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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
4/398

ドイツGP 初めてのグランプリ

 木曜日。

 愛華は、ストロベリーナイツ(苺騎士団)の三人目のライダーとして、ドイツGPの開催されるザクセンリンクに来ていた。愛華にとって初めてのGPであり、国内選手権とは規模の違う熱気に圧倒される。


 愛華の知らないところでも、ストロベリーナイツのルーキーは、パドックの至るところで話題になっていた。

 パドックのチームエリアには、プレスが詰めかけ、愛華に向けてフラッシュの集中砲火が浴びせられた。パドックを歩いていても、いろいろな人から声をかけられる。

 テレビでしか見た事のない人から声をかけられるのは不思議な気持ちだったが、憧れていたエレーナたちとの出会った時ほどの緊張はない。

 愛華に対する人々の反応は、概ね良好だった。中には、小学生のようにも見える愛華が、本当にエレーナ女王の認めた実力があるのか、疑いの態度を露に示す者や、シンデレラガールに嫉妬を隠せない者もいたが、多くは好意的であった。


「キミかい、カルロタちゃんの代わりって言うのは?」

(シャルロッタはカルロタのロシア語読み)

 いきなりディフェンディングチャンピオンのバレンティーナ・マッキに声をかけられて、愛華は驚いた。

「わっ!バレンティーナさんだ」

 バレンティーナの所属するブルーストライプスは、愛華たちストロベリーナイツの最大のライバルである。今シーズンもここまで彼女がポイントリーダーで、首位争いをしていたシャルロッタの負傷による長期欠場が公表されると、早くも今年のタイトルも手堅いと言われている。


「ボクのことは知っているよね?カルロタちゃんとは、同じ町の出身で小さい頃からライバル同士だったんだ。だから、彼女が今シーズンは絶望的だって訊いて、がっかりしてたんだよ。でもキミのコト聞いてすごく楽しみにしているんだ」

 バレンティーナはボクっコだった。スペインにあるGPアカデミーで一年以上生活している愛華は、日常会話ならスペイン語を話せるようになっていたし、イタリア語もだいたい聞き取る事は出来る。イタリア語のボクっコ表現まではわからなったが、なんとなく口振りが男のコっぽいと感じる。


(テレビで見るより、本物は背高いんだぁ。スターシアさんと同じくらいかな?それにしても手足長いなぁ、羨ましいなぁ。どうして日本人とこんなに違うんだろう?)


 愛華が初対面のGP界のスーパースターについて一人であれこれ考えていると、バレンティーナが心配そうに尋ねてきた。

「あれ?イタリア語わからない?アカデミーにいたって訊いたんだけど?」

「あっ、すみません。簡単な会話ならわかります。はじめまして、アイカ・カワイです」

 愛華はペコリと頭を下げた。

「キミは、あのエレーナ女王の隠し球なんだって?訊いてるよ。カルロタちゃん以上の才能なんでしょ?楽しみだなあ。早く一緒に走りたいな。きっと凄いんだろうなぁ。評判倒れでがっかりさせないでね。期待してるよ」

「だあっ!一生懸命がんばりますのでよろしくお願いします!」

「……?」

 愛華の「だあっ」はイタリア人にも通じなかった。当たり前である。その上、ライバルチームのライダーによろしくお願いされて、バレンティーナは不覚にも戸惑ってしまった。


(このコはカルロタと同じでバカなのか?それとも大物なの?とにかくあのエレーナ女王のお気に入りだっていうんだから、気をつけるに越した事はないみたいだ)


 愛華は早くもバレンティーナの要注意リストに登録されてしまった。


「さっそくプレッシャーをかけにきたか?」

「あっ、エレーナさん。わたし、バレンティーナさんに期待されちゃいました」

 バレンティーナが立ち去るのを見計らって、エレーナが声をかけた。

「バカ、あれはアイカにプレッシャーを与えていたんだ。気づかなかったのか?」

「え〜っ?どうしてわたしなんかにプレッシャーかける必要があるんですか?」

「アイカがうちのチームの新人だからだ。あのボクっコ、いかにも天真爛漫って顔してるが、なかなかの策士だぞ。さっそく心理的な揺さぶりがてら様子を探りに来たんだろう。

 走りのセンスではシャルロッタも負けていないが、そういう駆け引きにかけては、あのボクっコの方が上だ。彼女だけじゃないぞ。すべてのライダーが苺騎士団の新入りに注目している。もうレースは始まってると思え。優しくされても気を許すな。挑発されてもクールでいろ」


「そうだったんですか……。いい人だと思ったのに。言われてみれば、なんか失礼なこと言われた気がする〜ぅ!」

「今頃挑発にのるな!」

 愛華は早くもGPの厳しさに触れた気がした。しかし、これはまだ序の口にも立っていない事をレース本番で思い知る事になる。

 それはさておき、まったくの無名の自分が、苺騎士団の新人というだけですべての人が注目しているんだと改めて感じた。プレッシャーに圧し潰されないように気を引き締めた。


「エレーナさんがプレッシャーかけてどうするんですか?やはり氷の魔女ですわ」

 愛華の気合いをすかすようにスターシアがいつもの如く割り込んできた。

「誰が氷の魔女だ!」

「それにしてもバレンティーナさんのプレッシャーを『だあっ!』で弾き返すとは、アイカちゃんは凄いです」

 いつものようにエレーナの反論を軽くスルーして、スターシアは愛華の肩に優しく手をかけて言った。

「てへへ……そんなことないですよ」

「誉めておらんわ!だいたいスターシアが甘やかすからアイカのロシア語が上達しないんだぞ」

「あら、ロシア語は関係ありません事でして?それに私だけに責任を押しつけるのですか?」


「相変わらず仲のよろしい事ですね。こうして見ると子供の教育について揉めてるご夫婦みたいですわ」

 エレーナの背後からの声に、三人とも振り向いた。


「スベトラーナ、何の用だ?」

 エレーナの雰囲気が変わった。スターシアと言いあっている時とは明らかに違う。スターシアの表情からも、三人でいる時のいつもの弛さが消えている。


「そんなに怖い顔しないで下さい。昔はいつも一緒に走っていた仲じゃないですか?」

「私や仲間を裏切っていたとも知らずにな!」

「私は祖国に忠実だっただけですわ。偉大なる祖国USSRにね」


 エレーナと同じくらいの年齢のその女性は、言い訳がましく言ったが、どこか、バックのある人間特有の嫌な自信を感じさせていた。


「ものは言いようだな。今でも亡霊に尻尾を振っているんだろ?」

「昔のよしみで聞かなかった事にしますよ、エレーナさん」


 愛華には、二人の会話がまったくわからなかったが、エレーナの表情から、かなり険悪な雰囲気がひしひしと感じられた。


「このコが、例の新入りさんね。可愛いわね」

 どんなバックが控えていようと、間近からのエレーナの氷の視線に耐えられる者はそう多くはいない。視線を逸らすように愛華に英語で話しかけた。

 しかし、愛華もエレーナに倣って精一杯の冷酷さをこめてスベトラーナを睨んでやった。正直怖かったがスターシアが肩に手を触れてくれていたおかげで震えないで済んだ。


「あなたまでそんなに怖い顔しないで。プリンセスキャットのチーム監督をしているスベトラーナ・カラニコワよ。はじめまして」

「まわりからはプッシーキャットと呼ばれてるようですけど?」

 愛華の代わりにスターシアが横槍を入れた。スベトラーナは一瞬眉を吊り上げたが、すぐに何事をもなかったように再び愛華に話しを続けた。

「女としての本当の愉しみを知りたくなったら、うちのチームにいらっしゃい。女同士でいちゃついてなくても、あなたなら可愛いからすぐ素敵な男性紹介してあげられるわよ」

「スベタもそろそろ、ハニートラップを使うには厳しくなったんじゃないのか?」

 エレーナが吐き捨てた蔑みの言葉に、スベトラーナから笑みが失せていた。


「昔のよしみも無制限に寛容ではありませんですよ。今でもロシアを動かしているのが誰なのか、ご存知でしょ?エレーナ・チェグノワ同志」


「黙れ、カーゲーべーサバーカ!(KGBの犬め!)貴様のような老いぼれの雌犬が一人消えたところで、飼い主は気にもしないだろう。貴様こそ、私が元ソビエト防空軍大佐であるという事は、ご存知であろう?」

「……」


 スベトラーナが悔し気な顔で、ストロベリーナイツの三人を睨んだが、何も言わず立ち去っていった。


 あまり知られてないが、かつてエレーナたちレッドオクトーバーは、旧体制下では防空軍の特殊戦術研究科の所属であった。勿論、彼女たちが一般の軍務に着いた事はない。

 エレーナが二度めのタイトルを獲得した時、クレムリンは彼女に国家英雄章を与え、特例で彼女を大佐に昇進させた。国民の不満を逸らしたい指導者がよくやる行事だ。

 エレーナは軍の顔として、いろいろな部隊に訪問し、そこで彼女は将来有望な士官たちと顔見知りになっていった。


 現在でも、エレーナはロシア軍に太いパイプを持っている。当時の士官たちの多くは、今や軍幹部の要職にある。そうでなくては、現在、表向きは民間企業とはいえ、スミホーイ社の航空機開発施設に外国人まで伴って立ち入るなど、余程のコネがなくてはあり得ない。


 愛華は、スベトラーナがエレーナと同じレッドオクトーバー最初の頃のメンバーだったのを思い出した。確かソ連崩壊後、一番最初にチームを離れたライダーと記憶している。エレーナの様子から、表にでない何かあったかも?と想像した。スターシアも事情を知っている様子だ。


 スベトラーナは、その後、いくつかのチームでそれなりの活躍し、引退後は現在のチームで監督をしている。チームのレベルは中の下だが、ゴシップ紙への話題提供ではトップクラスである。自称プリンセスキャットの名が、スポーツ新聞に載る時はプッシーキャットと書き換えられるのが常だった。愛華にとっては、たとえエースにしてくれると言われても入りたくないチームだ。


 チームのトレーラーに戻った三人は、フリー走行の準備をしていた。愛華は、スベトラーナに会ってからの二人の様子がおかしいのが気になっていた。


「エレーナさん、わたしにはバレンティーナさんの心理的揺さぶりに気をつけろ、って言ってたのに、さっきは凄く怖い顔してました。あの人と何かあったんですか?」

 着替えをしながら、思いきって二人に尋ねた。

「アイカが知る必要はない!」

 エレーナのきつい口調が返ってきた。

「だぁ……。すいません」

 萎縮する愛華の手を、スターシアが無言で握ってくれた。しかし、スターシアの表情は、いつもと違って暗く雲っている。エレーナもその事に気づいて、気持ちを取り直したようだった。

「すまない。アイカの言う通り、私は少し冷静さを失っていたようだ」

 愛華にと言うより、スターシアに語るようにエレーナが謝った。

「私は大丈夫です。それより、これから新しい苺の騎士のお披露目です。華々しくデビューさせてあげましょう」

 スターシアは、明るい表情を取り戻し、スポーツブラとスパッツだけになっていた愛華に視線を向けた。エレーナも少しの間愛華を見つめ、おもむろに質問した。

「アイカ、おまえその胸でブラ、必要なのか?」

「っ!酷いです〜ぅ。それにエレーナさんには言われたくないですぅ!」

 皮下脂肪をすべて削ぎ落としたようなボディを、恥ずかしげもなく晒して着替えるエレーナに言い返した。エレーナもしっかりスポーツブラはしている。


「必要ないなら、取っちゃいましょう」

 愛華の反抗も虚しく、スターシアが愛華のスポーツブラを脱がそうとし始めた。愛華は涙目でフラットな胸を必死に守り、

「な、なにするんですか!スターシアさんまで!ヒロいです、ヒロいです」

 懸命に抗議するも、酷いと言おうして噛んだ。しかも二回も。


 少し恥ずかしかったが、自分だけが知らない事への疎外感は消えていた。愛華がきゃっきゃっとはしゃぐのが落ちついたところで、エレーナが二人に真面目な顔で言った。

「昔の事は、いずれアイカに話す事もあるかも知れないが、今はレースに集中しよう。これから世界中にアイカの実力を見せつけてやろうじゃないか」

「「だあっ!」」

 愛華とスターシアが、声を揃えて返事した。いつの間にか、スターシアまで「Да(da)」でなく、「だあっ!」になっていたが、エレーナは文句を言わなかった。





 レース前日、土曜日。


 モトミニモクラスの予選は、土曜のスケジュールの最後に行われる。他のクラスが、時間内に自由にアタックして、ベストタイムによってスターティンググリッドが決められるのに対して、モトミニモでは一人ずつが一発勝負のタイムアタックをしていく、いわゆるスーパーポールと言われる方式で行われる。これは速いライダーが、チーム内の遅いライダーを引っ張って、特定のチームが上位のスターティンググリッドに片寄るのを防ぐ為だ。


 決勝では、チーム総力戦で争われるが、スーパーポール方式の予選では、ライダー個人のスピードを競う場でもある。これにはオフィシャル計測時計のメーカーから、年間の予選タイムのみを争うタイトルが懸けられており、実力はあってもチーム力に恵まれないライダーや決勝ではチームの勝利のためにアシストに徹しなくてはならないライダーなどは、気合いの入り方が半端でない。個人の速さを証明する絶好の機会なのだ。


 チームの人数は多い方が有利であるが、スターティンググリッドがかけ離れていては、効果的運用は出来ない。1チーム5人というのが理想的と言われているが、ストロベリーナイツのように、3人の息の合ったライダーで組むチームも少なくない。

 ストロベリーナイツの場合、エレーナの少数精鋭主義もあるが、スミホーイsu-31の生産性の悪さが大きな理由でもあった。ライダー1人につきメインと予備の最低2台、それに平行して新型の開発テストも進めるためには、3人までが安定して供給出来るぎりぎりの数だった。


 3人体制のチームでは、一人でも遅れる事は致命的になるが、レベルの違うライダーをいくら集めても同じだ。全員がエースクラスのライダーで、監督自らがコース上で柔軟に作戦を展開出来るのがストロベリーナイツの強みと言えた。


 しかし、エレーナがいくら愛華の才能を高く評価してはいても、海千山千のGPライダーたち相手に、デビュー戦で作戦の一翼を担わせるのは期待するのは酷だろう。それに今のストロベリーナイツはエース不在である。

 ツェツィーリアのテストコースでエレーナとスターシアが付きっきりで走り込んだ愛華なら、予選ではそれなりのタイムは出せるだろうが、いきなり無理をして潰したくない。今回は愛華にGPの雰囲気に慣れさせるのが目的と捉えていた。今後に期待するという前提の戦い方は、エレーナの好まざるスタイルであったが、現状はそれ以外望めなかった。


 それは他チームも同様にみており、愛華の走りには注目してはいたが、ストロベリーナイツに対するマークは今回に限ってはさほどされていなかった。ライバルチームであっても、愛華に割と友好的な姿勢で接してくれた事情でもある。


 予選タイムアタックは、ランキング下位のライダーから順にスタートしていく。ランキング外のライダーは過去の成績で決められる。通常盛り上がって来るのは、ランキング上位15位あたりからで、実況中継などもこのあたりから熱を帯びて来る。


 ランキングも過去の実績もない愛華は、当然一番最初に出走した。

 タイムアタックラップを走り、計測ラインを越えた時点で電光掲示板に表示された愛華のタイムは、そのまま暫定トップの位置に表示された。その時点で昨年のポールタイムを1秒近く上回っていたのだが、それほど驚きはなかった。今シーズンのマシンの進化は、どのチームもこれまでのレースで昨シーズンよりコンマ5秒ほどラップタイムを短縮していた。

 このザクセンリンクは、シリーズの中でも特徴的なコースで、前半部の下りの深く回り込んだコーナーが続く区間はフレーム性能が、後半部のスロットル全開でかけ上る高速区間ではエンジンパワーが大きくモノを言う。

 愛華のタイムがその後のライダーの一つの基準となる。どのライダーも昨年のタイムを1秒以上は確実に短縮して来ると予想された。


 しかし、予選が進むにつれ、サーキットにざわめきが起こり始めた。

 ランキング15位以内の実力のあるライダーたちのアタックが始まっても、断定ポールの名前は『アイカ・カワイ』のままだった。

 各チームのエースライダーやスプリントの速さに定評のあるアシストライダーたちがタイムアタックを終える度に、電光掲示板を注目し、それでも暫定トップの座が更新されない事への落胆は、やがてニューヒロイン誕生への期待となって高まっていった。


 ラップタイムは、フリー走行である程度は予想出来る。しかし気温や気圧、路面のコンディションなどによってシビアに変わる。絶対的パワーの小さい小排気量マシンほど気温や気圧の影響は大きい。


 これから走るライダーたちは、愛華とチームメイトのタイムを比べ、自分たちのセッティングが間違っているのでは?と疑い始めた。『エレーナのチームはベストのセッティングを出している。ルーキーでこのタイムなら、エレーナとアナスタシアは更に短縮して来る筈』と焦り始めた。

 しかし、事実は愛華が皆が予想したより速かっただけだった。愛華より実力のあるライダーたちまでもが、本来の力を発揮出来ずに終わると、これから出走するランキング上位のライダーたちは更に混乱した。そしてそれは本格的な焦りへと拡大し、急遽セッティングの変更をするチームまであった。

 遂にスターシアの前に出走したライダーが転倒し、コース上に破片やオイル、ガソリンなどを撒き散らした。

 それを処理する為にかなりの時間、予選は中断され、スターシアを含め、後に控えたトップライダーたちさえ集中力が途切れる事になった。

 再開された時には、コースコンディションも変わっており、結局最後のバレンティーナが走り終えても、一番最初に表示された愛華の暫定トップのタイムは一度も更新される事もなく、予選は終了した。


「運がよかっただけです」

 愛華はインタビューに謙遜して応えていた。エレーナの発掘したルーキーに、誰も疑いを持っていた訳ではない。過去にもアナスタシアやカルロタ(シャルロッタ)なども、デビュー戦でポールポジションを獲得している。しかし、今回の愛華は、代役として3週間前にチームに加入したばかりの、まったくの無名ライダーである。レース経歴もアカデミー生としてスペインの国内レースに数回出場しただけしかない。鳴り物入りでデビューした二人とはインパクトが違う。


 愛華のGPデビューは、一般のファンからは驚きをもって祝福されていたが、他のライダーにとっては面白い筈がない。トップクラスのスピードがある事は認めても、予選結果については、ストロベリーナイツの策略にまんまとやられた感が拭えない。エレーナにしろ愛華にしろ、そこまで考えていた訳などない。愛華はただストロベリーナイツの名に恥じぬように、精一杯走っただけだ。


「わたしは体重が軽いから、コース後半の上りセクションで車速が他のライダーより伸びたんだと思います。それからフリー走行でエレーナさんとスターシアさんにこのコースの走り方を教えて頂いたおかげです。決勝ではチームの足を引っ張らないように一生懸命走ります」

 記者たちは、決勝での作戦を探ろうとしたが、愛華からは何も訊き出せなかった。当然である。愛華は作戦など聞いてないし、チーム監督のエレーナすらこの予選結果に驚いていた。


 そのエレーナの予選順位は、転倒者による中断と体重のハンディが影響して6位、スターシアは8位で二人とも二列目スタートという結果だった。バレンティーナも同じ二列目スタートの5位であった事からも、このコースでは体重差がラップタイムに大きく影響しているのがわかる。2、3、4位はバレンティーナと同じブルーストライプスの小柄なライダーで、フロントローは愛華を除いてブルーストライプスに占められていた。

 エレーナとスターシアの間にもブルーストライプスのライダーが割り込んでいた。


 愛華の控えめな自己評価は、正しいものであったが、そのツキを呼び寄せたのは愛華の実力とエレーナのカリスマでもある。しかし、エレーナは手放しで愛華のポール獲得を喜ぶことが出来なかった。愛華の可能性はエレーナが最も評価している。とは言え、この予選結果は体重によるアドバンテージとイレギュラーな要素に拠るものである。現時点で愛華自身が有頂天にならず、謙虚な姿勢でいる事はよしとしても、他のチームでは今頃、はらわたが煮えくり反っている事だろう。


 エレーナから見れば、自分たちで勝手に自爆しただけだが、ストロベリーナイツとその新人の愛華に脅威を抱いたと同時に、屈辱を味わっているだろう。決勝レースでは、まず愛華を徹底的にマークして来るのは間違いない。特にブルーストライプスのバレンティーナは、そのあたりは抜かりない。一人ずつ走る予選はともかく、レースでは場馴れしていない愛華を潰しに来る。自分に敵わないという意識を徹底的に刷り込むのが彼女のやり方だ。ファンには人気者だが、ボクっ子はえげつない。一度刷り込まれた意識はなかなか打ち消せない。

 初体験デビューレースで植えつけられた恐怖は、一生涯残る。


 エレーナとスターシアが愛華をガードすべきなのだが、ブルーストライプスは合流させないように手を打って来るのは明白だ。ライバルチームの数的優位とその層の厚みは、エレーナとスターシアをもってしても、簡単に突破するのは困難な相手だった。

 後方グリッドスタートのエレーナとスターシアが、ブロックライダーに手こずっている間に、バレンティーナと彼女のアシストライダーが愛華を追い込み、下手をすれば、今度は逆に愛華が自滅させられるかも知れない。GPの厳しさと言えばそれまでだが、愛華の真面目な性格が、マイナスの方向で学習される可能性が高い。バレンティーナは過去に何人も有望な新人を潰している。


 スタートしてすぐ愛華を下がらせ、自分たちと合流させるか、或いは愛華単独で逃げれるだけ逃げさせ、早い段階で自分たちが追いつくか。その為には、自分たちがせめて同じ二列目スタートのバレンティーナよりスタートを上手く決めなくてはならない。後者の作戦が上手くいく可能性は高いとは言い難かった。仮にバレンティーナをスタートで抑えたとしても、愛華と合流するには、まだ三人の壁を突破しなくてはならない。


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