ヤマダのエース
第5戦イタリアGP終了時点ポイントランキング
1 2アイカ・カワイ(ストロベリーナイツ)80p
2 1シャルロッタ・デ・フェリーニ(チェンタウロ)77p
3 46バレンティーナ・マッキ(チームVALE)72p
4 91ユカリ・カトウ(ブルーストライプス)72p
5 3ラニーニ・ルッキネリ(ブルーストライプス)65p
6 9コトネ・タナカ(チェンタウロ)56p
7 4ナオミ・サントス(ブルーストライプス)50p
8 21エリー・ローソン(チームVALE)36p
9 6アナスタシア・オゴロワ(ストロベリーナイツ)31p
10 86タチアナ・クルキナ(ストロベリーナイツ)31p
11 19フレデリカ・スペンスキー(チェンタウロ)29p
12 33マリア・メランドリ(チームVALE)23p
13 34カレン・シュワンツ(スザキニレ)23p
14 8アンジェラ・ニエト(アフロディーテ)22p
15 99ジョセフィン・ロレンツォ(チームVALE)16p
16 11ソフィア・マルチネス(アフロディーテ)8p
17 10カーリー・ロバート(スザキニレ)8p
18 64ローザ・カピロッシ(アフロディーテ)7p
19 17アンナ・マンク(アルテミス)2p
20 39ノブコ・アオキ(スザキニレ)2p
ムジェロサーキットに『君が代』が流れ、空には三つの日の丸が翻った。日本人ライダーによる表彰台独占。
かつて90年代のGPシーンでは、125や250クラスで何度も見られる光景だったが、今は遠い昔、近年のMotoGPでは、Motoミニモの愛華以外他のクラスで日本人が表彰台にあがる事すら珍しくなって久しい。久しぶりの日本人による表彰台独占に、日本は勿論、世界中のレースファンは様々な想いで表彰式を見つめた。
しかも優勝したのが、チームチェンタウロ第三ライダーの田中琴音である。ヤマダがMotoミニモ復帰前からYC211の開発に携わり、ワークスを離れLMS移籍後もフレデリカやシャルロッタのサポート、というより実戦テストの役割を担ってきたライダーだ。
チームメイトの華やかさの陰で、裏方の裏方的仕事を黙々とこなしてきた、実力はあれどタイミングを逃したと見なされていた27歳ベテランの初優勝は、多くのファンに感動と希望を与えた。
由加理が愛華を抑え、2位でフィニッシュしたことも、ヤマダファンならずとも大いに湧いた。但しこれは、現場のスタッフにとっては素直に歓べない、悩ましい誤算でもあった。
「本当にユカリが、ランキングでラニーニを上回ってしまいましたね」
表彰台でシャンパンをかけ合う日本人3人を眺めながら、YRCの小川は英語で呟いた。相手はもちろんブルーストライプス監督のケリーにである。
「欲を言えば一番上に立たせてやりたかったけど、今日望み得る最高の結果だわ。今はユカリの奮闘を素直に称賛すべきでしょう……」
言葉とは裏腹に、その表情には隠しきれないものを滲ませている。ケリーとて、レース前に小川からヤマダ本社の意向を伝えられなかったら、もっと素直に歓べたろう。
レース最終盤で、たとえヤマダからの指示がなくてもチームオーダーを出すつもりはなかった。
アシストは、エースの順位を少しでもあげるのが仕事ではあるが、それは目先の結果だけでなく最終結果に目を向けねばならない。ラストラップ、由加理がラニーニの後ろに下がれば、確かにラニーニの順位は上がったろう。単純計算で表彰台に上がれたかも知れない。だが愛華の2位以内も確実となり、ラニーニとのポイント差は更に開いていただろう。上位ほど獲得ポイントの差は大きい。それにあの時点では、ラニーニはバレンティーナの後ろにいた。バレンティーナに表彰台を譲る結果になっていたかも知れないのだ。
「いっそ本当にユカリをエースにしてみてもいいのでは?今季の本命はやはりストロベリーナイツに間違いないでしょうし、アイカにユカリを正面からぶつけるのもおもしろいと思いますよ。ユカリにその実力があることは証明されたし、本社も支援を惜しまないでしょう」
冗談めかした口調だが、小川は半分本気だ。というより本社では完全にそういう雰囲気になってるだろう。
だがケリーは首を横に振った。
「ストロベリーナイツが本命というのは早計ね。今回の結果で、ますます混戦になるわよ」
「なぜです?アイカとタチアナが不仲という噂は、今日のレースで否定されました。少なくともレース結果に影響を及ぼすほど悪影響はない。証拠にタチアナがいなければアイカは、うちのユカリもですけど、バレンティーナに食われてたでしょう。見事なアシストぶりでした。前半はスターシア、終盤はタチアナというアシスト体制が完成したら弱点はなくなりますよ。シャルロッタとフレデリカは相変わらずの上、マシンの信頼性は改善されてない。バレンティーナのところも、チームワークができてませんしね」
「今日のタチアナは、ああするしかなかったから、あのような走りをしただけでしょう。結果的にアシストする形になりましたけど、エースへの貢献と言えるものではありません。バレンティーナがタチアナを舐めていたのにも助けられた。次はわからない」
「そうですかね?バレンティーナの実力は認めてますが、シャルロッタやフレデリカほどバケモノじゃない。ヤマダにいた時も、才能より政治力に長けてる印象があります。それに彼女はもうピークを過ぎている。あれが精一杯な気がしますが。もっとも、彼女の全盛期を開発方向に迷走していたヤマダが潰したと言われると、立つ瀬もないんですが」
「バレンティーナにはいい経験になったんじゃないですか。だからこそ、侮れない」
ケリーも、バレンティーナと同じチームで走っていた時期がある。確かにあの頃、ヤマダのマシンがもう少しまともなら、違った現在となっていた可能性はある。だが開発が迷走した原因の一端は、バレンティーナ自身にもあったことを忘れてはならない。つまりは彼女自身の責任で、一方的にヤマダを責めるならそれまでのライダーだ。
「マシンを操る能力は下り坂かも知れませんが、もう一度チャンピオンをという執着は衰えてない。むしろ苦渋を舐め続けさせられた分、あの頃より強くなってる。政治力でもなんでも使って勝ちに来る。あなたの言う通り、彼女に残された時間は限られてるから」
バレンティーナの『勝利への執着心』は、GPライダーの中でも際立っている。そのメンタルが逆に結果へと結びつかない場合が多かったが、彼女の類まれな才能と合わせ、善くも悪くも大きな存在感を示してきた。
ヤマダワークス時代、バレンティーナはいつも自分が中心である事を望んだ。自分の立場を脅かすチームメイトを嫌い、バレンティーナ専用のマシン開発を求めた。結果ヤマダの開発は迷走し、バレンティーナ不振のシーズンが続いた。ますますバレンティーナは勝てない、マシン開発は迷宮をさまようの悪循環。モータースポーツ界の雄であるヤマダは、いつまでも結果の出せない元スターライダーのわがままを容認しなかった。Motoミニモ史上最高額と言われる契約金で迎えられたバレンティーナだが、ヤマダから契約更新の話は消えた。
ヤマダを離れたバレンティーナは、ノエルマッキから再興に挑んでいる。
かつての名門ノエルマッキといっても、中身はジュリエッタワークスでマシンの戦闘力は十分。アシストもMotoミニモでの実績はなくても走力あるライダーを集めた。彼女たちがMotoミニモの戦い方を身につければ、今季タイトルには届かなくとも掻き回す勢力となるのは間違いない、とケリーはみていた。
「毎レース優勝者が代わるようなシーズンに強さを発揮するのは、安定して成績の残せるライダーと息の合ったチームワーク。ヤマダが本気でタイトルを欲しいなら、エースはラニーニ以外考えられません」
圧倒するスピードはなくても、いつもトップグループにいる実力、調子にムラがなく、どんな状況でも確実にポイントを稼ぐ堅実さ、チャンスとみれば、全力で挑む果敢さ、それらを高次元でバランスよく備えてるライダーは稀だ。優勝者が乱立するシーズンでは、勝てるレースに勝つだけではタイトルは獲れない。勝てないレースであっても最良の結果を残せるライダーが生き残る。
ケリーは今季こそ、ヤマダがMotoミニモ復帰以来、最もタイトルに近いシーズンだと確信していた。
変な横槍さえ入らなければ……