しい返事。何度かウォッカを飲んで二日酔いになった彼女を見たことがあったけど、少し様子が違う気がした。

「どこか体調わるいんですか?ドクター呼びましょうか?」

「……べつに大丈夫よ。あとで行くから先に食べて来て」

 なんとなく二日酔いではないみたいだ。お酒の匂いもしない。女性の日でもなさそうだ。それだけに尚更心配になる。

「エレーナさん呼んで来ましょうか?」

 困った愛華は、もう一度尋ねたが、

「大丈夫って言ってるでしょ!いいからほっといてちょうだい!」

 突如シーツをはねあげ、キレた。いつものツンデレでなく、本気で鬱陶しがっているみたいだ。愛華は心配しながらも再び一人で部屋を出た。


 朝食の席で、シャルロッタの様子がおかしいことを、頼れるエレーナとスターシアに報告した。

「心配するな、飲み過ぎただけだ」

 エレーナはあっさり切り捨てた。

「でも、本当に二日酔いなんかとは様子が違うんです」

「飲み馴れない酒でも飲んだのだろう。酒種が違えば、酔い方も違う。気にするな」

 たとえ違法でなくても、予選の前夜に二日酔いになるほど飲み過ぎる事態アウトである。エレーナのアルコールに対する寛大さを忘れていた。

 愛華は、少しは良心の期待出来るスターシアに視線を向けた。しかし、ますます残念な意見しか聞けなかった。

「心配しなくても大丈夫よ。アイカちゃんも、もう少ししたら来るから。女の子はね、大人になるとそういう時が定期的にあるのよ」

 スターシアは時々こういうずれた発言をする。言われた方が恥ずかしくなる。

「わたしだって、もう知ってますっ!だからそんなんじゃないんです。二人とも、もっと真面目に心配してください!」

 愛華は顔を真っ赤にして抗議して席を立とうとした。エレーナもあまりからかうのも可哀想になり、シャルロッタの件はともかく、少しは明るい情報を提供してやる事にした。

「悪かった、アイカ。それはそうと、来シーズン、フルに四台体制で走れるようにスミホーイと交渉中だ。企業の性格上スポンサーは選ばなくてはならないが、アイカの人気もあって、メーカーも前向きだ。これ以上はまだ詳しく話せないが、今は今シーズン最後のレースに集中して欲しい」

 愛華はすぐに意味がわからなかったが、エレーナの云わんとする事を自分なりに理解した。

 愛華には、初めから明日のレースの事しか頭になく、来シーズンについて何も考えてなかった。

 本来ストロベリーナイツは、三台体制である。四台走らせている今の体制は、マシンやパーツの供給の上でも、資金的にも、かなり無理しているのは否めない。メカニックたちの負担も大きい。

 三台体制に戻せば、ライダーの誰かが外れなければならない。愛華と違って、何シーズンもGPを走っているシャルロッタは気づいたのだろう。復帰前なら代役の愛華が外れるのが当然と思っていたようだった。しかし、愛華に対するシャルロッタの態度が、最初の時から大きく変わったのは愛華も感じている。今では愛華のことを、前世からのパートナーとまで認めている。


 シャルロッタがそこまで思ってくれていることがうれしかったと同時に、自分の甘さとエレーナの思慮深さを改めて思った。


 愛華は、エレーナたちより先に朝食を終えると、シャルロッタの分を自分で部屋に届けようと席を離れた。エレーナとスターシアはそのまま食後の珈琲を味わっていた。


「シャルロッタが来シーズンのシートを心配しているのは事実ですが、私には昨夜、彼女の兄が会いに来た事が気になります」

 スターシアが単なる来シーズンの契約でなく、嫌な予感がする事を伝えた。

「それは私も同じだ。おそらくろくでもない話を持ってきたのだろう。それが深刻であればあるほど、シャルロッタは私たちに口を閉ざす。アイカの話から察するに、スターシアの予感は当たっている可能性が高い。理由が解らない以上、私たちに出来る事はない。最悪、今回のレースはシャルロッタをあてに出来ない事も考えられる。アイカにまで落ち込まれては、私たちは完走すら危うくなるからな」

 エレーナの言葉は、冷徹にも思えたが、現状出来る最善である事は、スターシアもわかっていた。自分たちが下手に気を使えば、逆にシャルロッタを苦しませるだけになるかも知れない。もしかしたら愛華なら、シャルロッタをよい方向に導いてくれるかも知れないという、淡い期待があったのも事実だ。


 愛華の運んできた朝食も、シャルロッタはミルクを一杯飲んだだけで、ほとんど手をつけなかった。エレーナの話を伝えても、

「そう……」

 と呟いただけで、暗く落ち込んだままだった。


 予選前のウォーミングアップ走行になっても、シャルロッタの様子は変わらず、いつもの色ちがいのカラーコンタクトも着けずに現れ、周囲を驚かせた。走りにもいつもの生彩がない。


 しかし、予選タイムアタックでシャルロッタは、それまでとは別人のような走りで、あっさりポールポジションを奪った。

 事情を知らないマスコミやファンは、前日のフリー走行でもベストラップを記録していたシャルロッタは、ある程度予想されており、むしろ二番手タイムを記録した愛華に驚いたようだった。三番手にバレンティーナ、ラニーニと続き、エレーナとスターシアは二列目、五番、六番スタートとなった。


 この時点で、バレンティーナのタイトル獲得に黄色信号が灯り、ブルーストライプスのピットは、重苦しい空気に包まれた。しかし、それはストロベリーナイツ側も似たような空気で、シャルロッタのポールも本人は冷めた様子でいつもの強気な言葉もなかった。


 ミーティングで、明日のレースの作戦について、再度確認する。シャルロッタは、何も意見を言わず、エレーナの作戦に合意した。しかし、相変わらず何かを抱え込んだような沈んだ様子のままで、なんとか元気づけようと愛華が話しかけても、

「そう……」

 と気のない返事を繰り返すだけだった。


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