やけくそ
大差を拡げてレースをリードしていたシャルロッタとフレデリカの相次ぐリタイアによって、それまでのセカンドグループだったストロベリーナイツ、チームVALE、ブルーストライプスによるトップ争いの火蓋が切られた。
現在、序盤からシャルロッタたちに追いつこうとセカンドグループを引っ張っていたストロベリーナイツの3人に、由加理と琴音を加えた5人がトップ。しかし後ろのバレンティーナたちはこの状況を見越してチームを温存してきた。後ろからプレッシャーを与えるようにじわじわと追いあげるが、思うほど簡単に差が詰まらない。バレンティーナたちの方が万全と言ってもやはりストロベリーナイツの粘りは傲れない。琴音と由加理も彼女たちのスピードに一役買っている。シャルロッタたちから遅れたとはいえ、琴音の乗るフェリーニLMSのストレートスピードは目を見張るものがある。
(なかなか粘るじゃない。でもまだ残りは5周もあるんだから。ここで無理してラニーニたちに入り込まれのも面倒だ)
「焦ることはないよ。彼女たちはずっと飛ばしてきたんだ。スターシアもそろそろガス欠さ。タチアナはアイカと不仲、コトネもユカリも別のチーム。要するに烏合の衆ってこと」
チャンスは必ずやってくる。それまでは後ろを警戒しつつ、できるだけ消耗させてやればいい。バレンティーナの呼びかけに、彼女のアシストたちは完璧な体制を維持し愛華たちを追う。
由加理は、ただ夢中で走っていた。考える余裕なんてない。一瞬ラニーニのサポートにまわるべきか迷ったが、ピットからの指示は『GO』。そのままトップを走り続けろという意味だ。
自分がこのメンバーに勝てるとは思ってもいないが、ケリーからの指示ならば行けるとこまで行くしかない。
(後ろを振り返る余裕もないけど、ラニーニさんたちがすぐそこまで来てるかも知れない。次の指示があるか力尽きるまで、愛華先輩に食らいついて行ってみせる!)
決して最良とは思えない指示と、それを迷いなく実行する由加理の愚直とも言えるその純粋さこそ、彼女に最大のパフォーマンスを引き出させた。
一方、突然トップグループを引っ張ることとなったストロベリーナイツだが、バレンティーナの読み通り、必ずしもアドバンテージがあるとは言えなかった。フェリーニの二人を追って序盤から全力で走ってきている。これだけ全力走行してるのだからタイヤもかなり消耗してる。スターシアの燃費も危うくなっているはずだ。タチアナはつけているが、序盤から調子が今ひとつ上がらない様子だ。穿った見方をすれば彼女だけエンジンもタイヤも温存しているように思えた。
いつものタチアナなら「チャンス」と思ったことだろう。エースが失速すれば、チームが勝つためにタチアナが先にチェッカーを受けても責める者はいない。
しかし現実は、例え愛華がリタイアしてもタチアナに勝機など回ってこないことは、彼女自身が一番よくわかっていた。
パワーが出てない。コーナーはまだいい。だが立ち上がりからスロットルを開けても回転が伸びてこない。エンジンの高回転域がスカスカな状態だ。スリップに入ればなんとか引っ張られてついて行けるが、風を受けるとたちまち失速する。
エンジン使用基数制限のあるMotoミニモで、開幕戦の予選でいきなりエンジンを潰したタチアナは、2基目のエンジンですでに4戦走っている。このレースを入れれば5戦目だ。他のライダーのほとんどは、2基目のエンジンをこのレースか前のレースから投入している。1基目から改良されてるものもあるだろう。
元々タチアナはエンジンをいたわるようなライディングを得意としていない。その上スターシアや愛華ほどワークスマシンの扱いに慣れていなかった。謂わば酷使され、くたびれたエンジンで、最新の新品エンジンと戦ってるようなものだ。
(不味いわね。適当に入賞しとけば格好つくと思ってたけど、この状況で負けるとなると私の能力不足と叩かれかねないわ)
獲得ポイントを考えれば、少しでも上位でゴールすることに意味あるが、人々が注目するのはやはりトップでチェッカーを受ける者だ。優勝以外、2位でも3位でもそれほど評価は変わらない。その後ろなど単なる数字だ。4位だろうと10位だろうとほとんどのファンは大して気にしない。
今回のレースで言えば、シャルロッタとフレデリカがぶっちぎりのトップ争いを最後まで演じてくれてたら、愛華の順位も数字として記録されるだけだった。当然タチアナの仕事ぶりを気にする者は少なかったろう。
しかし、ゴールまで残り5周で優勝に一番近い位置となった今、ファンの目はタチアナを含めたストロベリーナイツに集まっている。もしここから愛華が下位に落ちた場合、アシストの役割を果たせなかったタチアナの能力が問われるのは避けられない。このレース、アシストとして何もしてないに等しい。エンジンがポンコツだったとわかる者もいるだろうが、その原因がタチアナにある事も責められるだろう。
今やタチアナは、チーム内でも浮いた存在だ。いくら上の連中に気に入られていると言っても、批判があまりに大きくなればシーズン途中解雇もありえる。
せっかく掴んだワークスのシート。愛華からエースの座まで奪うつもりでいたはずが、皮肉にも愛華とスターシアに頑張ってもらうしかない状況に陥っている。
さらにその状況はタチアナを追いつめる方向ヘ進む。
『私はここまでのようです。タチアナさん、アイカちゃんを頼みます。あなただけが頼りですから』
スターシアが予想通りガス欠となり、タチアナに託して戦列を離れて行った。
どうしてこうなった?
無理でしょ!?
私にムチャぶりするより、アイカのケツ叩きなさいよ!
だいたいなんでわたしがアイカを勝たせるためにアシストしなきゃなんないのよ!?
一番頑張らないとならないのは愛華のはずだ。なのにスターシアは、愛華には何も言わず、タチアナにだけ叱咤して離れていった。まるで負けたらタチアナの責任であるかのように……。
不条理な境遇に、恨みの目を愛華に向ければ、改めて酷い状況なのがわかる。
愛華のタイヤも、もう終わってる。少しでも無理をすれば暴れ出そうとするのを、慎重な操作とバランスでやっと抑えてるに過ぎない。このペースで走り続けられてるのが不思議なくらいだ。
エンジンパワーも、タチアナのものよりマシではあっても、琴音のLMSパワーは勿論、由加理のワークスヤマダにも負けている。
後ろからは、バレンティーナがノエルマッキ五重奏を響かせじわじわと追いつめて来てる。
(なんでそんなに無理してるの?意地なってトップを死守しようとしないで、上手くやれば入賞ポイントぐらい稼げるじゃない?)
いっそ自分もリタイアした方が楽だと思った。或いは愛華がリタイアしてくれたら一番いい。
しかし愛華は、まるで勝つ事以外眼中にないかのように、ストレートでは琴音のスリップに潜り込み、由加理を利用してまでバレンティーナたちから必死で逃げている。
愛華が諦めない以上、タチアナもやる気を示さねばならない。と言ってもタチアナにできる事は、後ろからのアタックラインを塞ぐ事ぐらいしかなかった。
もうやけくそよ!飛んでも私の責任じゃないからね!




